3.初戦闘に勝ちたい。

 ――このゲームの初戦闘は、僕が一人でお使いを頼まれたときに遭遇する。

 理由はまぁ色々あるが、師匠としては僕に街に馴染んでほしかったのだろう。将来的に、僕が師匠と街の人の緩衝材になれれば、双方にとっても安心だろうという話。


 これは、僕が概念使いであるということが判明していなかったからこそなのだが。


 ちなみに僕の場合は自分からいいだした。だってこのイベント始めないと話が進まないんだもの、世界全体が詰みかけてるのに、僕たちだけ立ち止まってはいられない。

 そもそも、この世界がゲームなのか、現実なのか、未だに僕は判別がつかないのだけど。


 ほぼリアルと同じ体感のできるゲーム、と考えたほうが自然なのだ、とある理由から。まぁ、その辺りはそのうち語ることもあるだろう。


 そういうわけで僕は、この世界をゲームでもあり、現実でもあると考えた上で行動することにした。まず、人の存在は現実だ。師匠は現実に生きていて、僕も現実を自分の考えで生きている。

 けれど、この世界を構成する要素は、ゲームとしてのシステムによるものが大きいと考える。簡単に言えば物理法則が現実と異なる。ゲームの設定、演出に法則が寄っているのだ。


 運動神経があきらかにこっちに来る前より向上していたり、HPが続く限りスタミナに限界がなかったり。違和感はあるが、まぁ慣れた。新しい技術を常に取り入れないとやっていけない世界に身を投じたこともあるので、その辺りの適応能力には自信がある。

 何かって言うと、学会、といえば一部のゲーマーには解ってもらえるかもしれない。あそこは未だに情報の更新が続いているからな……


 話がそれたけど、僕は現在、自分から言いだしてのお使い中。これで本当にイベントが起きるかは五分五分ってところだけども。

 起きてもらわないと、何も始まらないのだ。負けイベントってそもそもイベントって名前が付いてるわけですよ。



 なんて考えていると、道端に女の子が落ちていた。



 ぽつんと誰かが行き倒れている。ここは街と師匠の家を繫ぐ間の道で、街の人は絶対に近寄らない、依頼の時以外は、そして依頼は大人が持ってくる。年端のイカない少女をこんなところに送り出すってことはない。

 そもそも、この少女、なんとも異質な格好をしている。黒いファーのついたコート。最終で、幻想的な某RPGの主人公が着てそうという感想を抱くコートを着た、如何にも14歳チックな少女。ドメインシリーズにおいても、異質なデザインの彼女を、僕は知っている。

 銀髪のくせっ毛と、その手に収まった鎌を僕はよく知っている。


 ――名前は百夜びゃくや。概念は白光。ドメインシリーズに初代から継続して登場する、シリーズ皆勤キャラにして、シリーズ最大の人気を誇るキャラでもある。

 師匠の話をしたときに言った、シリーズ皆勤の人気キャラツートップが一人というわけだ。


 なんでこんな所で彼女が倒れているかというと、ゲームにおける彼女の設定の話から少し。

 彼女は一言でいうと戦闘狂だ。別ゲームでいうと電脳ナビがネットバトルを繰り広げるゲームのシリーズ皆勤裏ボス枠みたいなキャラ、話の本筋には関わらず、主人公パーティとの純粋な戦いを楽しむために関わってくる。


 初代では、流れの強力な概念使いという設定で登場し、ラストダンジョン付近で受けることのできるサブクエストで対決するのみだった。

 2以降は本筋にも必ず関わるようになり、4で設定の掘り下げが行われた。


 曰く、彼女は人間ではない不老の存在、そのうえ時間にすら干渉する。そもそもからして概念使いが純粋な人間かと言われると違うのだが、彼女の場合はそもそも人造人間であり、生まれ方が普通の人とは異なる。

 彼女の能力は光を操る「白光」、だがときに光の速さで動く彼女は、時間にすら干渉するという理屈で、時間にたいして影響を及ぼす能力も有している。つまり時間移動ができるのだ(※ただし、本人には制御ができない)。


