第54話 アーサーのメイド、ルーシー

1人、取り残されたルーシーは赤くなった頬を押さえて俯いていた。


「大丈夫でありますか?」


マチルダがしゃがんでルーシーの顔を覗き込むと、ルーシーはにこっと笑った。


「平気平気!これくらい!いつものことよ」


その痛々しい程に引きつった笑いを見て、シスカもマチルダも心の痛めた。


「うちで少し冷やしていけばいいのではありませんか?」


シスカがそういうと、ルーシーは困ったように微笑んで俯いた。


「でも・・・」

「大丈夫でありますよ。それに、私は最初のビンタの時庇ってあげられなかったでありますから」


ルーシーは初対面でそんなことをいうマチルダを見てきょとんとした。


「ヴァヒネおばさんは私も大嫌いであります。アーサー坊ちゃんが止めていなかったらぶち殺しているところでありますよ」


「マ、マチルダさん・・・」


笑顔で恐ろしいことをいうマチルダを見て、シスカはぎょっとしたが、


「フッ」


ルーシーは膝をたてて立ち上がると、血をぺっと吐き出した。


「どーかんよ!」


そしてルーシーはマチルダに招かれ、屋敷の中にやってきた。

赤いふわりとしたボブの髪に、翡翠色の瞳。白と黒のオーソドックスなメイド服に身を包んでいるルーシーは、いそいそとメイドキャップをつけて現れたロゼッタについても笑顔だった。


基本的に客がこないこの屋敷に、レズリ―以外でほぼ初めてやってきたお客さんが、アーサーとルーシーだった。


「こんにちは!」


怯えていたロゼッタだったが、ルーシーのその屈託のない笑顔に少しだけ緊張感を解いた。


「こ、こんにちは・・・」

「とってもかわいいメイドがいるのね。あたしルーシー、よろしくね」

「!あ、ワタシは、ロゼッタです」


ルーシーは思ったことをすぐに言ってしまう性格だった。故にヴァヒネにあんな風に毛嫌いされていたのだが・・・。

シスカは、ルーシーのビンタされた頬を冷やすタオルを持ってこようと廊下を歩いていた。


「ヴァヒネおば様がきていたみたいね」


ジゼルはおずおずと部屋から出てきた。その表情は顔が真っ青で、シスカは久しぶりにジゼルが黒いべールをつけているのを見た。

一度玄関まで来て、黒いベールをつけにいったのだろうか。


「もう、お帰りになられましたよ。今はアーサー君のメイドさんが客間にいらしています」


シスカは、ジゼルを安心させるように微笑んだ。


「アーサーのメイドが?アーサーは?」


ジゼルは珍しい来客に目を見開いて驚いていた。


「アーサー君は、馬車に乗っていってしまいました」

「そう・・・」


ジゼルは、心からほっとしたように息を吐いた。

あのヴァヒネって人は、ジゼルにも何か酷いことをいったんじゃないだろうか、シスカはそう考えたら先ほどより心に燃えるような怒りがふつふつと湧いてきた。


ジゼルは、部屋から出てきてシスカに背を向けて歩き出した。


「挨拶してくるわ」


ジゼルは、この屋敷の主として堂々と、客間に向かっていった。その背中を、シスカは少しばかり見つめていたが、すぐにタオルを取りに歩き出した。

ルーシーは客間に案内され、ソファに座っていた。

そこに、きいと扉が開いてジゼルが入ってきた。


「あなたがアーサーのメイドかしら?」

ジゼルはソファで座っているルーシーを見た。


「は、はい!アーサー・エヴァ―ルイスの専属メイド。ルーシーです」


ルーシーはそういって頭を下げた。


「そう、随分若いのね。わたしと同い年か、少し年下くらい」


ジゼルは少し目を見開いた。

そして、少し息を吐いて心配そうにルーシーを見た。


「頬、大丈夫かしら」

「あ、これですか?全然平気です」


ルーシーは笑顔で頬を押さえた。


「ジゼルお嬢様はお優しい方なんですね」


ルーシーはそういってにこっと微笑んだ。

いい子でありますな。マチルダはルーシーを見て少し安心した。


「わたしがこうしていられるのも、アーサーが資金援助をしてくれているからだわ。アーサーに会って直接お礼を言いたかったのだけれどね」


「いいえ、ジゼルお嬢様もエヴァ―ルイス家のお嬢様なのですし、なんなら血は繋がっていないかもですけど従姉じゃないですか。そもそも資金援助をするのはエヴァ―ルイス家の当主様とおばさんですよ、すぐに斬り捨てるような真似をしたのは許せません」


ルーシーは首を振ってメイドとは思えない程達者に資金援助の理由を話始めた。


「それは、アーサーがいっていたの?」

「いいえ、あたしがそう思っただけです」


「・・・・・・・」


ルーシーは、それにもけろっとして首を振った。


「失礼します」


シスカが部屋に入った時は、客間の雰囲気は軽かった。水で濡らしたタオルをルーシーに差し出すと、


「ありがとうございます」


ルーシーはにこっと微笑んで受け取り、赤くなった頬にあてがった。


「アーサー様は、結婚式で現れた仮面の男がカッコよかったからだといっていました。彼がジゼルお嬢様を助けたから、アーサー様もジゼルお嬢様に資金援助したんだと思います」


ルーシーはそういってシスカを見つめた。

部屋に入ってきて早々この話題!?シスカはやばいという顔で固まった。落ち着け、落ち着け俺。

ルーシーの目は、ね?そうでしょ?仮面の男さん。といっているようで、シスカは生きた心地がしなかった。汗がだらだら流れる。

そもそもアーサー君は今日、俺に会いに来たっていっていたっけ。ルーシーさんにアーサー君が言ったのか。俺がマスクだってこと。

そしてこの状況、大変まずいぞ。ルーシーさんがぽろっといったら俺がマスクだとバレる!

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