2.師匠のことを知りたい。

 ルエ。紫電のルエ、通称師匠。

 大人気アクションRPG「ドメイン」シリーズの人気キャラで、登場したのは三作目の「トライデント・ドメイン」。彼女はこの作品にのみ登場する。そして五作目、つまり本編最終作が出た後の人気投票では、なんと単独の作品にしか出演していないにも関わらず、三位につけた実績を持つ。

 ここでのポイントは、二位と一位はシリーズ皆勤の文句なしな人気キャラで、更に師匠は“ヒロイン”という立場ではない。四位から下は、各シリーズのヒロインや象徴的な悪役、主人公が名を連ねているというのに。


 つまり、一作にしか出ていないキャラの中では一番人気なキャラで、それ故か六作目に当たる外伝「ルーザーズ・ドメイン」でも象徴的な出番を与えられた。

 でも、三作目に出てるキャラが過去を描く六作目に出るってどういうこっちゃ? という話。


 まず、彼女の三作目における出番と概要について簡単に語ろう。三作目での彼女の出番は、一言でいうと「幽霊」だ。そう、三作目の時点では死んでいて、その残留思念みたいなものとして登場する。

 立ち位置は「ヒロインの師匠」。この、「幽霊」であるルエは、三作目のヒロインにしかその姿が見えず、話もできない。そんな師匠がヒロインを導き、ときに恋愛の助けをする。


 性格は底抜けなお人好し、困っている人を見捨てられず、普通師匠ならヒロインの無茶を止める立場にあるはずなのに、逆にヒロインを煽ってヒロインの方が冷静になるシーンとか、ヒロインが他のキャラと楽しく会話していると、イジケて変なことを始めたりとか。

 可愛らしい性格の人だ。


 それでいて、その態度、言葉遣いにはそこはかとない威厳と、頼もしさがある。師匠がやれると言えば、ヒロインはそれを信じるし、実行してみせる。

 ヒロインとの確かな絆で繋がった友情も、彼女の魅力の一つだ。


 そして、幽霊という立場上、別れは必ずやってくる。物語の最後に、初めて主人公にもその姿が見えるように成る。話に聞いていた師匠と主人公の会話は必見だ。

 なにせヒロインのことを世界で一番好きな者同士の会話は、それはもう息ピッタリで、ヒロインはその間に挟まれて顔を真赤にしていた。楽しげだけど、別れのシーンであることを考えると、どこか儚げなやり取りは、僕の心に今も刻まれている。


 師匠の人気の秘訣は、そのキャラクター性と、唯一無二の立ち位置にあるだろう。ある意味で三作目、「トライデント」のもうひとりの主人公というわけだ。


 でもって、外伝作の「ルーザーズ」でも、彼女は師匠と呼ばれることになる。誰の……というと、まぁ当然ながら僕……つまりルーザーズの主人公だ。


 ここでどうでもいい話をすると、ドメインシリーズの主人公は名前を変更できて、固有の名前がない。なので基本ファンには作品のナンバリングをとって1主だの2主だの呼ばれるわけだが、外伝作のルーザーズはナンバリングではないので、例外的に「負け主」と呼ばれる。

 酷いあだ名だな?


「――つまり」


 さて、意識を現実に戻すと、現在ここは師匠邸のリビング、テーブルクロスやカーテンなどはそこそこ良いものを使っているが、同時によう気を使っているのも見て取れる。なんでそんな事をするかと言えば、彼女は威厳と潔白を同時に持ち合わせなければいけない身であるため。

 師匠は隠遁するすごい人という立場なのだ。


「君はわけも分からずあの川の中で溺れていて、それを偶然通りかかった私が助けた。以上のことはわからないわけだな?」


「はい、自分でもどうしてああなったかはさっぱりで……」


 本当にさっぱりなので、嘘偽りなく僕は答える。

 僕……負け主の設定は非常に薄い。記憶喪失で川を溺れていたところを師匠に助けられた、それだけ。記憶を取り戻すことはないし、実は生まれに特別な出自があるわけではない。なんというか、プレイヤーの分身とでもいうべき出自だ。

