第67話 仮面の下の衝撃事実
とうとう退院した俺は、屋敷に戻ってきた。
久々に見る屋敷は、やけに大きく見えた。
「おかえりなさいであります!シスカ殿!」
「おかえりなさい!」
マチルダさんとロゼッタ君が笑顔で迎えてくれて、俺はやっと帰ってこれたことを実感して少し安心した。
「久々だね、ロゼッタちゃん、元気そうでなによりだよ」
「何事もありませんでしたよ!」
ニコニコしているロゼッタ君に、俺はこっそり耳打ちした。
「マチルダさんのドジは大丈夫だった?」
ロゼッタ君は、ぴたりと動きを止め、笑顔のまま俺を見つめた。
「こういう人もいるんだなと割り切りました」
「う、うん。グッジョブだよ」
目が笑っていなかった。本当に苦労したんだろうな。
でも、俺が入院している間にロゼッタ君がいてくれて本当によかった。
「おかえりなさい」
廊下から、腕を組んでジゼルお嬢様が歩いてきた。
「ただいま戻りました」
「といっても昨日あったのだけれどね、今日はゆっくり休むといいわ」
ジゼルは腕を組んだまま相変わらずツンツンとした言い方だが、いっていることは優しかった。
「ありがとうございます、部屋で休ませてもらいます」
シスカは、一応笑顔でお礼をいったが、エリックとの約束を忘れたわけではなかった。
退院したら、エリックと対決する約束をしているんだ。
「二度と彼女に近づくことを許さない。そして、ボクが負けたらそれは同様でいい。まあ、ボクが負けることはないけど」
剣で決着。退院したタイミングでまた俺の前に現れるといっていた。
シスカは、マスクの仮面を見つめた。裏返すと、E.Kの文字。
エリック、キラー。彼の名前だ。
この仮面と出会わなければ、俺はどうなっていたのだろうか。
この屋敷にきていなければ俺は何をしていたのだろうか。
シスカは、あの時パーティで着ていた服に着替えた。
ピンポーン。
インターフォンが聞こえてきた。
それでも、俺はこの人生に後悔はしていない。
シスカは剣を手にした。彼に勝って、ジゼルお嬢様に告白するんだ。
そして、意志に満ち溢れた真剣な表情を仮面で隠し、また外からジゼルの部屋に行くことになった為に置いておいた靴を履き、シスカは自分の部屋の窓から外に出た。
「こんにちは」
久々に現れたエリックに、マチルダは困惑した。ジゼルもロゼッタも廊下に来ていて、あれから全然現れなかったエリックが突然来たことに驚いていた。
どうして急に?しかも、シスカが帰ってきたタイミングで。
エリックは、仮面の下でにっこり微笑んだままマチルダに告げた。
「仮面の男とけじめをつけにきたんです」
仮面の男。
そういえば―。マチルダは思い出した。
シスカはけじめをつける為にマチルダに屋敷に帰ってくれといったのだ。
そのけじめを、このエリックという男はつけにきたということだろうか。
「仮面の男?マスク様のこと?」
ジゼルは、眉をひそめて問いかけたがエリックは仮面の下に笑顔を忍ばせたまま、何も答えない。
「私との約束を果たしにきてくださったんですよね」
シスカは後ろから声をかけた。
エリックは振り返って憎々し気に仮面の下からマスクを見つめた。
「はい」
「どういうこと?」
マスクに久々に会えた喜びと、今の状況で感情がぐちゃぐちゃになったジゼルがエリックを見つめた。
ロゼッタもどういう状況かわかっておらず立ち尽くしているが、マチルダだけは同じ仮面の男と、けじめという言葉、そしてエリックがジゼルのことを好きな様子からジゼルとマスクを交互に見て「そういうこと?」という顔をしていた。
「約束したんですよ、決闘をして負けた方は二度とジゼルさんに近づかないって」
「何よその勝手な約束。嫌よ、マスク様とお話しできなくなるなんて」
ジゼルはエリックを睨みつけた。
「ジゼルさんはマスクさんが負けると思っているんですか?そんなことないですよね。それに、マスクさんも了承しているんですよ。負けたらあなたに二度と近づかないということでいいと」
エリックはわざと意地悪な言い方をしたが、不安そうなジゼルに、
「勝ちますよ、私もジゼルさんと一緒にいられなくなるのは嫌ですから」
マスクは安心させるように優しい声色で答えた。
ジゼルは、勝手にそんなことを決めて決闘してしまう2人に素直に憤りを覚えたが、マスクのその一言で思考が吹き飛んだ。
今までマスクからジゼルに対し、何か恋愛的なセリフをいうことは今までなかったからである。
「では、始めましょうか」
シスカは、いつもマチルダと訓練をしている時使っている剣を構えた。
あぁ、そうだ。
俺はきっとこの為にマチルダさんに訓練をつけてもらっていたんだろうとシスカはやけに軽いなと感じる剣を構えた。
67話
剣を構えたシスカは、自分と対峙しながら剣を構える仮面の男、エリックを見つめた。
自分と全く同じ仮面をつけた男。
俺が憧れていた道にいる男。
「ボクの方がジゼルのことが好きだ。ボクの方が彼女を幸せにできる」
エリックは、はっきりと一片の曇りもない声音で言い切った。
そうかもしれない。だとしても。
シスカは、地面を蹴って走り出した。
そうだとしても、俺はジゼルお嬢様とこれからも一緒にいたいんだ!
