第19話 お嬢様の瞳に映る月
目が覚めると、深夜だった。
そしてどうやら自分が寝ているのはお嬢様の部屋の床の上らしい。
背中が非常に痛い、俺はあの後・・・ずきんと頭に電が走ったような衝撃が走った。ドウテイ、ボッキ、アサダチ、エスエムプレイ・・・えっと。それからなんだっけ。
「起きたか」
どこかから声がしてシスカは辺りをきょろきょろ見回した。
嫌な気配がして隣を見ると、ベットの下に沢山のピンクの本と一緒に寝ている男がいた。はたから見たら完全に変態であるその男は至極真面目な表情でこちらを見つめていた。
「何をしているんです、エイズラさん」
「見てわからないのか、寝ているんだ」
「何故レズリ―お嬢様のベットの下で?いかがわしいとよばれる本に囲まれながらですか?気持ちが悪いといわれても仕方がないですよ」
ぼそぼそと会話しているシスカとエイズラだったが、エイズラはぐっと大きな声を出すのをこらえた。そして性犯罪者に向けるような目でシスカを見た。
「男のくせに性に興味のないフリをしているお前のほうがよっぽど気持ち悪い。しかも本気でよくわかっていないような顔をしてレズリ―お嬢様の話を聞いていて心底やばい奴だと思った。そしていたいけなお嬢様に卑猥な言葉を言わせ、聞きだし、悦に浸っていたんだろう。僕はお前という人間を心底軽蔑しているし、今後一切お前と同じ部屋の空気も吸いたくないと感じている」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか!フリなんてしてませんし!」
心外ですよとぼそりといったシスカははっとして起き上がった。今の声は少し大きかった気がする。レズリ―が起きてしまったかと心配になったからだ。
だが、レズリ―はぬいぐるみを抱いてすやすやと寝ている。
よかったと胸をなでおろしたのもつかの間だった。
「おい、今お嬢様の寝顔を見たな」
ベットから這い出してきたのは妖怪のように髪を振り乱したエイズラだった。
「ひっ」
「明日貴様は目覚めることがないだろう、永遠にな・・・なぜならこれから貴様の息の根を僕が止めるからだ」
そういってエイズラはシスカの胸元に拳銃を突き付けて安全装置を外した。
「ちょっ・・・やめてください!!こんなところで!レズリ―お嬢様が起きてしまうでしょう!」
シスカは無駄だとわかっていても背伸びをして両手を万歳した。
「うるさい死ね!そして現世に二度と戻ってくるなモンスター童貞野郎が!」
「んっ・・・」
微かにレズリ―の声がしてシスカとエイズラは動きを止めた。
起こしてしまっただろうか、シスカとエイズラはゆっくりとレズリ―の方を向いた。
だが、先ほどと同様すやすやと寝息をたてているようだ。
よかった、そう思ったシスカだったが、
「ジゼル・・・」
その言葉に大きく目を見開いた。
レズリ―の口から確かにジゼルお嬢様という言葉が出たのである。
ゆっくりと振り返ると、レズリ―は黒いうさぎのぬいぐるみを力いっぱい抱き寄せ涙を流していた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい、ジゼル・・・ごめんなさい」
レズリ―のその姿を見てシスカは隣にいたエイズラを見た。エイズラは、悲痛に顔を歪めていた。
「ぐすっ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
エイズラは音もたてずレズリ―の側に歩いていき、レズリ―の頭を優しく撫でた。
その時のエイズラの表情は、いつもシスカに見せる鬼や殺人鬼や地獄の門番のような表情とは全く違い、愛するわが子に見せる天使の羽がはえた母親のような表情だった。
「大丈夫ですよ、お嬢様・・・大丈夫ですよ」
エイズラがそういうと、レズリ―は少し安心したようにまた眠りについた。
「レズリ―お嬢様、どうしたんでしょう。今、ジゼルお嬢様って・・・」
