6.ドメインを知りたい。

「君は、“大罪龍”についてはどの程度理解している?」


「まぁ、だいたいは」


 ――コーヒーにミルクを入れて、ゆっくりとかき混ぜながら師匠が問いかけてくる。暇と平和を混同させたような昼下がり、僕たちは僕が街の人から聞いて作ったお菓子、ラスケットをつまみながらの雑談だ。

 ラスケットはドメインシリーズ定番のお菓子で、初代から最終作の5まで時間経過にして数百年の時間経過があるにも関わらず、変わらずに存在するお菓子だ。

 コラボカフェとかやって再現して欲しい、と言われていたが、いままで実現してこなかった。こうしてこの世界にやってきたのなら、一度は食べてみたいモノだったのだ。


 味は……ちょっと焦げ臭い、うん僕のせいですね。


 ――閑話休題。


 大罪龍。

 ドメインシリーズにおけるラスボス枠。世界観的にも、平和だったこの世界に突如として現れ、人類を攻撃し始めた彼らは、言ってしまえば世界の敵、シリーズの悪役としての看板を背負う者たちだ。

 例外は存在するが。


「そう、七つの大罪という考えによって名付けられたそれらは、人々を苦しめ、魔物を生み出した」


 傲慢龍、強欲龍、嫉妬龍、憤怒龍、色欲龍、暴食龍、怠惰龍。

 それぞれが、一般的に大罪とされる感情を冠した龍であり、それらの概念はなんとなくオタク諸兄ならイメージが浮かびやすいものだろう。


 これらと初代である1では傲慢、憤怒、暴食。

 2では嫉妬、3では強欲、4では怠惰、そして5では色欲とそれぞれ対決することになる。最初の一作目で一気に三体を処理したのは、1の頃は続編が出る予定がなかったためだ。

 1の頃は、大罪龍で人類と敵対しているのは傲慢、憤怒、暴食と、そして強欲の四体だった。残る三体は人類に対して無関心か、肯定的な対応をする味方、ないしは中立側として描かれていた。


 それがシリーズ化に辺り、設定等を見直して、今の形になったわけだ。つまり後付である。このゲーム、基本的にだいたいの要素が後付でできていたりする。


 さて、ここで注目したいのは、“強欲”である。

 人類と敵対的であるにもかかわらず、1では対決せず、続編でも対決しないまま終わった。三作目においてようやく対決することとなったわけだが、何故そうなったか。

 これには色々とわけがあり、1の時点では強欲龍は封印されていたのである。


 先程話したとおり、初代の頃は大罪龍は半数が人間に対し敵対的ではなかった。とはいえ、それだと人類を追い詰めるのに弱いため、四体は敵に回したかったのだが、制作のリソース的に、実際に戦えるのは三体だけだった。

 四体目のイベントを作る余力がなかったわけである。そこでライターが奇策として本編開始前に封印されていて、対処の必要なし、としたわけだ。


 封印といういかにも開放されて暴れだしそうな設定の割に、一切最後まで出番なく終わった初代の頃は、強欲は不憫枠とされていた。

 3で、それはなかったことにされたが。


 そう、3だ。

 ――師匠が出てきた作品である。

 つまり何がいいたいかと言うと――



 のだ。



「人類の敵、魔物の生みの親にして、使。総じて、今この世界の中心にある存在、ですね」


「そうだね、私としてもその認識であってると思う」


 ふぅ、と一息つきつつ、師匠がコーヒーを置く。まだ入れてすぐなので、湯気がこぼれて、どこかへ消えていった。


「彼奴等に対抗できるのは、概念使いだけだ。だからこそ、概念使い同士の連携を密にして、打って出るべきだと思うんだけど……」


「師匠がそうであるように、今は手近な人々を守るだけで精一杯、ですか」


 戦闘状態に入った概念使いは、概念使いか魔物……ないしは大罪龍しか傷つけられないように、大罪龍もまた、概念使いしか傷つけることができない。

 人類が大罪龍に蹂躙されている理由は、ひとえに概念使いの数がまだ少ないことだ。そもそも概念使いが現れ始めてから、まだ百年も立っておらず、連携という概念はないに等しい。


 その上で、概念使いはそもそも人類が生き残っていないと生まれてこない。人類を護りながら連携、というのはそれはもう難しい話なわけで。


「最近は、概念使いが人々をまとめるコミュニティもあると聞く、私としては、君が強くなってくれればここを任せるか、お使いに行ってもらうことができる。二人概念使いがいる意味って、とても大きいよ」


