第66話 退院したということは

彼女は相変わらず黒いベールをしていて、上品な紺色のワンピースを着ていた。

そして手にはお見舞いの品なのか、りんごの入ったバスケットが入っていた。


「1人……ですか」

「いいえ、マチルダと来たけれど、マチルダは看護師さんと話があるとか」

「そうですか」


「……」

「……」


どうしよう、何を話せばいいのかわからない。マチルダさんは多分なんとなくだけど俺に気を使ってくれたんだろう。でも、入院生活が長かったからか、好きだという気持ちを自覚したからか、言葉が上手く出てこない。


「とりあえず、そこの椅子にかけてください」

「えぇ」


ジゼルお嬢様は、俺の言う通りにベットの隣の椅子に腰かけた。


「どうして傷だらけなのかしら。刺されたと聞いたのだけれど」


「い、いえ……まあ、腕がなまったら嫌だったのでちょっと自分なりに訓練していたんです」


「入院していたのに、無理していたということ?あなた、本当にマチルダみたいね」


ジゼルお嬢様はバスケットからフルーツナイフを出してりんごの皮をむき始めた。


「は、はあ、あれから不審者はどうなりましたか」

「家にきていたけれど、ぱたりと来なくなったわ。あなたはあれからどうなの?」

「大丈夫ですよ、相手は俺のこと、死んだと思っているのかもしれません」

「何か怨まれるようなことをしたのかしら」


ジゼルは、りんごをむく手を止めた。


「しましたよ」


俺は、はっきりといった。


「俺は、その人とのけじめをつけに行きます」


ジゼルは、りんごをむくのを再開した。

するするとむけていくりんごを見て、シスカは目を見開いた。ゴミ箱にすべての皮をいれると、ジゼルはバスケットから皿を出してりんごを切り落としていった。


「そう」


綺麗に切られているりんごは、丁寧に皿にのせられた。

俺はそれを見て無意識に両手で口元を押さえた。ジゼルお嬢様は、皿を俺に差し出して、


「マチルダのドジをロゼッタがカバーしているの。さっさと帰ってきなさいよね」

それはやばい。


「はい」


俺は皿を受け取った。


「ジゼルお嬢様も食べますか」


「いらないわ」


ジゼルは、相変わらずツーンとした態度だった。

でも、前と違ってりんごの切り方が上達していた。シスカのお見舞いの為にマチルダにりんごの切り方を教わっていたのである。


「ありがとう、ございます」


それにいち早く気づいたシスカは、ジゼルに対する思いが溢れた。

りんごを食べながら、シスカは思った。絶対に決闘に勝とうと。自分は彼女が好きだ。その想いが一層強くなったのだった。


そんな2人をこっそりカーテンの向こう側で見ていたマチルダは、タイミングをはかったかのようにその後現れた。

3人で少し会話をして、りんごを食べて、その後マチルダとジゼルは帰っていった。


シスカがジゼルお嬢様を助けたことで始まった屋敷での生活。シスカは、今日彼女を助けよかったと、心の底から思えた。


「あの、シスカさん」


「はい?」


2人が帰った後、看護師さんから大きなクッキーが入ってそうなカンをもらった。


「これは?」


「先ほど面会にいらした方からです。自分たちが帰った後、渡してほしいと」


シスカは大きく目を見開いた。ジゼルお嬢様から贈り物があったということだろうか。シスカは、看護師さんが行ったあとドキドキしながらカンの蓋を開いた。

そこには、ジゼルお嬢様がシスカの入院中にマスクに書いていた手紙が入っていた。


そうだった。俺、入院中一切屋敷にも帰ってないからジゼルお嬢様の手紙読めていないんだ。

シスカは、1通1通手紙を手に取って読んでいった。


「……」


シスカが入院してしまったこと、心配していること、マスク様に会いにきてほしい、ロゼッタちゃんが大変そう。シスカが入院していた時の屋敷での出来事が手紙でよくわかった。


「ん?」


だが、何通か気になることが書いてある手紙もあった。


『不審者の男は、マスク様と同じ仮面を被っていた。わたし、彼に昔会ったことがある気がするの』


***


「ジゼル」


エリックは1人、部屋でベットに座っていた。

銃などが壁にずらりと飾ってあるエリックの部屋のコルクボードには、小さい頃のジゼルとエリックの写真が1枚、大事そうに飾ってあった。


とうとう退院した俺は、屋敷に戻ってきた。

久々に見る屋敷は、やけに大きく見えた。


「おかえりなさいであります!シスカ殿!」

「おかえりなさい!」


マチルダさんとロゼッタ君が笑顔で迎えてくれて、俺はやっと帰ってこれたことを実感して少し安心した。


「久々だね、ロゼッタちゃん、元気そうでなによりだよ」

「何事もありませんでしたよ!」

 

