4.2Fを攻めたい。

 ――ドメインシリーズの肝となるシステムについて少し。

 ドメインシリーズはアクションRPGで、色々な技をコンボしてつなげていくゲームだ。技は全てAAだのBBだの呼ばれる技名で統一され、これは変わらない。もちろん被りはあるので、基本的に攻略などではキャラ名AAと呼び分けるのが普通だ。


 僕が今所有しているのはS・Sスロウ・スラッシュともう一つ。防御力デバフ能力を持ったB・Bブレイク・バレット、遠距離攻撃だ。

 前者が出が早く、戦闘における重要なデバフである速度低下を含んだメインウェポン、後者は牽制に便利な防御デバフの遠距離攻撃。序盤におけるサブウェポンである。

 この二つをメインに初期は戦っていくわけだが、ここでポイントが一つ。このゲームの技……概念技と呼ばれるそれは、“キャンセル”ができる。

 一つの技を使用している間に、一定のキャンセルを受け付けるタイミングが存在する。このタイミングで技をつなげるとノータイムで次の技に移行できる。そして、これはST《スタミナポイント》が続く限り無限に使用できる。


 その上で、先程話したが、S・Sにはが存在する。故に、相手の攻撃に合わせてこの無敵時間を重ねつつ、キャンセルを入れて攻撃を繰り出すと、戦い方次第では無限ループで一方的に攻撃が可能なわけだ。


 そして、この効果は仕様である。キャンセルの入力時間はかなり長く、概念技はSTを使用するが、STは通常攻撃を当てていると回復する。

 つまりこのゲームはこの無敵時間とキャンセルを使ったコンボで、敵のHPを削り、STが切れたりした時は通常攻撃による回復に専念、隙を伺い、チャンスが訪れたらまたコンボで一気に攻める、という駆け引きがメインのゲームなのだ。


 ここまで聞けば、じゃあそれでこの百夜も倒せるのでは、と思うかもしれないが、そうは問屋が卸さない。

 なにせ、B・Bにはのだ。S・Sからコンボをつなげて、B・Bに移行した瞬間、僕は攻撃を無防備に受けるようになる。


 そしてこの百夜戦に限らないが、負け戦闘にはいくつかのパターンがあり、そのうちの一つに、超火力の概念技で一撃全滅、というパターンがある。

 この超火力の概念技は、ほぼすべての技が、が発生するのだ。よって、無敵時間が切れた瞬間にその当たり判定を食らって、一発でやられてしまうわけだ。

 基本的に、このゲーム、コンボできる技とできない技が決まっていて、


 よって、通常の負けイベントはこのコンボでは攻略不可能。


 そこで出てくるのがバグ技だ。

 先程、僕はBBには無敵時間がなく、SSからBBへ移行した瞬間、無防備になるといったが、それは間違いだ。どういうわけか知らないが、あらゆる技において、唯一、負け主――僕がSSからBBへ移行した場合。ほんの短い時間だけ、BBに無敵時間が発生する。


 この現象はSSの無敵時間中だけの現象であり、要するにSSからBBへのコンボの際、SSの無敵判定が残ったまま、BBが発動するわけだ。

 そして、そのごく僅かな無敵時間と、BBからSSへのコンボ時間が重なる瞬間が存在する。

 そう、それが――


 2Fフレーム、このゲームは60FPSのゲームなので、現実の時間にしてそれは1/30秒。つまり約0.03秒。

 格闘ゲームの世界なら、その2Fでしのぎを削る場合はある。つまり、ゲームとしてはその2Fは決して非現実的な時間ではない。

 実際僕も、コンディションが好調であるなら、ゲーム中におけるこのバグ技の成功率は8割を超える。流石に、RTAなどをしている時の疲労が溜まった終盤などはその限りではないだろうが。


 だが、10割ではない。特にゲーム終盤はコンボを繋ぐ必要のある時間が増え、失敗回数は目に見えて増える。8割というのも、対百夜戦に限った数字だ。


 ――そして、コントローラーの外から離れた現実の中では2Fなど、絵空事以外の何物でもない。


 コレの何が難しいかと言えば、BBからSSへのコンボ受付タイミングは、BB発動直後ではない。発動してから一瞬タイミングがずれる。そのフレーム数5F。

 この微妙な非受付時間故に、連打によるゴリ押しが聞かない。このゲーム、入力タイミング以外で技を使用すると硬直と呼ばれる現象が発生し、技の発生が終わるまで、次の技の入力を一切受け付けなくなる。


 ここで整理しよう。

 この百夜戦、ある程度僕が百夜と戦うと、百夜は超火力のイベント技を使用し僕を戦闘不能にする。その後、師匠が救援に来て、師匠と百夜が戦闘し、最終的に百夜が撤退することになる。

