第53話 ヴァヒネ襲来

ロゼッタは出ようと思ったが、足が止まった。

自分はダークエルフだ、出て行ってジゼルお嬢様のお客様にダークエルフがメイドをやっているなんて知られたらよく思われないかもしれない。

ジゼルお嬢様は、レズリ―お嬢様やこのお屋敷の人意外の前ではベールをつけてるけれど、ボクは今そういうものをつけていない。


「私が出るであります」


マチルダは、戸惑うロゼッタの肩を掴んだ。


「あ、マ、マチルダさん」


「はい!」


マチルダが扉を開けると、金髪に赤い瞳のロゼッタより年下の少年と、ロゼッタと同い年くらいのメイドの女の子が立っていた。


「マチルダか」


アーサーは、無表情のままそう呟いた。マチルダは大きく目を見開いた。

隣にいた赤いボブの少女は、知り合い?という顔でアーサーとマチルダを交互に見た。


「アーサー坊ちゃんでありますね」


マチルダは、式場でジゼルの父親を殺した時に出会った少年のことを思い出していた。


***

「子供は早く逃げるでありますよ」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


だが、その少年は首を振った。


「僕がジゼルに資金援助をする」


短くいった少年は、眉をひそめるマチルダに胸ポケットからバッジを取り出した。

それは、間違いなくエヴァ―ルイス家の家紋だった。


「僕はアーサー・エヴァ―ルイス。正家エヴァ―ルイス家の次期当主にして、庭でのびてた執事の仕えているレズリ―・エヴァ―ルイスの弟。今日は実に面白いものを見せてもらった」


アーサーは、無表情のままそう言った。


「資金は援助する。その代わり、あの男にまた会いたい。今度会いに行く。それじゃ」

***


どうしてここに?

しかも誰もつけずにメイドと2人で?どういうことだろうか。

このメイド、全くそういう気配がないが、相当な手練れなのでありますか。マチルダは、どうみてもただの少女のメイドをじっと見つめた。

ルーシーは、困ったように笑っている。

どうしてこの人、私のことじっと見てくるのかなあ・・・何か変なところあったかな。


「前にいった通り、仮面の男に会いに来た」

「仮面の男・・・?」


どう考えてもシスカしか浮かばなかったマチルダは、エヴァ―ルイス家の結婚式をめちゃくちゃにした仮面の男であるシスカの正体を知っていて、そのシスカを探してきたのかと焦った。


「資金援助をしてくださったことには大変感謝しているでありますが、生憎仮面の男なんてものはこの屋敷にはいないであります」

「嘘をつくな、いることはわかっている」


アーサーは、ぴしゃりといって扉を見つめた。


「シスカ・スチュワートだろう」

「・・・どうして彼にそんなに会いたいのでありますか」


ルーシーはその理由を初めて聞いた時驚いた。

全くいつも無表情で、何を考えているのかわからないアーサー様が、エヴァ―ルイス家の跡取りとなるための勉強ばかりで、何に対しても興味がないようなアーサー様が、どうしてシスカという男にはそんなの執着を見せるのだろうかということを。

アーサーは、まっすぐマチルダを見つめた。


「それは――」


アーサーがそう言いかけた時、扉が開いた。


「マチルダさん、お客様は」


シスカは、マチルダの前に立っている少年を見つめて目を見開いた。

少年は確かに見覚えがあった。結婚式で出会った少年だ。


「あ、君は」


「シスカ、今日はお前に会いに来た」


アーサーは、そういって一歩前に出た。

随分大人びた口調だなとシスカは少年と隣にいるメイドのルーシーを交互に見た。


「はい?」

「僕と、友達になってくれ」


アーサーは顔を赤くし、無表情のままシスカに手を差し出した。

シスカは、子供と接するようにしゃがんで微笑んだ。


「いいよ!結婚式以来だね、会えてうれしいよ」

「!あぁ、僕も」


「アーサー!!!」


背後でつんざくような金切り声がして、その場にいた全員の肩がびくりとはねた。

現れたのは、レズリ―とアーサーの母親であり、エヴァ―ルイス家の現当主の妻、ヴァヒネだった。相変わらず濃い化粧と派手な化粧で着飾っている。


「どうしてこんなところにいるの?心配したのよ?だめでしょう、勝手に屋敷を抜け出したら。エヴァ―ルイス家の親族でこれから話し合いがあるのよ、早く行きましょう」


ヴァヒネは、アーサーの手を掴んだ。そして、キッとルーシーを睨みつけると、あいた手で思いきりルーシーの頬をビンタした。

ルーシーはあまりに力強くビンタされたのでよろけて地面に膝をついた。


「田舎者のきちんと教育を受けていないメイドはだめね。エイズラはまだ優秀で許せたけれど、あんたみたいなのがうちの大事なアーサーを連れ出すからいけないのよ」


ルーシーは、頬を押さえてキッとヴァヒネを睨みつけた。


「何よその目。また殴られたいわけ?あなた、前にアーサーのことを私が本当に考えていないとか、アーサーをもっと自由にさせてあげてとか、知ったような口を叩いていたけれど、結局は家が貧乏だからまだ子供なアーサーに取り入ろうって手でしょう?母親が娼婦だった娘は」


「・・・そこまで調べているんですね。そんなお暇があるならアーサー様を閉じ込めておくのではなく、どこか旅行にでも連れて行って差し上げたらいかがでしょうか」


「口の減らないガキね。アーサーがあんたに懐いてなければあんたなんて」


マチルダとシスカが止めようとしたが、また手を振り上げたヴァヒネの手をアーサーが自分の力の限り握りしめた。


「やめて」


低く、冷たい声だった。

こんな少年から出されたとは思えないほどの。


「かえる」


アーサーは短くそういって、シスカを振り返った。


「・・・あ」


シスカは何かを言おうとしたけれど、何て声をかけたらいいのか。今の激しい出来事に、頭がついていかなかった。

ただシスカができることは―。


「アーサー君」


「!」


アーサーはくるりと振り返った。


「また屋敷に来てよ。あれから折角また会えたんだからさ」


シスカの言葉に、アーサーは大きく目を見開いた。

結婚式でアーサーが仮面をつけて走っていったのを見た時のように。


「何をいっているんですの?そこの使用人は」


ヴァヒネは、腰に手を当てて首を傾けた。

心底見下した目でシスカを見たヴァヒネは、


「この子は、エヴァ―ルイス家の正家の長男。アーサー・エヴァ―ルイスよ。あなたのような使用人と関わり合いになんてなるわけないでしょ」


フンと鼻で笑ったヴァヒネを、アーサーは静かに睨みつけた。

エヴァ―ルイス家の長男?ってことは、レズリ―お嬢様の弟なのか。シスカはなんとなくレズリ―に似ていると思った理由が分かった気がした。

使用人と関わり合いになるわけないでしょというのはわかるけれど、シスカはルーシーを問答無用でビンタしたヴァヒネのことを全くよく思っていなかった。

アーサーはくるりとシスカを振り返ると寂しそうな顔で、


「ごめん、さようなら」


そういって豪華な馬車へと戻っていった。

シスカは、その時のアーサーの表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。

その時の表情は、


『ごめんなさい・・・』


ジゼルがエルフだとバレた時、馬車に向かって駆けて行ったときの表情と似ていたからである。

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