 そんな彼女だが、何故ここにいるのか。理由は簡単、戦闘狂である彼女は時間を忘れて戦いを楽しむ事があり、当然食事もおろそかになる。

 その状態で制御のできない時間移動を行い、時を超えた迷子となったのが、今の彼女。目の前で倒れている“白光百夜”その人である。


 どうでもいいけど、基本的に概念使いは○○の○○と名乗るが、彼女だけ白光百夜と名乗る。理由はライターが間違えてそう名乗らせてしまったため。そしてそれを製作者全員がスルーしたため。

 ただ、最終的にその方が響きがいいから、という理由で白光百夜が正式に採用された経緯がある。

 本当にどうでもよかったけど、でも白光百夜って響きが好きなんだ、僕。


「あの、大丈夫ですか」


 これから始まる初戦闘に緊張感をいだきながら、僕は百夜に声をかける。

 このイベントの内容は諸般の事情で暗記するレベルで覚えているが、だからこそ緊張する。この初戦闘の結果次第で、僕が今後どう立ち回るか決めなくてはいけないのだから。

 そもそも、戦闘にならなければ一番いいのだけど、だったらそもそも、百夜はこんな場所に落ちてはいないだろう。


 これまで、ゲームに近いイベントはこなしてきた。師匠の家にお世話になることもそうだし、師匠の件で街の兵士に取り囲まれることも。

 けれど、それらは順番が前後していたり、細部はかなり違いがあったりと、現実故にある程度幅のある変化を見せていたように思う。


 だが、今ここに百夜が落ちているという現実は、僕にゲームの進行を意識させるには十分なものだ。このまま一生百夜が地べたに落ちておらず、それを拾わなくても生きていけるのなら、僕はここをただの現実として一生を終えたかも知れない。


 でも、百夜は確かに落ちていた。ゲームの始まりを意味するこの事実に、僕は今後の覚悟を決めなくてはいけないわけだ。


 あーあ、このまま百夜が仲間になってくれたらなー。


 全然現実を直視できてないね。


「……ん」


 ぼんやりとした目つきでこちらを見つめる彼女が、ふと急速に意識を取り戻す。僕と比べると随分早い気もするけど、彼女は強いからそういうものかもしれない。

 そして、それを眺めていた僕から一瞬で距離をとり、鎌を僕に突きつけた。


「……何者」


 僕が名乗ると、彼女はそれを否定してくる。違うのだ、と。


「貴方……概念使い。概念を込めて、名を名乗れ」


 ゲームでは、訳がわからない、といった様子の主人公に、こんな感じで呼びかけて、主人公が概念使いの自覚がないと悟ると、それを強引に引き出して戦闘にもつれ込んだ。

 彼女は戦闘狂、と先ほど言ったが、いくら何でも僕みたいな雑魚を相手にすることはない。強い相手と戦いたいから彼女は戦闘狂キャラなのだ。

 そもそも概念使いであることすら理解していない記憶喪失の相手に、わざわざそんな呼びかけをしてまで戦闘を挑む理由。原因は僕の格好だ。


 ――ここで、ドメインシリーズの伝統という話を少し。

 ドメインシリーズは、基本的に各作品ごとに繋がりはない。最終作の5以外はすべて独立した話になっており、共通するのは世界観と「大罪龍」という敵だけ。


 とはいえシリーズをシリーズたらしめるものとして、伝統というものは存在する。シリーズにおける共通の初期敵、いわゆる青くてぷるぷるするアレみたいなのが存在したり、シリーズ皆勤の百夜というキャラがいたり。

 そのうちの一つに、主人公の格好というものがある。簡単に言うと、ドメインシリーズの主人公は全員ローブ姿なのだ。


 色が違ったり、細かい造形はだいぶ違ったりするが、全員が共通してローブをかぶり、目元が見えないようになっている。無個性主人公みたいな形になっているのだ。

 何故こうなっているかの理由は二つ。設定的な理由と、メタ的な理由。


 設定的な理由は、そもそも概念使いは概念を使うのに特定の装備を装備していないといけない。それは個人によって違うが、百夜の場合は彼女が今手にしている鎌。師匠の場合は髪を留めているシュシュである。

 ちなみに鎌は鎌であれば何でもよく、百夜の鎌はゲーム中に何度か壊れて、新調されていたりする。

 そして、僕たち歴代主人公は、総じてローブが必要な装備なのだ。だから全員が共通してローブを着て戦う。


 もう一つはメタ的に、主人公の性別を決めたくなかったから。初代の時、予算がなかったためにスタッフは無個性主人公でもある主人公の性別分のデザインを用意できず、性別がどちらでもいいように、一つのデザインで大丈夫なよう顔のわからないローブをかぶせたのだ。