 僕は負けるが、ここでは失うものはなにもない。


 それに対し、僕はこの百夜のイベント技をバグを利用した無敵時間で躱そうとしている。だが、そのバグ技には、非常に短い受付時間にコンボを繋げる、紙一重の作業が必要。

 コントローラー操作でも十割を越えない成功率のコンボを、失敗の許されない一度限りの挑戦で成功させなければならない。


 ――はっきり言おう、言うまでもなく、僕はこの戦闘が初戦闘。

 正直、達成可能か不可能かで言えば、だ。僕は基本的に、RTAのような通しのぶっつけ本番は苦手で、何度も何度も挑戦し、根気強くプレイするスタイルが得意だ。


 諦めない気持ちなら人一倍強い自信がある。

 だが、本番で強いかと言えば、そこそこが限度。


 事実、現在戦闘をしながら、何度かテストを兼ねてこのバグ技に挑戦しているが、


 ――もうすぐ百夜のHPが一定値を切る。そうなれば、僕は百夜に一掃される。挑戦虚しく、儚くも。


「……お前は」


 ふと、百夜が腕を止めた。

 ――ちょうど、僕がバグ技に挑戦して失敗し、そろそろSTを補給して態勢を立て直すべきかと、大きく百夜の攻撃を回避したときだった。


 お互い、少しの距離をとって向かい合う。

 ゲーム時には、なかったイベントだ。いや、これは現実だ。百夜は、僕の中の何かを感じ取ったのか、鋭くこちらをにらみつけるようにして、言う。


「何かを、手繰り寄せようとしている?」


「……何だ?」


「まるで、何かの感覚を、思い出すかのように、戦っている……」


 ――百夜は、こちらの意図を見透かしていた。とはいえ、その言葉は疑問形で、僕が何をしようとしているかは理解していないようだったが。


「お前と私の実力差は、明白。……思い出せば、お前は私に勝てるのか?」


 それは、僕に対する期待の言葉だった。

 百夜は戦闘狂、強い相手を好む、だから当然だろう。僕は弱い、けれど、


「――


 僕はまだ、諦めていない。


「……そっちとあまり変わらないよ。君は強い奴に勝ちたいんだろう」


 再び駆け出しながら言葉にする。STを少しでも回復して、備えなくては。だから、もう練習はなしだ。通常攻撃だけでHPを削りきって、イベント技に備える!


「僕は、。強いやつに――!」


 百夜の挙動を見切って、懐に飛び込む。


「負けたくない――!」


 そして、切り込んだ。


「――っ」


 百夜が、その勢いに押されたか、攻撃をまともに受けのけぞる。

 ――今だ。

 これはイベントに入る合図、百夜が通常の戦闘を終え、大技に移行するこのタイミング。百夜には攻撃が通らなくなるが、通常攻撃によるSTの回復は発生する。


 僕はやたらめったらに剣を叩きつける。STと言う割にはこのがむしゃらな攻撃で回復するのは、スタミナというのがこの場合は概念的な意味で、実際の体力とは関係がないためだ。

 その辺りにも設定は存在するが――


 ――――僕は、思う。

 2F、ゲームをしている時は体に動きを染み込ませ、反復によってそれを難なくこなせるまでに練習した。現実では、そうはいかない。練習の回数はゲームのそれと比べると、圧倒的に少ないのだ。

 それを数秒間、入力を成功させ続けることはあまりにも難しい。


 そもそも、僕はこれを成功させる必要はないのだ。この戦闘で僕が負けても、師匠がやってきて助けてくれる。失うものはなにもない。

 この戦闘以降の負け戦闘は大きな物を失う大事なイベントだが、このイベントははっきり言ってしまえばどうでもいい。最悪、失敗しても次がどうなるわけではない。

 だから――



 



 難しいから諦めるのか?

 できないと最初から放り出すのか。

 それで満足してしまうのか。


 それで迎えるこのゲームのエンディングは、救いの薄いバッドエンドだと解っているのに。


「遊びは、終わり」


 百夜が告げる。鎌を天高く掲げ、目を覆うほどの強烈な光をその先に集める。


「――そうだ。遊びゲームは終わりだ」


 難しいからと、不可能だからと諦めるのか。

 


 僕は、諦めない。


「つまらないよ、決められたルールを押し付けられるのは。最初から定まった運命に沿って歩くのは」


 僕は、ぶち壊すためにこの現実を始めたんだ――!


「独り言……お前は、変なやつだ」


「そうだな……!」


 再び駆け出す。

 2F。0.03秒のあまりにも狭い針の穴を、くぐり抜けるために!


