第55話 人形から人間へ

「そ、それは・・・」

「そう・・・マスク様をアーサーも見て、なのね」


ジゼルは少し顔を赤らめて俯いた。

ルーシーは「ん?」という顔でシスカとジゼルを交互に見た。


「あの・・・」


「と、ところで、ルーシーさん!」


マチルダは、話題をわざとそらそうと手を叩いた。

シスカはどんな話題でその話題をそらそうかと考えていたところだったので大変助かった。

マチルダさん、ありがとうございます!!シスカが目でそういうと、マチルダは小さく頷いた。


「はい?」


「・・・お2人でジゼルお嬢様のお屋敷に来ることは、お屋敷の人に知らせてきたのでありますか」


「いいえ、レズリ―お嬢様の屋敷から隠れて抜け出してきたの」


「ええ!?」


ルーシーは、腕を組んでぷいっとそっぽを向いた。


「それ、大丈夫なんでありますか」

「平気よ。毎回やって怒られるのはあたしだから」


ルーシーはそういって自分を指さし、あっけらかんに笑った。


「ヴァヒネさんはいつもルーシーさんにあぁなんでありますか」

「そうね、クビにされないのはアーサー様があたしを辞めさせないようにしてくれているからってだけなんだけどね・・・」


ルーシーはそういって俯いた。


「でも、あたしは正しいことをいっていると思っているから、負けないわ」


彼女の目は生きていた。ヴァヒネに酷いことを言われても、叩かれても、ルーシーの心は折れなかった。


「どうしてルーシーさんはそこまで・・・」


ルーシーは、にこっと微笑んだ。


「あたし、5人姉弟の長女なのよ。お父さんとお母さんが死んでから、家が貧乏すぎてあたしが弟たちの為に出稼ぎに出たの」


「でも、エヴァ―ルイス家って、基本的に使用人としての教養がないと就職できないでありますよね・・・確か」


ロゼッタは、えっという顔でマチルダを見た。


「そうね、だから提出する書類にでたらめを書いて出したわ」


マチルダと、シスカは顔を見合わせた。

ジゼルは、目をきょとんと丸くしていた。


「そしたら運よく受かったのよ」


「なんか、凄い子ね」


ジゼルの感想はもっともだった。


「そこでアーサー坊ちゃんに出会ったの」


***


ルーシーは、自分に弟たちがいるからアーサーを見て接し方もわかっているはずだった。

だが、アーサーは全く普段喋らず、無表情でおよそ子供らしくなかったのだ。

ルーシーの弟たちは毎日ぎゃーぎゃーおねえちゃんお腹すいた。おねえちゃんおねえちゃんと騒がしかったが、次男と同い年に思えないくらい、アーサーは静かで、瞳も暗かった。


「なによ、この子。生きているのに、死んでるみたいじゃない」


ルーシーは、アーサーを見て、アーサーと出会って軽く衝撃を受けた。

なんでも残さず食べるし、ずっと部屋にこもって勉強しているし、神童って言われているアーサーを見て、ルーシーはなんだか違和感を抱いた。

なんか、おかしいわ。


普通あのくらいの子供って、もっと感情豊かで笑ったりするものじゃないの?


「ルーシーさん!これあっちもっていって!」

「あ、はーい!」


それからルーシーはアーサーが気になって、よくアーサーのことを見るようになった。

たまたま廊下でアーサーにすれ違ったルーシーは、


「あ!アーサー坊ちゃま」


とうとう声をかけた。

アーサーは何も言わず開いているだけの瞳でルーシーを見つめた。


「あ、あたしルーシーです。新人メイドの」


アーサーはこくりと頷いた。


「アーサー坊ちゃまは、最近何か楽しいこととか、ございましたか・・・?」


どうしてこんなことを聞いたのか、ルーシーはわからなかった。

ただ、空洞のような瞳で無表情に自分を見つめる弟くらいの年齢のアーサーのことがどうしても放っておけなかったのだ。


「ない、ずっとない」


アーサーは俯いてぽつりと答えた。ルーシーはアーサーを見て泣きそうになった。

こんなに、まだ幼いのに。人形みたいで、こんなの、こんなのって。

ルーシーは、しゃがんでアーサーに微笑んだ。


「今度、あたしとお出かけしましょう」

「無理だ」


アーサーは即答した。


「大丈夫、あたし木登り得意だし。勉強中にお部屋に迎えに行きますから!」


ルーシーはそれから隙を見て2階の窓からアーサーの部屋によじ登り、アーサーを連れ出した。勉強時間中は、しばらくアーサーが1人なのを知っていたからだ。

アーサーを外に連れ出したルーシーは、短い時間でアーサーとできるだけ沢山話をした。

最初は薄い反応だったが、何度も話すうちに反応が返ってくるようになった。


「お前は、他の使用人とは違うんだ。僕を一人の人間として見てくれている」


アーサーはそういってルーシーの手を握った。


「当たり前ですよ!アーサー様も、1人の人間なんだから!」

「・・・あぁ」


アーサーは、家からこんな風に出られるとは思っていなかった。

屋敷から出ることを想像することもなかったし、出たいとも思わなかった。

ただ、自分はエヴァ―ルイス家の次期当主として屋敷の中でずっと、言われたことをこなしていけばいいと思っていた。そういう風に小さいときから教養を受けていた。

自分のしたいことも、夢も、何かを欲する気持ちも、抱くことはなかった。


「人間は自由なんですよ。あたしが、またいつでも連れ出してあげますから」


だが、それがメイド長にバレてルーシーはクビ寸前まで追い込まれた。

それを、アーサーは自分の意志で止めた。

もう外に絶対に出ないからと。


ルーシーは、アーサーの予想を、あきらめを、考えを、初めて変えた。

あぁ、そうか。僕は外に出ていいんだと。僕は自分の思ったことを、主張してもいいんだと。

それは、アーサーにとってすごく大きなことだった。


***


「あたしがアーサー様の専属メイドになったのを快く思わない人もいるけど、あたしはアーサー様を心から大切に思ってる」


ルーシーは、シスカを見た。


「アーサー様は、誰かを欲しいと思ったり誰かのことを自分から好きになったりすること、なかったの」


シスカは、大きく目を見開いた。


「だから・・・」


「わかってますよ」


シスカは笑顔で頷いた。


「友達になってほしい」


アーサーの言葉を思い出しながら、シスカは目を閉じた。

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