第69話 頬の痛みは心の痛み
そして今に至るのだ。
エルザはジゼルに自分が過去に一緒に遊んだエルザだということを伝えた。
ジゼルは彼女の顔を見て、封じていた記憶の蓋が開いた。
「女の子なら、いいよ」
レズリ―と友達になる時、ジゼルが答えた言葉。
どうしてそんなことを言ったのか。
自分の前からいなくなってしまった王子様を思い出して、つい口に出してしまった。
「エルザ……?」
「ごめんね、ジゼル。突然いなくなって。それから、色々」
エルザは俯いた。
「こちらこそ、ごめんなさい。忘れていて……あなたがわたしの手を初めてとってくれた人なのに」
2人は、今までの関係のテープを巻き戻すように抱き合い、エルザは涙を流した。
マチルダとロゼッタも自然と並んで2人を見ていた。
「あの」
マスクは2人に声をかけた。
「2人は昔からの友人なんですよね。だったらこれからも会ってください。二度と近づかないなんて、寂しいことは言わずに」
シスカは、ジゼルがうれしそうなのを見て本心からそういった。
ジゼルはそんなマスクを見て嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、マスク様」
だが、エルザは眉をひそめた。
「ボクが女だったからか?」
ジゼルから離れたエルザは、マスクに向き直った。
「あ、待って!」
ジゼルはエルザに声をかけた。
また喧嘩するからだろうか、シスカはジゼルを安心させるように優しい声音で答えた。
「そういう意味じゃない。純粋に私は――」
一瞬だった。
エルザは、ジゼルから離れるとき、ジゼルの陰で、地面をかかとで叩いていた。
そして、マスクが答え終わる前には、マスクの仮面を思い切り蹴り割いていた。
落ちた。
はらりと割れた仮面が地面に落ちて、シスカは茫然とした表情で地面を眺めていた。
「玉の輿に乗れてよかったなといったことは謝る。悪かった。そしてこの決闘でお前の覚悟は分かった。だが、勝負は済んだわけだし、お前はボクにこれからもジゼルと一緒にいていいといった。だからこれは個人的な私怨だ」
そして、エルザは無表情に蹴り上げた足を地面におろした。
「シスカ――?」
ジゼルは、落ちた仮面を茫然と見つめるシスカを見て問いかけた。
ハッとしたシスカはジゼルを見つめた。
「ジゼルお嬢様」
「一体、まさかあなたが、全部」
ジゼルは、驚愕した表情で仮面とシスカを交互に見つめた。
「騙していて、ごめんなさい」
「シスカが、マスク様だったの?」
ジゼルは胸に手を当てながら問いかけた。
シスカは、こくりと頷いて、まっすぐジゼルを見つめた。
「はい」
ジゼルは、その事実を知った時、マスクにしたこと話したこと、そしてシスカと出会ったことから今までを思い出し、立ち上がった。
ぱちっと乾いた音が響いた。
シスカは頬の痛みに思わず自分の頬を押さえた。
ジゼルは、シスカの頬を打ったのだ。
「ジゼルお嬢様、これにはわけが」
マチルダが前に出たが、ジゼルはくるりと背を向けた。
「しばらくわたしの前に現れないで」
ジゼルはそれだけいって、屋敷へと駆けていってしまった。
「待ってください!ジゼルお嬢様!」
マチルダはジゼルを追いかけた。ロゼッタは、頬をうたれたシスカを心配そうに見つめていた。
シスカは、がたりと崩れるように固い地面に膝をついた。そしてそのまま地面に両手をついて青い顔でしばらくそのまま動かなかった。
「嫌われた」
いつかこんな日が来ると思っていた。
自分で決心がついた時に打ち明けようと、いつかいつかいつかって。
でもそのいつかがこんなに急にくるなんて。
シスカは1人、屋敷を見つめた。
「ジゼルお嬢様」
俺が、俺なんかがマスクだったことを、彼女のいう王子様だったことが嫌だったのだろうか、失望されてしまったのだろうか。
「ざまあないな」
そんなシスカをいやらしい笑顔でエルザは見下ろしていた。
「・・・・・・」
「ボクは悪くないぞ。元はといえばお前が」
「・・・・・・」
「石かお前は。まあボクは知らないからな。お前のことなんて。そこでからからに干からびているといい」
エルザはそのままべと舌を出してジゼルたちについて屋敷に戻っていった。
「しばらくわたしの前に現れないで」
シスカは何度もその言葉を心の中で復唱した。
ジゼルお嬢様を傷つけた。いつかはこうなっていたんだ。わかっていることだったのに。俺は傷つく資格なんてないのに。
「おい」
声が頭の上から降ってきた。
だが、シスカはそのすべてがどうでもいいと思うようになっていた。
「おい」
不機嫌そうなエルザの声は、シスカの耳に届いていなかった。
「おい、お前。さっさと立てよ、面倒だな」
エルザは、シスカの腕を掴んで無理やり立たせた。
シスカは茫然とした表情でエルザを見つめた。エルザは、全くもって不愉快だとでも言わんばかりの表情でシスカを見下ろし、
「さっさと行くぞ。ボクの家へ」
シスカをずりずり引きずって自分の屋敷へと向かった。
エルザの頬は、誰かに張られたかのように赤かった。
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