 他のドメインシリーズの主人公には、特別な生まれや隠された過去があるのだけど、負け主には本当になにもない、というのが逆に個性になっている主人公である。


「まあ、大方魔物にでも襲われたんだろう。でももう大丈夫だ、私がいるからね」


 ドン、とないようで(ゆったりとした服に隠されているせい)ある胸を叩く彼女は、自信ありげだ。そしてそれは大言壮語じゃない。多分初戦闘あたりでみることができるだろう。


「いやでも、そんな悪いですし……」


 と、ここでイケてる弟子トーク。師匠は頼りがいはあるが、メンタルは弱い、ここで一旦引くと、少し動揺するぞ。

 まぁいきなり是非っていうのも僕としても収まりが悪いので一石二鳥。


「そ、そんなに私が頼りにならないか……?」


 どことなく、師匠の顔がはわっとしてくる。何を言っているんだと思うかも知れないが、はわわと言い出しそうな三秒前くらいの顔だ。


「……だって初対面ですよ?」


「あ……そうか。君、私のことをしらないのか」


 僕は自分が記憶喪失だとは説明していない、そもそも記憶を失っていないのだから当然だけど、でもまぁ実際、知らないものは知らないのだ。

 リアルで師匠と出会ったことはないからな。


「私はルエ! 紫電のルエ! 大陸最強と謳われた概念使いドメインマスターだ! すごいんだぞ!」


 ――概念使いドメインマスター。言い換えれば能力者、ドメインシリーズのプレイアブルキャラは全員この概念使いで、主人公である僕もそうだ。

 各人がそれぞれ固有の概念とよばれる属性みたいなものを有する。例えば“白光”。これは光を操る能力だ。師匠の場合は紫電、基本このシリーズの登場人物は、自分の概念プラス名前を名乗る。


 名乗ると能力の詳細がバレてしまうだろうに、何故名乗るのか、については色々と捏ね繰り回された設定があって、端的にいうと名乗らないと能力が使えないから、なのだが。

 まぁメタ的に言うと名字の概念がないから、異名として概念を名乗らせないと区別がつかないのである。


「おおー」


 パチパチパチ、と拍手をしていると、師匠が照れくさくなったのか縮こまる。それに合わせて拍手もやめて、僕も名乗ると、これからのことについて話す。


「えっと、申し訳なくはありますが、でも実際、面倒を見てくれるのは非常に助かります。僕、このあたりのことさっぱりわからなくて、魔物も危険だし、どうしたらいいか……」


「なに、一人や二人の居候くらい、私には養える甲斐性はある、任せてくれたまえ」


「できることはなんでもします! それでよければ、是非!」


 バッと立ち上がり、力強く宣言する。師匠は少しのけぞった。


「……な、なら」


「なら?」


 むむ、と恐る恐るといった様子で師匠が呼びかける。少しばかりためらいがちに、恥ずかしそうに。


「君……料理ってできるか?」


「……そこそこ」


 一人暮らしだったし、僕は凝り性だったので、結構自炊はやっていた。こった料理も作ったことがある、この世界の料理に関する設定も頭にあるから、再現は可能だろう。

 とはいえ、ある程度失敗するかもしれないが、だからそこそこ。


 しかし、


「マジか!」


 師匠はめちゃくちゃ食いついてきた。


 ああー、そういえばこの人そういう人だったな……料理とか全くできない人だったな……ルーザーズでほとんど描写なかったけど、トライデントの方だと、ヒロインに料理のアドバイスをしようとしてダークマターを作ったこととかあったなぁ……

 原因は見栄をはったことです。


 外伝だと、負け主は料理ができる設定だったから、負け主にまかせていたんだろうなぁ。

 それにしても、僕が来る前は、どうしていたんだろう。あまり街にも出たがらないだろうに……まぁ背に腹は代えられないというやつだろうか。


 調理せずに食べれる食材だけ買ってきて食べてたとかは無いと思いたい。


「あくまでそこそこ、ですよそこそこ。失敗することもありますし……」


「でも、だいたいは成功するんだろう!?」


「ええ、まぁ……」


 あまりにも食いついてくるものだから、保険を入れてしまう情けない自分。でも、師匠の輝きまくった顔を見ていると、いいものを見た気持ちになれる。


「よし! 歓迎するよ! 是非私に料理を作ってくれ!」


 それだけでもう値千金と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべて、小さい師匠の手が、僕の肩をポンポンと叩いた。