 ついでに、そっちのほうが性別ごとにイベント書き分けなくていいから楽だとライターがぶっちゃけていた。

 シリーズ化してからは、主人公のシンボルとしての側面もある。


 百夜が警戒するのは、僕がローブを着ているから。これまで百夜にとって長い歴史の中で何度も対決してきたローブ姿の概念使いは、それだけでド素人だろうと警戒に値するらしい。

 というわけで、


「……いきなり凶器を突きつけてくるやつの言うことなんて、聞けるわけないけど!」


「だったら、痛めつける」


「わけのわからないことを言うな――!」


 ――これまで、何度かそれを試してきて、僕はずっと失敗してきた。本当にできるのか? 僕がゲームの主人公のように戦えるのか?

 わからない、けれど、


 ここで戦えなければ、僕は負けイベントをひっくり返すこともできない。


 心の奥に手を当てろ。

 己の概念を刻みつけろ。



 ――僕が僕である証を、手に入れろ!



「――来た」


 気がつけば、僕の手には、白色の刃が収まっていた。

 これが、概念。


 僕の戦う力。概念使いは概念を名乗りあげ、戦闘態勢に入ると概念使いは己の武器を内から生み出す。


 武器は剣、主人公らしい、オーソドックスな武器。

 であれば、概念は?


 決まってる。僕の口から、それは驚くほどすっと、吐き出された。



「――敗因」



 概念、敗因。

 ルーザーズの主人公が背負う宿命。そして、


「百夜、って言ったな。僕はお前に、敗因を押し付ける者だ……!」


 ――僕がこれから、ひっくり返すものだ!


「やはり……ローブと剣の概念使い! ……おもしろい!」


 百夜もまた、表情の読めない無愛想で、鎌を振り上げ、叫び、飛びかかってきた!



 ◆



 連続で鎌が振るわれる、百夜の動きは非常に早い。原因はレベル差。この世界の概念使いは魔物を倒すごとに目に見えて強くなる。ゲームシステム的にはレベル、世界観的には「位階」と呼ばれる代物だ。

 レベル1の僕と、レベルが当たり前のようにカンストしている百夜では、そもそも勝負は成立しない。


 百夜が敢えて抑えて僕を攻撃しているのだ。今の僕が、まだまだ若輩であるということは向こうも理解している。ようするに百夜は僕を強くしたいのだ。主人公装備である剣とローブを身にまとった僕は、必ず強くなる、だから百夜はそれを育てて、強くなった所でまた戦いたいのだろう。

 だからこそのチュートリアル、基本的にドメインシリーズは設定とシステムのすり合わせをしたがるので、こういう形式になるわけだ。


 そして、この戦闘はある程度のチュートリアルが終了したところで、百夜が一発ぶっぱなして終了する。彼女は負けず嫌いなのだ、勝ちたいから戦闘狂なのだ。


 ともあれ、こちらもやることはやるしかないわけだけど……


 百夜の攻撃モーション――ゲームのそれに近いが、あくまで近いだけでブレがある――を何とか見切りながら、前の自分より明らかに高い身体能力で一気にその懐へ潜り込む。


「見え見え」


 そう言いながら、即座に百夜は鎌を振りかぶり――


「“R・Rライジング・レイ”!」


「“S・Sスロウ・スラッシュ”!」


 鎌が、光を帯びた。光は鎌をより巨大にした形へと代え、そのサイズは実に数メートルほど。この光は“実体を持つ”。故に、直撃すればただでは済まない、が――


 同時に剣を振った僕は、その鎌の一撃を


「――!」


 そして、僕の剣が百夜を切り裂く。

 だが、派手に血が吹き飛ぶこともなく、百夜は少しのけぞっただけだ。どう考えても胴に深く入ったにも関わらず、致命傷どころかかすり傷にもなっていない。


 お互いに、現実ではありえない現象。

 だが、ゲームの中でなら、当たり前の現象だ。僕の一撃、スロウ・スラッシュには出始めに一秒程度の無敵判定がある。その間はあらゆる攻撃が僕には届かず、百夜のライジング・レイは空振りに終わる。