ニコニコしているロゼッタ君に、俺はこっそり耳打ちした。


「マチルダさんのドジは大丈夫だった?」

 ロゼッタ君は、ぴたりと動きを止め、笑顔のまま俺を見つめた。


「こういう人もいるんだなと割り切りました」


「う、うん。グッジョブだよ」


目が笑っていなかった。本当に苦労したんだろうな。

でも、俺が入院している間にロゼッタ君がいてくれて本当によかった。


「おかえりなさい」


廊下から、腕を組んでジゼルお嬢様が歩いてきた。


「ただいま戻りました」


「といっても昨日あったのだけれどね、今日はゆっくり休むといいわ」


ジゼルは腕を組んだまま相変わらずツンツンとした言い方だが、いっていることは優しかった。


「ありがとうございます、部屋で休ませてもらいます」


シスカは、一応笑顔でお礼をいったが、エリックとの約束を忘れたわけではなかった。

退院したら、エリックと対決する約束をしているんだ。


「二度と彼女に近づくことを許さない。そして、ボクが負けたらそれは同様でいい。まあ、ボクが負けることはないけど」


剣で決着。退院したタイミングでまた俺の前に現れるといっていた。

シスカは、マスクの仮面を見つめた。裏返すと、E.Kの文字。

エリック、キラー。彼の名前だ。

この仮面と出会わなければ、俺はどうなっていたのだろうか。

この屋敷にきていなければ俺は何をしていたのだろうか。

シスカは、あの時パーティで着ていた服に着替えた。


ピンポーン。

インターフォンが聞こえてきた。


それでも、俺はこの人生に後悔はしていない。

シスカは剣を手にした。彼に勝って、ジゼルお嬢様に告白するんだ。

そして、意志に満ち溢れた真剣な表情を仮面で隠し、また外からジゼルの部屋に行くことになった為に置いておいた靴を履き、シスカは自分の部屋の窓から外に出た。


「こんにちは」

久々に現れたエリックに、マチルダは困惑した。ジゼルもロゼッタも廊下に来ていて、あれから全然現れなかったエリックが突然来たことに驚いていた。

どうして急に?しかも、シスカが帰ってきたタイミングで。

エリックは、仮面の下でにっこり微笑んだままマチルダに告げた。


「仮面の男とけじめをつけにきたんです」


仮面の男。

そういえば―。マチルダは思い出した。

シスカはけじめをつける為にマチルダに屋敷に帰ってくれといったのだ。

そのけじめを、このエリックという男はつけにきたということだろうか。


「仮面の男?マスク様のこと?」


ジゼルは、眉をひそめて問いかけたがエリックは仮面の下に笑顔を忍ばせたまま、何も答えない。


「私との約束を果たしにきてくださったんですよね」


シスカは後ろから声をかけた。

エリックは振り返って憎々し気に仮面の下からマスクを見つめた。


「はい」


「どういうこと?」


マスクに久々に会えた喜びと、今の状況で感情がぐちゃぐちゃになったジゼルがエリックを見つめた。

ロゼッタもどういう状況かわかっておらず立ち尽くしているが、マチルダだけは同じ仮面の男と、けじめという言葉、そしてエリックがジゼルのことを好きな様子からジゼルとマスクを交互に見て「そういうこと?」という顔をしていた。


「約束したんですよ、決闘をして負けた方は二度とジゼルさんに近づかないって」


「何よその勝手な約束。嫌よ、マスク様とお話しできなくなるなんて」


ジゼルはエリックを睨みつけた。


「ジゼルさんはマスクさんが負けると思っているんですか?そんなことないですよね。それに、マスクさんも了承しているんですよ。負けたらあなたに二度と近づかないということでいいと」


エリックはわざと意地悪な言い方をしたが、不安そうなジゼルに、


「勝ちますよ、私もジゼルさんと一緒にいられなくなるのは嫌ですから」


マスクは安心させるように優しい声色で答えた。

ジゼルは、勝手にそんなことを決めて決闘してしまう2人に素直に憤りを覚えたが、マスクのその一言で思考が吹き飛んだ。

今までマスクからジゼルに対し、何か恋愛的なセリフをいうことは今までなかったからである。


「では、始めましょうか」


シスカは、いつもマチルダと訓練をしている時使っている剣を構えた。

あぁ、そうだ。

俺はきっとこの為にマチルダさんに訓練をつけてもらっていたんだろうとシスカはやけに軽いなと感じる剣を構えた。

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