 ◆



 それから、師匠との共同生活が始まって、実はこれ、夢なんじゃないかと思いつつも一日が経過したりして、現実を認識したりしたが、概ね平和な日々が続いた。

 ゲームの序盤は師匠との交流で話が進む。その間に本作だけでも、ドメインシリーズを楽しめるように、世界観の説明が入ったり、ルーザーズの時代の説明が入る。


 ルーザーズはドメインシリーズにおいて人類が最も追い詰められている時代だ。それも当然で、ドメインシリーズを通しての敵、「大罪龍」という強大な魔物が、全て健在なのだから。

 七つの大罪をモチーフにしたこの龍は、各地で人々を苦しめている。国一つがまたたく間に滅ぼされたというのも、よく聞こえてくる話だ。


 これが初代になるころには一体が撃破され、一体が封印された状態にある。それを為すのがルーザーズであり、僕たちだ。

 そして、そんな国を単騎で滅ぼす相手への対抗手段が概念使いなわけだが、概念使いは現れてからまだ数十年しか経っていない。

 ルーザーズと初代の頃は、概念使いは大衆に受け入れられておらず、化け物扱いかはれもの扱いのどちらかを受けているのだ。


 ルーザーズの序盤、初戦闘が終わった辺りでそれに触れるイベントがある。とはいえ、今は現実だから、イベントの順番は前後したりするわけだけど。

 実際、僕が師匠の家にお世話になることになった次の日、買い出しに僕がついていくとなったときに、それは起きた。


 師匠は近くの街まで食材などの買い出しに出ている。そうしなければ生きていけないからなのだが、師匠が来た時の反応は辛辣だ。

 子供がいれば即座に家の中に隠され、周囲からはあからさまに遠巻きに見られる。買い物などは他の者と変わらずにできるが、昔はだいぶぼったくられていたそうである。


 極めつけが、


「おい、君! そいつから離れなさい! 危険だ!」


 周囲を兵士に取り囲まれ、僕が説得されたことだ。これは原作にもあったイベントだが、初戦闘前に起きると少し状況が変わってくるな。


「そいつは森の化け物だ! そんなナリをしているが、恐ろしい力を使うのだぞ!」


「……」


 兵士たちの説得に、師匠は言い返そうともしない。ただ、顔を伏せて拳を力強く握るだけ。悔しくて悲しいのだということは、のちの彼女の口から聞くことができる。


「そんなことはありません。僕はこの人におぼれていたところを助けていただきました、命の恩人なのです。だいたい、ただ普通に買い物をしているだけじゃないですか。どうして恐れられる言われがあるのです」


「そいつが化け物だからだ」


「それは彼女を見て言っていただきたい。どこにそんな言葉を使うに相応しい怪物がいるのです!」


 僕と兵士が言い争いをしていると、後ろから師匠が僕のローブの袖を掴んでくる。もういい、と言いたげな彼女に、僕は躊躇う。

 本来なら、ここで怒りを覚えた主人公が、自分も概念使いであることを明かし、怯えた兵士の横を何も言わずにすり抜けるのだが、あいにく僕はまだ概念使いであることが判明していない。


 そもそも、概念化がまだできていない。ゲームでも初戦闘時に覚醒する流れだったけれど、これ、本当に概念化できるんだろうな?