「そうですね、僕としてもやっぱり位階の不足は感じてます」


「……アレだけ戦えるのに、どうして位階はそんなに低いんだろうね?」


 あはは、と師匠の追及を笑ってごまかす。

 例のバグ技もそうだが、師匠いわく僕は概念戦闘に驚くほど精通している、にもかかわらず位階が低いことはおかしい。実際僕も、自分でなければ怪しいとしか思わないだろう。


 ので、笑ってごまかす。師匠は僕が何か隠していることは感づいているが、触れないでくれている。その厚意に甘えるというのもあるが、説明するにしてもとても長くなるので、時間がないのだ。

 今でこそゆっくりとしているが、それもあくまで休憩として、効率のためだ。

 時間がかかる上に、疲れる説明をしている時間はない――イベントはもうすぐそこまで迫っている。


「ともかく、強くなって大罪龍を倒しましょう、師匠」


「……まぁ、そうだな。そろそろ休憩も終わりにして、また裏山に行こうか」


「はい!」


 ――勢いよく立ち上がって、僕はうなずいた。



 ◆



「来てるぞ!」


「見えてます、大丈夫!」


 すごい勢いで向かってくるを、紙一重で躱しながら、僕はカエル型の魔物へ飛び込んでいく。

 カエル型魔物……“フログ系”の舌飛ばしなど、ゲームで何度でも見慣れたもので、リアルになってもそう認識は変わるものではない。いや変わるけど、変わらないように慣らしているのだ。


 入り込んで、即座にB・Bを放つ。この距離から飛び道具、狙いはコンボへの移行と次の魔物の一撃をS・Sで透かすためだ。

 更には当然ながら、先にB・Bを撃って防御デバフを入れておく必要もある。SSからの起動だと一撃で殺しきれないのだ。先にBBでデバフを入れると、一回のコンボでこいつは倒し切ることができる。


「“S・S”!」


 何故か足を伸ばして攻撃してくるフログ系特有の動きをSSの無敵時間で回避して、反撃の一閃を放つ。これによりフログのケリは僕をすり抜けて、僕の剣はフログを切り裂き、更にBBへ以降……と、順調にフログの体力を削りきり、撃破した。


 ふぅ、と一息つきながら、剣を払って消失させ、戦闘を終える。位階は上がらない、あと三回ほど戦う必要があったはずだ。


「やっぱり君概念戦闘なれてるよね? 私の指導とかいらないよね?」


「いやいやいや師匠の師匠あってこそ、僕は強くなれるってもんですよ」


「指導じゃなくて師匠って言ったよね?」


 アハハと笑ってごまかしながら、先に進む。今は師匠の家の裏山で、弱めの魔物を退治して位階を上げているところだ。


 概念戦闘。

 ゲームのシステムを世界観に落とし込んだがために生まれた、通常の“戦闘”とは全く異なる法則に支配された戦闘。

 概念使いが概念を展開している間、お互いは概念武器か、概念技でしか傷つけることはできず、傷を追っても実際の傷にはならず、概念使いの生命力……つまりHPを削っていく。最終的にそれが0になると概念崩壊を起こし戦闘不能、というわけだが……


「しかし、無茶はしないでおくれよ。この間から休憩のとき以外はずっと魔物との戦闘ばかりじゃないか。それじゃあ君が休まらない……」


「今は、できるだけ位階を上げておきたいんです。今日中に、あと二つ」


「心配をさせないでくれよ!」


 いいながらも、次に現れた魔物を難なく撃破し、経験値を集める。現在の位階は8、この裏山の推奨レベルは3なので、この程度ではまったく経験値はたまらない、とにかく戦闘あるのみだ。


 ――この、裏山での修業、というかレベル上げはゲームにもあったイベントだ。意図としてはチュートリアルの続き、このゲームのシステムを師匠が懇切丁寧に教えてくれる。これは、主に本作で初めてドメインシリーズに触れた人向けの説明なので、スキップができるのだ。

