第68話 ボクは王子様
水色の短髪に、バラのような赤い瞳。ぱっちりとした目に飾られた長いまつげ。
「‥‥‥」
仮面を割られたことで、意気消沈しているエリックは、茫然と地面に座り込んでいた。
「マスク様!」
走ってきたジゼルは、仮面を割られたエリックの素顔を見て目を見開いた。
「あなた――」
表情を失った顔でジゼルを振り返ったエリックは口元に笑みを浮かべたまま、光を失った瞳で答えた。
「ジゼル、久しぶり」
ジゼルは思い出した。彼女の顔を見て、レズリ―と出会う前ジゼルには親友がいたことを。
たった1週間だけの親友だった。
でも、ジゼルにとってはとても大切な、大切な友達だった。
それなのに、どうしてわたしは彼女のことを忘れてしまったんだっけ。
**
「隣に引っ越してきたエルザだ、仲良くしてあげなさい」
エルザは当時ジゼルの家よりお金持ちだった。
たまたま隣にエルザと同い年の少女がいると噂で聞いたエルザの父親は、エルザとジゼルを引き合わせた。
ジゼルは自分がエルフであることは自覚していたが、それが差別の対象だということをまだはっきりと自覚していない時だった。
家に来る父親の友人たちの視線は嫌いだったが、それは自分が人より少し変わった耳の形をしているからだと思っていた。
ベールをかぶって、エルザと出会ったジゼルは、エルザの美しさに目を見張った。
綺麗な顔をしている。お人形さんみたい。
ジゼルはエルザに対してキレイな顔をした女の子だなというのが第一印象だった。
だが、エルザは兄の影響で男勝りだった。
「ジゼル、木に登ろう」
「無理よ」
「大丈夫大丈夫」
エルザは、女はこうであれという教えが嫌いで、それに対してずっと反抗し続けていた。
両親に言われ、邪魔な髪を伸ばし、大好きな剣術の鍛錬は封じられ、代わりに机でマナーの勉強。
うんざりだった。
でも、ジゼルはエルザに女を強要しない。エルザはそんなジゼルのことを大変気に入っていた。
ジゼルも、初めてできた友達が嬉しくて、毎日エルザが来るのを待っていた。ずっと屋敷で1人閉じ込められていたジゼルにとってエルザは神様のように眩しかった。
「ジゼル、お姫様ごっこをしよう」
「お姫様ごっこ?」
「そう、ボクが王子をやるからジゼルはお姫様だ」
「わたしが、お姫様?」
「そうさ、ジゼルはとっても可愛いから」
本心から言ったエルザの言葉にジゼルは俯いた。
「でも、私お姫様にはなれないわ」
「どうしてさ」
「絵本に出てくるお姫様は、わたしみたいに耳がとんがっていないもの」
「それならジゼルは耳がとんがった初めてのお姫様だ、いや」
エリザは、膝をついてエルザに手を伸ばした。
「ボクが君の王子様になってあげるよ」
ジゼルはお姫様に憧れていた。困っている時、泣いている時、助けてほしいとき。自分の前に颯爽と現れて助けてくれる。
そんな王子様に、ずっとずっと憧れていたのだ。
「うん」
ジゼルはエルザの手をとった。
2人はたびたびお姫様ごっこをして遊んだ。2人の理想の姿で、2人の理想の形で。
エルザは自分でも気づかないうちに、ジゼルのことを異性として好きになっていた。自分が、自分だけがジゼルの王子様なんだ。そう信じて疑わなかった。
そしてジゼルも、エルザを王子様だと意識すればする程、エルザに惹かれていった。お互いにお互いを理想とし、お互いがお互いを真剣に運命の王子様、お姫様だと感じるようになっていた。
でも、幸せな時間は長くは続かなかった。
「ジゼルはずっとこの屋敷から出られないんだな」
「うん」
「じゃあ、ボクは外に連れ出してあげるよ。閉じ込められたお姫様を連れ出すのが王子様だろう」
そしてジゼルを外に連れ出したエルザは後悔する。
「まさかあんなことになるなんて思わなかったんだ!」
ジゼルは病院のベットで寝ていた。
外に出かけた先で、エルザが少し目を離したすきに、ジゼルは馬車の前に飛び出した子猫を助けようとして馬車に引かれたのである。