 まぁ、どっちにしろ、僕は今は概念使いではない、ということは確かだ。


「……なんと言われようと、僕はこの人についていきます。あなた達は信用ならない。こんなにかわいらしい女の子を、化け物だなんて呼ぶ人は!」


「…………かわ?」


 ふと、後ろから変な声が聞こえるが、構わず僕は袖を掴んだ師匠の手を握り、つかつかと兵士の横を通り抜けようとする。

 兵士は胡乱な眼を向けてはいるが、僕の後ろの師匠が恐ろしいのだろう、僕が視線を向けるとすぐに飛び退いて、道を開けた。


 ――なんてことがあって、僕らはその街を後にした。

 ゲームでも起こったことだが、相変わらずこの街は酷い、民衆が師匠のことを毛嫌いしているのに、彼らは何も解っていないのだ。


 ってことに。


「いいんですか、あんなの。貴方がこの街を守ってるんじゃないですか! 英雄と言われてもいいはずです!」


 師匠が、普段何をしているかと言われれば、自身の暮らしている地域の魔物の討伐だ。魔物の核は高く売れるのもあるが、この時代、人々は常に魔物の脅威にさらされている。

 あんな街、いつ魔物に襲われて滅びるかもわからないのだ。師匠がいなければ、あんなふうに師匠に怯えることすらままならないだろう。


 彼らは平和ボケしている。だから、それでいいのかと僕は問い詰める。この辺りはゲームでもあったが、実際に体感してみて、僕の思いは主人公と同一だったようだ。


 ただ、ゲームでは諦めたように自嘲して笑っていた師匠が、どういうわけか返事をしない。顔をうつむかせて、こちらを見ようとしないのだ。


「……あの、師匠?」


「ひゅいっ!?」


 ……もしかして、照れていらっしゃる?

 あー、まぁなんというか。この人、褒められたりするのに慣れていないんだな、と強く実感する。原因は先程、可愛らしい女の子、といったことが原因だろうな。

 ゲームでもそういう呼ばれ方に耐性なかったから……


「あ、ああいや。いいんだよ、私は。誰かに望まれてやってることじゃないし、彼らがああして暮らしていてくれるほうが、私としても色々食材とかを調達しやすくて助かるし……」


 原作だと、もう少し寂しそうだったけれど、かわいいの一言でだいぶ穏当に言葉が出てくる辺り、師匠ってチョロい……もとい単純な人だ。

 だから、やっぱりこれでいいんだろうけど、だからこそ。


 だからこそ、思う。そんな師匠が――



 僕のせいで、死んでしまうのはゴメンだ。



 うん、師匠の今の姿をみて強く思った。

 師匠は頼りになるすごい人で、けれども中身はどこまでも普通の、可愛らしい女の子だ。


 なにせ、年の頃だって僕とそんなに変わらない、二十歳を越えてないくらいだから。


 ――僕が暮らすようになってから、さり気なく、違和感のないように、家のあちこちに可愛らしい小物が増え始めた。これは師匠が女子力を気にして買ってきたのではなく、もとからあったものだ。

 威厳を保つために隠していたのを、元の場所に戻しているらしい。


 師匠は、そういう人だ。


 ――師匠の家には、小さめな庭がある。この庭の手入れは師匠が毎日欠かさずやっており、一人で水を撒いているときは、知らず鼻歌が漏れていた。それを僕に見つかると、慌てた様子で、けどすぐに気にしなくなった。僕が花に興味を持つと、熱心に教えてもくれるんだ。


 師匠は、そういう人だ。


 ――今だって、僕が言い返して、しかもカワイイって言ったことの方が、周りに差別されるよりもずっと心に響くような、素朴で、それこそ可愛げのある人なんだ。



 師匠は、そういう人だ。



 そんな人が、僕を庇うように殺される。これから先、少しして、僕と師匠はどうしようもない強敵と相対することになる。それを、師匠が僕を逃がすために囮になるんだ。

 そんなの、受け入れられるか。


 


 だったら、やってやろうじゃないか。

 敗北者ルーザーズ、上等だ。そんなもの、僕がまるごとひっくり返して、地面に叩きつけて踏みにじってやる。


 ああ、そうだ。

 まだ言っていなかった、僕の概念ドメイン


 名を、


 ルーザーズにはピッタリなそれは、能力としては他者に対するデバフを得意とする能力だ。そう、敗因は僕に対してのものじゃない。

 覚悟してろよ理不尽ども。僕はお前らに、敗因って概念を、上から槌を振り下ろして砕くように、刷り込むように、教えてやるよ。

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