 というわけで僕には必要ないので、師匠に見てもらいながらひたすら魔物を狩っていた。


「今日は裏山の頂上まで行くんだからな! 途中でバテないでおくれよ!」


「わかってます……よ! “B・B”!」


 そして、最終的には裏山の頂上で、師匠との会話イベントだ。

 さて、この裏山はゲーム的には「ルエの裏山」と名付けられたダンジョンだ。実際、この裏山を管理しているのは師匠なので、リアルになってもその呼び方は通用するのだが。プレイヤーの間ではこの山は別の呼び名で呼ばれている。

 曰く、「死亡フラグ山脈」。


「それにしても、君は本当に、筋がいいな。これで位階が十分に上がれば、一人でも問題なくやっていけるだろう」


 ピコーン。


「縁起でもないこと言わないでくださいよ、師匠と一緒がいいんです」


「アハハ、嬉しいことを言ってくれるな。心配せずとも、私はどこへも行かないよ」


 ピコーン。


 先程から、師匠の頭の上で燦然と輝くそれは、すなわち死亡フラグ(幻聴)。この師匠、この山に来てから、すでに二桁を超えるフラグを乱立させていた。

 そう、この山でのイベントで、師匠は尋常でないほどのフラグを建築するのだ。


 一周回ってここまで建築すると、逆に死なないんじゃない? というレベルで。


「……よし、位階上がりました」


「速いなぁ。戦い方が効率的なのがいいんだろうね」


 都合戦うこと数回、位階が9になった。空を見上げると日はまだ高く、日没には猶予がある。この調子なら位階を10にするのは日没に間に合うだろう。

 師匠が見せたいのは、この裏山から見た日没と夜の景色なのだから、なんとしてでも間に合わせなくてはならない。


 位階が10になれば新しい概念技も覚える。レベルはこの次の戦闘を思うと幾ら上げても足りないくらいだが、時間は有限である。ゲームとは違い、イベントは時限式、何もせずに待っていれば、なんの構えもなく訪れてしまうものなのだから。

 だからこそ、僕は次の魔物へと飛びかかっていく。


「……根を詰めているのは、自分でもわかってます。家の食料も心もとなくなってきましたし、今日位階をもう一つ上げたら、夜はゆっくりやすんで、明日は気晴らしに街へ行ってきますよ」


「そうかい? じゃあアリンダさんにまたベリーパイをもらってきておくれよ。私はあれを食べるのが最近の楽しみなんだから」


「もちろんです」


 アリンダさんは、あの街における師匠の数少ない理解者の一人。何かと食料等を優遇してくれたり、魔物に街が襲われたら危険を承知で知らせに来てくれる人だ。

 僕が概念使いであるということも、街では彼女だけが知っている。


 ――ごくごく普通の人だ。師匠がこの街にやってくる前に、夫を魔物に襲われ亡くし、子はいない。もし居れば、師匠と同じくらいの年齢になっていただろうという話を聞いた。

 笑顔が優しげで朗らかな、師匠のお母さんが存命なら、きっとこんな人なのだろう。


 だからこそ、師匠も心許しているのだと思うから。まあ、あの人は自分に親しく接してくれる人を見逃せない人で、お節介焼きでチョロいところのある人だけど。


 気合を入れ直す。全ては明日だ。明日、二度目の負けイベントが起こる。


「よし、そうと決まれば、まだまだ行きますよ!」


「だから無茶をするなとなぁ!」


 …………裏山でのイベントが終わった翌日、僕は街に行ってあるイベントを体験する。その中心にいるのが、アリンダさん。いや、正確には僕も師匠もその中心にいるのだけど。

 。このルーザーズ・ドメインにおける最初の敗北。……その“始まり”。


 ルーザーズ・ドメインは敗者の物語だ。

 一度敗北し、その上で前に進む。それがこのゲームの鉄則である。つまるところ、そのイベントはアリンダさんの死から始まり、街が魔物に襲撃を受け、そして――



 ――最後に師匠が、死亡して終わる。



 僕は全てを失って、そして冒険が始まるのだ。

 だから、全てひっくり返してやることにする。


 それは、とても当たり前の、あまりにも当然の結論だ。


 ――ともあれ、今は目の前の戦闘。この裏山で出てくるのは、カエルとナメクジと芋虫。師匠が色々と受け付けないために放置されていた魔物たちをしばき倒しながら、先に進む。

 この裏山でのイベントは、僕が特に大好きなイベントだ。


 師匠と言葉をじっくり言葉を交わす機会でもある。

 ゲームのそれとは違う彼女を、僕はもうちょっと知りたいと、思っていた。

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