第62話 月が綺麗な夜だった
「……」
「月の綺麗な夜だね」
シスカを刺した時の犯人だということは明らかだった。
「ボクは、エリック・キラー」
「エリック・キラー」
仮面に書かれていたイニシャル。
E・K。
シスカは、彼が仮面の持ち主だと確信した。
「落ちていた仮面をそのまま持ち帰って使い続けてしまって、本当に申し訳ございませんでした」
俺は、土下座をした。
腹が痛かったが、押さえるようなことをせず痛みを受けながら土下座した。自分は彼の仮面をそのまま使い続けていた。
彼にとってその仮面は非常に大切な仮面だったのだろう。勝手に仮面を使い続けていた俺を刺し殺そうとする程に。
「シスカ・スチュワート」
エリックは、つかつかと頭を下げているシスカの元へと歩いてきた。
「はい」
「君がやったことは泥棒だよ。わかるよね」
「はい」
エリックは、シスカを見下ろして囁いた。
「罪人には罰が必要なんだ。それはわかるよね」
「なんでもする、でもジゼルお嬢様や、屋敷の人たちには手を出さないでほしい」
エリックは、シスカの髪の毛をがしっと掴んだ。
「だめだよ、それはだめだよ。ボクが奪われたのは、仮面だけじゃないんだから」
「いっ」
シスカの髪を掴んでベットに突き飛ばした男は、感情を押し殺すように、今にも叫びだしそうなのを必死に押さえているように、長い息を吐いて、肩で息をしていた。
「仮面だけじゃ……ない?」
「ボクはね、昔からジゼルと結婚の約束をしていた、彼女の婚約者だったんだ」
ジゼルお嬢様の……婚約者?
シスカは、胸にぽっかり穴があいたような感覚に陥った。その言葉が聞き間違いであると耳を疑った程だった。
「それなのに、君って男は人の仮面を奪い、彼女の心まで奪い、図々しく隣に居続けている。本当に、本当に、本当に憎らしい。憎らしくて憎らしくて憎らしくて憎らしくてたまらなかった。さしてしまっても仕方ないよね。街で君を見かけた時、他の女と仲睦まじく歩いていて、本当にボクは腸が煮えくり返る思いだったんだんだから」
「婚約者……」
「ボクの話を聞いてるの?」
そこで、シスカは冷や水を浴びせかけられたようにハッとした。
待て、婚約者がいた?そんなことジゼルお嬢様から一度も聞いたことがないぞ。
そもそもジゼルお嬢様は、親に決められた婚約者に結婚させられそうになっていたじゃないか。どうしていまになって本物の婚約者が出てくるんだ。
「婚約者っていう証拠はあるんですか」
「証拠?」
「ジゼルお嬢様から、婚約者がいたってことは聞いたことがありませんでした」
シスカの言葉に、男は呆れたように大きなため息をついた。
「うるさいなあ、何か記憶に蓋をしているんだろう。でも、きっと思い出す。会った時確信したんだ。彼女は、きっとボクの元に戻ってくる」
男は、両手を広げて仮面の下でキラキラした目を輝かせていた。
「そこで、本題にうつろう」
「本題?」
男は、腕を組んでシスカのベットに座った。
「ボクと勝負をしてほしい。剣で決着をつけよう」
「勝負?」
「ジゼルをかけて勝負だ。ボクは彼女に出会って思ったんだ。ただ彼女を取り戻すだけではだめだと。彼女はニセモノの仮面男である君に首ったけなんだ。ムカつくことに、だからボクは、決闘をして、ちゃんと君から彼女を取り戻す」
「俺が負けたらどうなるんですか」
俺は、思わず聞いてしまった。
「二度と彼女に近づくことを許さない。そして、ボクが負けたらそれは同様でいい。まあ、ボクが負けることはないけど」
二度と、ジゼルお嬢様に近づけない。シスカは、その事実だけで胸に泥を飲み込んだような不快感が溜まった。嫌な汗が止まらない。
「ボクは、君が通っていたマーベラス学園に入学して一番の成績を収めている。君の噂も聞いたよ。貧乏だったけどとんでもない努力家だったって。頑張ってきたことが、お金持ちのジゼルに好かれて報われたとでも思ったか?玉の輿に乗れてラッキーだと思ったか?」
「違う!」
彼は、俺が通っていたマーベラス学園に通っているんだ。
そして、首席で、見るからに上等な服だから、きっとお金持ちで、そして彼はきっと、卒業して人の上に立つような男になるのだろう。俺が憧れてきた、ずっと憧れてきたものに、なるのだろう。
嘘つきの俺とは大違いで、地位もお金もあって、そしてこれからジゼルお嬢様と結婚しようとしている。
「俺は、ジゼルお嬢様のことが……」
金目当てなんかじゃない。それだけは否定したい。
ジゼルお嬢様は、不器用で毒舌で冷たいように見えて、本当は優しくて寂しがり屋で真っすぐな人なんだ。
「剣で突き刺したのも、急所を外してあげたんだ。負けたって言い訳しないでよね」
男はすっと立ち上がった。
仮面を人差し指で軽く押さえて、颯爽と歩き出した。
「退院して屋敷に戻ったタイミングでまた君の前に現れる。その時が決闘の日にしよう」
シスカに背を向けた男はそのまま病室を後にしたのだった。
「俺はジゼルお嬢様のことが……」
シスカは自分のいったことを頭の中で繰り返した。そうか俺はもう決まっていたんだ。
ジゼルの婚約者だって聞いた時のあの気持ち。
あの不快感、自分が差された時より胸が痛かった。
「好きだ」
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