シスカが心配そうに近づくと、エイズラはレズリ―を見たまま答えた。
「昔色々あったのだ、貴様には微塵も関係ない話だがな」
エイズラは突き放すように答えた。シスカは、2人に何があったのか気になったが今は聞かないことにした。あんなの明るいレズリ―がこんな風に涙を流して小さく丸くなって、シスカはレズリ―も年相応の少女なのだと改めて実感した。
そして同時に、隙をみて明日はここから逃げ出そうと決心したのだった。
***
だがそう上手くはいかないらしい。
シスカは、外に出ることは愚か、会話でさえこのお屋敷の使用人と以外することはできなかった。
次の日、レズリ―は昨日泣いていたのが嘘のようには明るかった。
「シスカ、男の子っていうものは女の子のおっぱいを揉みたいものなのよ」
「何故そんなことを思うんですか」
「どうしてなのエイズラ」
レズリ―は、困った時は「どうしてなのエイズラ!」を使う。エイズラは基本的にはレズリ―の部屋にいてうっとおしいくらいレズリ―とシスカの間に入ろうとしたり、シスカにさりげなく毒をはいてちくちく攻撃をしかけきていた。
「そういうように男はできているからです」
「じゃあ、シスカは男の子じゃないんですの?」
レズリ―はシスカの局部とシスカを交互に見た。
「男の子です!」
トイレに行くといっても、レズリ―の部屋にあるトイレに行くだけであり、それ以外は機会をいくらうかがっても、この屋敷から外に出ることはできないシスカだったが、驚くように悪いようにはされなかった。その代わりずっとエイズラにいじめられながらレズリ―に性知識を植え付けられ続け、気づけば4日の時が経っていた。
だが4日目の夜。
それは唐突だった。
深夜、シスカは物音がしてふと目を覚ました。
相変わらずレズリ―の部屋の床で寝ているシスカだったが、これも2日で悲しいことに慣れてしまった。
目をこすりながらゆっくり起き上がると、レズリ―もまたベットから起き上がって窓の外から大きな月を見上げていた。
「レズリ―お嬢様・・・?」
月明かりが照らす時計は、深夜3時をさしていた。
エイズラさんは今頃は寝ているだろうか。確認できないのが残念だった。
「ねえ、シスカ」
レズリ―は月を見上げたまま、シスカの方を見ずに呟いた。それは起きているのか寝ているのかわからない、微かな声だった。
「は・・・はい」
「ジゼルは元気ですの?」
顔が見えないからどんな表情でいっているのかわからなかったが、それはあの日、ベットでジゼルの名を呼びながらごめんなさいという言葉を繰り返し泣いていたレズリ―の面影を感じさせた。
「・・・はい」
「そう」
レズリ―は、息を吐くようにただ2言返事をした。
「ジゼルは、ワタクシのこと何かいっていなかった?」
ゆっくり、何かを探るような問いかけにシスカはどう答えようか模索したが、結局は、
「なにも」
それしか答えることはできなかった。
「そう・・・」
レズリ―は何かを聞き出したいのだろうか、シスカは寂しそうなレズリ―の背中を見つめた。今レズリ―はどんな表情をしているのだろう。
「レズリ―お嬢様」
「・・・ん?」
「ジゼルお嬢様と何かあったんですか。僕をここに連れてきたのも何かジゼルお嬢様に関係していることなのでしょうか」
思わず聞いてしまった。それはきっと聞いてはいけないことであり、聞くとしても今ではなかっただろうと思うのだが、シスカの口からおよそ自然に、心配そうな表情と共にレズリ―に投げかけられた。
レズリ―は大きく目を見開き月をその瞳いっぱいに捉えたが、レズリ―は月を見ているわけではなかった。
ずっとそうだった。レズリ―が月を見上げている時、それをエイズラも何回か目撃していた。
だが、レズリ―が見ているものは。
「・・・」
ジゼルとの思い出であり、それは悲しくとも哀らしい2人の過去の記憶であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます