第61話 カーテンの向こうから現れた不審者

「お前は危険だ」


エイズラはそういってエリックを睨みつけた。


「君にも大切な人がいるだろう、ボクだって君と一緒なんだ」


「どういう意味だ」


「やめて!」


ジゼルが叫んで2人の間に入り、2人の動きは止まった。


「レズリ―、心配してきてくれてありがとう。あなた、もう帰って頂戴」


ジゼルは早口でそういってきっとエリックを睨みつけた。

エリックの瞳に微かな悲しみの色が浮かんだ。

「わかりました、帰ります」


エリックは、ジゼルの横を通り過ぎると素早くレズリ―の前に立ったエイズラを横切り、大人しく玄関の方へと向かった。


「ジゼル」

「え?」


だが、くるりと振り返ると自信ありげな表情で胸に手を当てた。


「王子様は、ボクだよ」


『僕が王子様になってあげるよ』


「え?」


エリックは、そのまま去っていった。

ジゼルは立ち尽くしていた。今、記憶の扉を…叩かれたような。頭を押さえながらジゼルは俯いた。


「なんなの、あの人は」


「ジゼルお嬢様…」


ロゼッタが頭を押さえているジゼルに駆け寄った。


「ジゼルにもわからないんですの?」


「えぇ、初めての…はずなんだけれど」


「はず?過去に会ったことがあるんですの?」


レズリ―が首を傾けながらジゼルを見つめた。

だが、ジゼルは手にじっとりと汗をにじませながら頭を押さえて答えることはできなかった。


***


「シスカ殿、どうやらお屋敷に不審者が現れたそうであります」


「え!?」


病室に神妙な面持ちで帰ってきたマチルダの話を聞いて、シスカは痛みを忘れて飛び起きた。自分を刺した相手がまさかジゼルお嬢様の元に向かったのではなかろうかと。


「だ、ジゼルお嬢様は!?ロゼッタちゃんは!?」


「大丈夫だったみたいでありますが、心配でありますね」


マチルダは、心配そうに顔をしかめた。


「なんだか相手は仮面を被っていたそうであります」


「仮面を?」


「結婚式場でジゼルお嬢様を助けたマスク様のマスクと同じ仮面を被っていたようでありますよ。特に危害が加えられたわけでなかったみたいでありますが、ジゼルお嬢様に求婚をして帰ったみたいであります」


「求婚!?」


「はい、でもジゼルお嬢様にはシスカ殿がいらっしゃるでありますから、断ったようでありますよ」


シスカの胸はドクンと跳ねた。仮面、マスク……それには心当たりがあった。

求婚というのは、元の持ち主がジゼルお嬢様に求婚をしたということなのだろうか。


「シスカ殿はずっと私と一緒にいたであります。どうしてそんなことが起きているんでしょうか」


顎に手をあてて考えるマチルダに対し、シスカは胸の中に渦巻いている秘密をマチルダにすべて打ち明けたくなった。


「もしかしたら、それ俺のせいかもしれません」


「シスカ殿のせいなわけないでありますよ」


マチルダは優しく声をかけシスカに笑顔を向けたが、シスカは浮かない顔のままだった。


「何か心当たりがあるのでありますか?」


マチルダの問いかけにシスカは、俯いた。ジゼルお嬢様を救った仮面男は、マスクは俺だ。でも俺は、落ちていた仮面を届けることなくそのまま使って、それで、マスク様なんていってもらってきたんだ。

俺が刺された時、言われた言葉。


「返してもらうぞ」


これは間違いなく仮面のことだろう。

このことを、マチルダさんに打ち明けて自分のせいでジゼルお嬢様とロゼッタちゃんの元に不審者が現れたと伝えたら、マチルダさんはなんていうだろうか。

俺は、言おうか迷ったが、


「大丈夫です、なんでもありません」


やめた。

マチルダさんは、きっと俺を罵倒しない。それどころか、ジゼルお嬢様を助けてくれてありがとう、だなんて言われてしまったら俺は少しでも安心してしまう。

それじゃ駄目だ、俺はちゃんとけじめをつけないと。


「マチルダさん、お願いがあるんです」


「はい?」


「屋敷に戻って、2人を守ってあげてください、俺は大丈夫ですので」


シスカは、真剣な表情でマチルダを見つめた。


「でも、また何者かに襲われたらシスカ殿は」


「大丈夫ですよ、俺丈夫ですし、それにここ病院ですよ」


笑顔で答えたシスカはもう一度、念を押すようにじっとマチルダの目を見つめた。


「お願いします。そうじゃないと安心して夜も寝られませんよ。ジゼルお嬢様には俺が帰るようにいったと伝えてください」


「・・・」


「それと、図々しいかもしれませんがもう1つお願いが」


心配げなマチルダだったが、何度か念を押すと渋々帰っていった。

シスカは、マチルダが病室から出たのを確認して大きく息を吐いた。仮面を返したら、もうマスクとしてジゼルお嬢様の前に現れることはできない。

他の仮面に変えたと言おうか。いや、それはずるいよな。

元々持ち主がいたわけで、期限付きの王子様のようなものだったのだ。


早く仮面を持ち主に帰さないと。そしてシスカはマチルダのいっていた仮面の男がジゼルに求婚したという事実も気になっていた。

ジゼルお嬢様に、求婚。俺はそんなことはできない。嘘つきだから。


あまり夕食も喉を通らず、シスカは悶々とした気持ちで夜を過ごしていた。

眠れない。マチルダには、ああいったが、仮面の事、ジゼルお嬢様のこと、色々考えだしたら眠れなかった。

そんなシスカの病室がおもむろにあいて、極めて静かに誰かが入ってきた。


「誰ですか」


自分を刺した不審者。仮面の持ち主だろうか、ジゼルお嬢様に求婚した相手だろうか、それとも両方なのか。ナースコールを押すという選択肢はなかった。

シスカは、なんとなく仮面を返してもらいにきたのではないかと思っていたからだ。


「こんばんわ」


中性的な低い声だった。

その相手は、カーテンの陰から現れた。シスカは相手の顔を見て大きく目を見開いた。

その相手は、シスカの持っていた仮面と全く同じ仮面をつけていたからだ。

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