第18話 下ネタウォーズ

ライムは、地下室で囚われているジョセフィーヌに肉を運んでいた。


元々ここに連れてこられた使用人たちは恐ろしいドラゴン、ジョセフィーヌの世話をエイズラに脅され、いじめられながらやるというのが常だった。エイズラもそう思っていたのである。

地下室にある部屋の奥には、連れてこられた使用人が生活できるスペースがあり、キッチンの奥には大きな冷凍室が存在している。冷凍室の奥には何の肉だかわからない肉が干してあり、そこから適当な肉を持ってきて牢屋の中に投げ込むと、ジョセフィーヌが食べる仕組みとなっている。


シスカの囚われていた地下室の前はシャッターがあり、そのシャッターの向こうに牢屋に入ったジョセフィーヌがとらえられている。つまり、使用人の部屋のすぐ正面にジョセフィーヌがいることになる。

それはかなりの威圧であり、人間にとっては恐怖とストレスである。しかもこの地下室からは出してもらえない。それはシスカの兄でなくても逃げ出すだろう。

逃げ出す手伝いをしているのは当然エイズラであるが。


「ほら、来たぞ。ジョセフィーヌ、肉だ」


ジョセフィーヌは、レズリ―が突如ドラゴンを飼ってみたいというのでエイズラとハンターで捕獲してきた子ドラゴンである。

ライムがやってくるとジョセフィーヌは少し緊張を解く。そしてじゃらじゃらと鎖をならしながらライムに近寄ってくるのだ。


そんなジョセフィーヌに、ライムはふっと微笑んだ。


「お前は私と一緒だ」


ジョセフィーヌはよくわからないといった顔をした。

だがライムはそれでもよかった。どうせ自分の苦しみなんてこの世にいる誰もわかってくれないのだ。だからこうしてドラゴンなんかに話しかけているのである。


「あの女は手に入れたらなんでもいいんだ。使用人も、あのシスカとかいう使用人だって・・・どうせ捨てられるだろう」


不穏なセリフを吐いたライムは、そのまま地下室を後にした。


***


「どういう意味ですか?」


シスカが問いかけると、レズリ―はごそごそと枕の下から小説を取り出した。


「これよ」


じゃじゃーんという声と共にレズリ―が取り出したのは前にジゼルが読んでいた小説だった。


「届け・・・この想い?」


女性が男性と抱き合っている表紙には見覚えがあった。


「そう、ワタクシ今まで欲しいモノは何でも手に入ったけれど、よく考えてみたら異性にキスをされるという経験はなかったんですわ」


自信満々にいうレズリ―に、シスカは顎に手を添えて考えた。


「それはわかりましたけど・・・何故僕とそれでキスすることになるんですか」


「だってあなた以外に年が近い手ごろな異性がいないんですもの。エイズラは年が離れすぎているわ」


「そういうのは好きな人とするものではないですか」


シスカの中でキスとは、結婚式での誓いのキスという印象しかなかった。式場のあの場で、愛を誓いあう証としてするのがキスなのであり、そして子供ができるのである。こんなところでするものではない。キスとは神聖な儀式であり、お遊びでしていいものではないと考えていた。真剣に考えていたのである。

シスカがそういうと、レズリ―は全く分かっていないですわねという顔をした。


「エヴァ―ルイス家の淑女たるもの、こういうのは異性より先に経験しておきたいものなのですわ、それにどんなものか興味もありますし・・・」


もじもじしながら俯くレズリ―にシスカはショックを受けた。

単なる好奇心じゃないか!しかもこんな少女なのに!?シスカは一歩レズリ―から身を引いて真剣な表情でレズリ―を見つめた。


「だめですよ、そんなの。初めてはちゃんと好きな人にじゃないと!結婚式でするんです!」


「あなた、意外と女々しいのね。どうせあなたなんか童貞なんでしょう?異性に告白されたことさえないんでしょう?こんなにかわいいワタクシとキスできるんだから感謝すべきよ!」


「ど・・・童貞?」


「童貞もわかんないんですの?その年でエッチしたこと一度もないんですの?」


「へ?・・・ぇ?」


シスカ20歳。この16歳の少女のいっていることがさっぱり理解できなかった。そういわれればジゼルからたまに言われているが、意味がわからずスルーしていた。それが今レズリ―に言われるとは。