 そして高いHPを誇る百夜には、僕のスロウ・スラッシュなど大したダメージにもならないのだ。


 一応、ドメインシリーズにはこれにも設定が存在する。概念使いは概念を名乗り、武器を手にした時点で、概念により生まれた武器……単純に概念武器ドメインウェポンと呼ばれるそれ以外では、傷つけられなく成る。

 そして、概念武器で攻撃したとしても、相手を傷つけるのではなく、相手の体力を奪う形でダメージを与える、というわけだ。


「概念戦闘を……理解している……能力はひよっこも……いいところなのに!」


 楽しげに――全然表情に変化はないけど――百夜が叫ぶ。そのまま追撃をしようとしてきたところに、僕は急いで距離を取った。

 百夜は追撃を入れてくるけれど、先程と違い明らかに動きが鈍っている。回避は容易だ。

 これは僕のスロウ・スラッシュが速度低下のデバフを有しているからで、一部の敵はこれを当てることを前提としたモーションの速度をしている超重要な技だ。チュートリアルでも、まずこれを当てて百夜の動きを阻害する所から始まる。


 なお、概念戦闘とは、概念使い、もしくは魔物と概念使いの戦闘を総称してこう呼ぶ。ゲーム的な現象全てに設定を付けないと死んでしまうスタッフなので、こういう専門用語がやまほど飛び出るのだ。


 さて、ここまでは既定路線なわけだけど、百夜に攻撃はまったく効いた様子はない。単純なステータスの差が原因だ。コレばかりはレベルを上げないことにはどうしようもない。


 ――前にも話したけれど、このチュートリアル戦闘は負けイベントだ。二戦目以降のように、レベル上げでのゴリ押しが通じないため、このチュートリアル戦闘はどうしたって勝ち目がない。

 だからレベル上げによる正規プレイでの負けイベント攻略を目指したでは、一戦目のこのチュートリアル戦闘は妥協せざるを得なかった。


 では、僕は初っ端から負けイベントに屈しなければならないのか。



 ――答えは、否だ。



 通常ではどうやっても勝てないこの初戦闘であるが、通常ではない方法を使えば、勝利することが可能だ。それは、レベリングと同じくらいゲーム特有の、ある方法。

 


 このドメインシリーズは、クソゲーと言われるほどではないが、探してみるとなかなかおもしろいバグがいくつか存在する。大抵はゲームの進行を阻害するものではなく、逆にゲームの進行を助けるものもある。もちろん、あまりにもゲームバランスを壊してしまうため、大体は発売後に修正されたが。


 現実では、そんなバグの修正は起こり得ない。一度世界としてそこに生まれたものは、たとえ神であろうと手を加えることはできないのだ。

 と、カッコつけていったが、要するに僕が転移したこの世界ではそういったバグが現実に存在し、僕はそれを事前に確認しているのだ。

 

 ゲームの中には、そういったバグを大勢の人間が寄ってたかって解析し、タイムアタックなどに利用する『学会』と呼ばれる文化があるが、僕も一応、このドメインシリーズのバグを精査する学会の一人だったことがある。

 故に、僕はそれを使って百夜に勝利する。そういえば、僕はルーザーズを三周していると言ったけど、



 



 この、百夜戦もその一つ。通常の方法では妥協せざるを得なかったが、通常でない方法なら、僕は百夜に勝つ算段があるのだ。

 これこそが、僕の切り札。


 現実ではありえない、ゲームの世界だからこその、特別な方法。

 僕だけが使える、この世界の理不尽を、否。


 ――敗因をひっくり返す、勝利の一手だ。


「……どうした? こないなら……こちらから……行く」


「大丈夫だよ、百夜。――すぐにこっちから手をかけてやる。チェックメイトって言葉にね!」


 互いに剣を構えて、僕たちは再び激突する。


 ――だが、ここに一つ問題があった。

 ここはゲームの世界だが、同時に現実でもある。僕はリアルに体を動かして戦っている。コントローラーの中だけで、動きが完結していたころとはわけが違う。


 僕がこれから使うバグ技は、のだ。


 その時間、実に2Fフレーム

 それこそ、格闘ゲーマーが自身の実力をかけてしのぎを削る世界を、ただのRPGプレイヤーである僕が、現実で、リアルの動きを交えながら行う。


 ――あまりにも高いハードルが、そこにはあった。

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