エリックはシスカが走ってくるのをただ待っていた。
シスカが剣をエリックの頭上めがけて振り上げるが、エリックはそれを余裕の表情を浮かべ剣で受け止める。
そしてエリックはそのまま剣を容赦なく振りぬき、次の攻撃を仕掛けた。
「危ない!」
ジゼルが叫び、マチルダは止めに入ろうと身構えたがシスカはそれを剣で防ぎ剣と剣がかちあった。
それからはもう、剣と剣のぶつかり合いだった。
シスカが劣勢に見えたこの戦いだったが、シスカは確かに力をつけていた為、エリックが意外にも余裕で勝利という自分のシナリオを達成できずにいた。
「何故だ、お前はここで執事をしていたはずだろう」
「ジゼルお嬢様が、誘拐されたことがあったんだ」
シスカは、エリックの剣を防ぎながら答えた。
「その時俺はマチルダさんに守られてばかりで何もできなかった。だから俺は、今度は自分で、自分1人の力でジゼルお嬢様を守れるようにマチルダさんに、エイズラさんに、病院でも稽古をつけてもらっていたんだ!」
シスカは話しながらでもしっかりエリックの剣をさばき、防ぎ、そしてエリックの顎ギリギリを振り抜いた。
「こいつ……」
エリックは数分戦って気づいた。
シスカはエリックの腹部や足や、腕を狙う事はしない。ずっと一貫して、シスカはエリックの仮面を狙い続けているのだ。
「どうしてこんな戦い方をするのかな」
シスカが最初にエリックの頭上を攻撃した時、咄嗟にエリックは顎を引き剣を構えた。
避けられたのに、剣で防いだのだ。
「ボクもあなたもきっと仮面が弱点なんだと思ったからですよ」
「はははっ、成る程」
エリックは乾いた笑いをもらし、今度はシスカの顔を串刺しにするような一撃を突き出した。
「もうやめて!」
ジゼルの叫びは2人の耳に届かない。
それほどお互いが集中した決闘だった。シスカはエリックの一撃をしゃがんで避けそのままエリックの足をはらった。
「うわっ」
上ばかり狙われていると思っていたエリックは咄嗟に足をはらわれバランスを崩した。
シスカはその隙を見逃さずエリックの仮面に剣先を向けるが、エリックは右に受け身をとって飛びのきそれを避けた。
シスカは足をはらった時、あることに気付いた。
エリックはそのまま踵を返したようにシスカに剣を振り上げたが、シスカはまたもそれを防ぎ、攻撃する。
長い攻防を繰り広げる中、エリックは気づいた。
シスカが、エリックの急所をわざと外して仮面のみを狙い続けていることを。
自分は刺したというのに、お前はボクに手加減をするのか。
エリックはシスカの攻撃を防ぎきれなかったフリをして横に避け、膝をついた。
その隙に地面でかかとをたたきブーツから仕込み刃物を出した。
シスカが剣を振り上げた時、エリックは剣を振らず足を振り上げた。
そのままシスカが剣を振りぬけばエリックの足を切り裂くことになる。
だがシスカはそれをしないとエリックは確信していた。
「お前は甘い」
そして刃物を出したブーツをシスカに向けたが、エリックの予想に反し、シスカはよけながらブーツの足の先に向けて剣の身を容赦なく叩きつけた。
「なっ」
エリックのブーツは非常に硬く、鍛えていなければ足をはらったシスカの足がどうにかなってしまいそうな程だった。
今もシスカの足はじんじん痛く、痛みを必死にこらえて戦っているのだ。
剣に吹っ飛ばされたエリックは受け身をとり立ち上がったが、シスカの方が一歩早かった。
エリックの仮面に向け、既に剣先は届いていたのだ。
パリンと仮面が割れて、エリックの仮面の下の顔が明らかになった。
「お、女――?」
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