レズリ―は、ため息をついてベットの下からエッチな本を取り出してシスカに見せた。


「ヴァ!?」


シスカは、エルフの女が半裸で縄で縛られている表紙を見て頭を殴られたような衝撃を受けた。


「な・・・何故この女性は服をちゃんと着ていないんですか・・・何故縄でしばられているんでしょうか」


シスカは、その女性を可哀想だと思った。縄で縛られるのが好きなマチルダさんならともかく、そんな女性は早々いないだろうし、この女性は服に縄が食い込むくらい縛られている。完全に誘拐されているか、拘束されている。恐ろしい。

エルフの女性は縄で縛られ、前に縛られているところを発見したマチルダさんのように頬を蒸気させ、涙目で助けを懇願するような表情でこちらを見つめていた。


「こんな本、僕はみたくないです!」


シスカは両手で目を隠してきっぱりと叫んだ。


「ちゃんとみなさい!男はこういう本をベットの下に最低3冊は隠しておくものなんですの」


「そんなこと僕はしていません!!ひどすぎます!」


レズリ―は目を隠そうとするシスカの両手を掴んで無理やりエロ本を見せようとした。若干楽しんでいる節があった。童貞を弄んで楽しむ16歳と、弄ばれる20歳の会話を、2人のベットの下で殺人鬼のように目を血走らせて聞いている男がいることも知らずに。


「そんな本どうやって手に入れているんですか!」


「エイズラにいえば届けてくれるわよ」


あの人頭どうかしてんのかとシスカは本気で思った。


「どうしてこんな本の存在を知ったんですか」


「エイズラが持っていたのよ」


レズリ―は平然と答えた。シスカは、完全にエイズラに対する見方が変わった。


「・・・・・え?」


「誤解だ」


ベットの下からにょきっと生えてくるように飛び出してきたのはずっとベットの下に隠れていたエイズラだった。


「ひっ・・・」

「エイズラ・・・!またベットの下に隠れていたんですの?」


また・・・?どういうこと?シスカは、驚愕と怯えた瞳でエイズラを見つめた。


「過去に勤めていた使用人から没収したものをたまたまお嬢様が見つけ、その後大変気に入られたのでたびたび買いにいってお嬢様にお渡ししているだけだ」


いつからなんだ、こんな少女がこんなひどい本を読もうという気持ちになったのは。

シスカは、レズリ―から本を取り上げた。


「これは没収です」


「あぁ!やっぱりシスカはこの本に興味があったんですのね」


「そういう意味ではありません、女性をこんな扱いするような作品は僕はよくないと思います!」


レズリ―はエイズラと目が合った。


「なんだ貴様フェミニストか?」


エイズラは、真顔で問いかけた。


「なんですかそれは」


「もしかしてシスカって童貞の上に性知識も全くないんですの?」

レズリ―は眉をひそめて可哀想な動物を見る目でシスカを見た。


「・・・?」


「これは大変ですわ、エイズラ。シスカにエッチなことを教えてあげないと、このままだと彼、大変なことになりますわよ」


「お嬢様、私が別部屋で彼に性知識を叩き込むので安心なさってください」


エイズラが笑顔でそういったが、レズリ―には通じていないようでレズリ―は新しいおもちゃを見つけたようににやっと微笑んだ。


「いやよ、こんなに面白いことはないわ、シスカ。ワタクシが色々性知識を教えてあげますわ。感謝なさい」


レズリ―は人差し指をたてて先生のようにそういった。どうしてこんなことに・・・。シスカはげんなりとした。

だが、その後シスカはもっとげんなりとすることが待っていた。

エッチなことに興味津々のレズリ―は非常に熱心にシスカに性知識を教えた。変な気を起こすといけないからと何故か眼鏡をかけたエイズラが付き添い、シスカはレズリ―の屋敷に来てから初日で頭が痛くなるような経験をすることになったのだ。


「いい?子供っていうのはコウノトリが運んでくるわけでもキスをしたらできるわけでもないんですのよ!これをピーしてAHしてそしてこれを女のピーにOhするんですの!」


エロ本が教科書であり、先生が16歳のエッチに興味津々な少女であり、教わるのは性知識がない成人男性である。どうしてこんなことに。シスカは段々恥ずかしくなってきたが、どうして恥ずかしくなるのか理解もできていなかったのが、レズリ―の授業によって解明されていく。


「勃起はみたことがないわ!シスカ今ここで勃起するんですの!」


だんだんベットを叩かれシスカは心の底からかえりたいと思った。


「無理です!!」


お嬢様は皆こうなんだろうか、なんて失礼なことを考えながら、その授業はお嬢様が眠くなるまで続いたのだった。

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