ベールがとれ、耳が露わになったジゼルを見た周りの人々は冷めた目で血を流すジゼルを見ていた。
「ジゼル!ジゼル!しっかりしろ!」
ジゼルは意識が少しだけあった。薄目をあけている、安心したエルザはジゼルの意識がちゃんと続くように、目を閉じて死んでしまわないように声をかけ続けた。
「エルフが引かれたみたいだぞ」
「奴隷かしら、それにしても小綺麗な服を着ているわね」
止まった馬車は窓を開けて倒れているジゼルを見つめた。
「なんだ、エルフか」
そして吐き捨てるようにそういってそのまま馬車を走らせた。
「待て!お前、人を引いているんだぞ」
エルザはジゼルを見つめた。
エルフだからなんだというのだ。
彼女はボクの友達で、大好きな人で、お姫様で。
「馬鹿な、何がお姫様だ」
「エルフだとは思わなかったわ」
エルザの両親は、その一件を知り、エルザを連れ引っ越してしまった。
目を覚ましたエルザは、頭を強く打ったらしくそれまでの記憶を失ってしまったが、事故の時エルフだと冷たい目で見られた恐怖と、お姫様、王子様への憧れだけを残しそのまま生き続けることになった。
だが、エルザはジゼルをはっきり覚えていた。
「自分はまた絶対にジゼルに会うんだ」
そう思いながらキツイお嬢様になるためのレッスンや勉強を耐えてきた。会えない間も、ジゼルを希望にエルザはすべて我慢した。
そして、とうとうそんなエルザにも転機が訪れる。
「ジゼル!」
ジゼルをパーティで見かけたのだ。
「ジゼル、久しぶり」
声をかけたエルザは、自分の予想と全く違うジゼルの反応にたじろいた。
「どなた?」
氷のように冷たい目に、あの時と顔は変わらないのに表情だけごっそり失われたかのような顔。
「どなたって、わたしだよ。エルザ、いやボクといった方がわかるかな。あの時はごめんね、ボクのせいで、ずっと君に会いたかったんだ」
ジゼルに伸ばしたエルザの手は、ジゼルによって払われた。
「何をいっているのかわからないけれど、わたしと関わらない方がいいわ」
ジゼルの父親はエルザの一件以来、外からのジゼルの交流を一切遮断してしまった。
メイドのマチルダや、レズリ―など特殊なケース以外はジゼルはパーティでの不必要な会話も許されていなかった。
「どうして、ジゼル。ボクだよ。エルザだ」
「知らないわ」
エルザは、どうして彼女があんな風になってしまったのかすぐに分かった。
彼女が王子様だと思っていたボクが、彼女のそばにいてあげられなかったからだ。ボクが彼女のそばにいなかったからジゼルは変わってしまったんだ。
ベットで目を覚ました時、ボクがいないショックでボクを忘れてしまったんだね。
最愛のジゼルが自分を忘れてしまっていることでエルザは自分を誤魔化し、妄想し、そして嘘で自分の考えを塗り固めることで自分を保とうとした。
そして忘れてしまっているのならまた出会おう。
彼女にふさわしい王子様になって。そう考えたエルザは完璧な王子様になるべく勉強を続けた。
そしてたびたびパーティにいってジゼルの様子を遠くから観察していた。
もっと頑張るからね。もっと理想の王子様に近づけるように努力するから。
ジゼルを見つめながら何度も心の中でエルザはジゼルに呼び掛けた。
だが、そんな最中まつげが目に入りトイレの鏡の前で仮面を外していた時、ジゼルがトイレに入ってきた。
焦ったエルザはトイレの個室に咄嗟に隠れたが、個室から出た時には仮面がなくなっていた。エルザは廊下で色んな人に聞いて回ったが、誰も知らないという。大人しく帰ろうと廊下を歩いていると、自分の仮面をつけてよくわからない男がジゼルと共にパーティ会場を出るのを見て、エルザは戸惑った。
「どういうことだ!?泥棒!!」
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