「――“S・S”!」


「それは……ムダ! “H・Hホーリィ・ハウンド!!」


 あまりにもまばゆい光が、視界を包んだ。

 H・H、演出もクソもない全画面攻撃、ゲームでは画面を真っ白に包み、断続的に響く斬撃のSEから、光に包まれた相手を無差別に切り裂く技とされている。

 初期、予算の少なかった開発が、苦肉の策で生み出し、以降百夜の代名詞となった必殺技――!


 ――眩しい。

 思わず、目がくらむ。

 視界が消える。目を閉じたのだ。光に灼かれるより早く。無敵時間の終わり、体に叩き込んだ一秒間をより鮮明にするために。


 すぅ、と息を吸い。


「――“B・Bブレイク・バレット”ォ!!」


 放つ。

 光によって妨げられ、それを防ぐために閉じた視界の中で、僕の体が動き出す。


 その一瞬は、あまりにも長く、あまりにも短く感じられ。


 僕は、


 ――――僕は、


「ァァアアアアアアアアアアアアアッ! “S・S”ゥ!!」


 


「――!?」


 百夜が、驚いた気配が伝わる。不思議な感覚だ、今、僕は全てを感覚で理解できるかのように、あらゆるものが鋭敏に研ぎ澄まされていた。


 行ける。

 次の、2フレームも!


 SSから、BBへ、BBから、SSへ。


 僕は、強引に技を繋げる。

 百夜のH・Hの効果時間は7秒弱、約7秒の間、僕はSSとBBをつなげ続ける。つまり、七回。


 三回、四回、五回。


 驚くほど順調に繋がった、これまで実戦では、一度としてつながらなかったバグコンボが、あまりにも自然に!


 ――楽しい。


 これは、――気持ちいい! 最高だ!


 逸る気持ちを抑え、僕はテンポよくSSからBBへ、攻撃をつなげる。BBからSSへのつなぎと違い、こちらは受付時間に余裕がある。

 六回、後一回!


「ッッ! “S・S”!!」


 ――七回、繋がった! 僕は負けていない! 百夜の攻撃が終わる。かつて、何度かゲームでやり遂げたときと同じように、僕は、これで――――



 あれ?



 

 おかしい、普段なら七回目を終えたタイミングで光が収束しだし、SSの最中にそれが消えるはずなのだが。

 そう思った直後に、光の収束が始まった。


 ――――あ。


 あ、あ、あ、ああああ!!


 気づいた、気づいてしまった。SSの無敵時間だ。SSの無敵時間は一秒あるが、BBにつなげる場合、それはきっちり一秒ではない。

 つまり僕は、BBからSSへのコンボに集中しすぎて、SSの無敵時間に意識を割いていなかった。


 僕の集中の原因は、そうだこれだ。

 BBからSSへの2Fがコンボを繋げるのにもっとも重要、だが無敵時間はそもそもSSを放つことによってうまれる。そちらを軽視していいはずがなかったのに!


 このままでは、間に合わない。

 SSの無敵時間終了が、百夜の攻撃終了に。解決方法は単純、もう一回BBからSSを繋げばいい。



 



 この集中力が切れた状態で?



 想定外で、頭がパンクしそうな状態で?



 ――――ああ。


 やっぱり、僕はダメだったのだろうか。


 一発勝負なんて、土台ムリな話だったのだ。僕には最初から向いていない。こんなこと、挑戦しようと思わなければ。


 後悔先に立たず。

 もう、それは、

 僕の頭を真っ白にするには十分だった――――


「――“B・B”」


 ――――



「……“S・S”」



 ――――



 そして、僕は、


 駆け出した勢いと、攻撃にいざなわれるまま。


 百夜の後方に立っていた。


「お前――――!!」


 百夜が、ガバっとこちらを振り向く。

 驚愕と、それから、よくわからない物を見る眼で、こちらを見ていた。


 ――真っ白な頭で、僕は反射的に技を放った。

 まるで、最初から体に染み付いていたかのように、自然と、無意識に。

 理由は――そうだ。


 確かにここは現実で、ゲームとは何もかもが違うけど、でも、そもそも入力受付時間は、


 ゲームの中で染み込ませた自分の感覚が間違ってはいなかったのだと、認識する。

 その感覚が、僕を成功に導いた――


 ――ああ、そうだと思い出す。


 初めてバグ技での突破に成功した時、それまで、僕は何十回、何百回。気の遠くなる回数、ゲームの中でこれに挑戦してきた。その末に、僕は無傷で百夜の前に立っていたんだ。



 



「ああ――」


 ふと、声をついて出る。僕もまた、百夜の方へと振り返り。

 そこに、立っている人の姿を見つけ。



「――彼に何をしている! 概念使い!」



 ――紫電のルエが、そこに立っていた。


 僕は、彼女へ言葉にならない声で、ぽつりとつぶやく。



「やりましたよ、師匠」



 僕の、初勝利です。

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