第20話 地下室の少女は月の中に閉じこもる
「女の子のお友達がほしいわ」
レズリ―はそういってエイズラにいつものようにおねだりした。エイズラは、いつものように微笑んで頭を下げた。
「お任せください」
変な一般人をレズリ―合わせるわけにはいかないし、かといって貴族でエヴァ―ルイス家のレズリ―を友達に、なんて子供はいなかった。結局大人の入れ知恵で媚を売られ、おべっかを使われ、レズリ―は勘のいい子供だったからすぐにあんな子は友達じゃないと会うのを拒んだ。
だからいつもベットをぬいぐるみや人形で囲んで名前をつけて暮らしていた。
仕方ないのでエイズラが連れてきたのは、ジゼル・エヴァ―ルイス。黒いベールをつけた黒いドレスを着た2つ年上の少女だった。
彼女は、エヴァ―ルイス家の中でも謎が多く、ずっと屋敷に引きこもりっぱなしの少女で、どうかと思ったが、同じエヴァ―ルイス家の少女であれば身分のことで何か起きることはないのではないかとエイズラは考えたのだった。
幸い、ジゼルの両親は海外に出ている。
現在はジゼルの家に使用人しかいないはずだ。そしてエイズラはレズリ―の要望通りにレズリ―をジゼルの屋敷に連れて行ったのだった。
「はじめまして、ワタクシはレズリ―」
レズリ―は、ピンク色のお気に入りのドレスをふわりを揺らして怯えた表情のジゼルに挨拶をした。
「・・・・・」
「あなたのお名前は?」
レズリ―がそういって微笑むと、ジゼルはドレスのすそをきゅっと掴んで答えた。
「じぜる・・・」
「そう、ジゼル。素敵な名前ね。ワタクシ女の子のお友達が欲しいと思っていたのよ。ワタクシとお友達になってくれる?」
レズリーはそういって友好的にジゼルに近寄った。ジゼルは、困ったように俯いたが、その後扉の前に立っているマチルダを不安そうに見た。
マチルダは、笑顔で頷いた。
「・・・うん、女の子の友だちなら、いいよ」
その言い方にエイズラは少し引っかかったがジゼルは所詮8歳の子供だしあえて何も言わなかった。
「そう、じゃあまずは何をしましょうか。お人形遊びかしら。それともおままごと?」
レズリ―はそういってエイズラが持ってきたおもちゃ箱から色々出してジゼルに見せた。
ジゼルは、きらきらと目を輝かせておもちゃやぬいぐるみを見つめていた。
「どれでもいいのよ、ジゼル。時間はいっぱいあるのだから」
それからレズリ―はジゼルを大変気に入ったらしく、ジゼルの屋敷に毎日通った。毎日エイズラにジゼルの話をし、毎日ジゼルに自分の屋敷の話やエイズラの話などをしたりケーキを一緒に食べたり、お互い初めての友人だと感じていた。
レズリ―にとって、ジゼルは生まれて初めての友達であり、いつもお人形に話しかけていたレズリ―にとって自分と同い年くらいの女の子に何か話をしてそれが帰ってくるということだけでも嬉しかった。
「ねえ、ジゼル。どうしていつも頭にベールをつけているの?」
「・・・これは、お父様が人前ではとってはいけないって」
俯くジゼルにレズリ―は少し心が痛んだ。自分は何でもジゼルに話すのに、ジゼルは自分にベールの下を何か隠している。それが不公平に感じたのだ。
何度も一緒にお風呂に入ろうと誘うのに、一緒に海にいって遊ぼうというのに、首を振るのはこの忌々しい黒いベールが原因なのではないかとレズリ―は思った。
「いいわよ、ワタクシの前だけではとっていいわ、それ」
レズリ―がそういうと、ジゼルは顔をあげた。
「お友達には隠し事はなしなのよ。大丈夫。絶対に秘密にするわ。今はエイズラもマチルダもいないじゃない」
レズリ―はそういってジゼルの手を握った。その真剣な瞳に、ジゼルはほうっとレズリ―を見つめていたが、その後こくりと目を閉じて頷いた。
「でも、きっとレズリ―はわたしを怖がるわ」
「怖がるわけないじゃない、ワタクシとジゼルはお友達なんだもの。絶対怖がったりなんかしないわ」
レズリ―はさっきより強くジゼルの手を握った。
「・・・うん」
ジゼルは、レズリ―のいうことを信じた。信じてみようと思った。
毎日寂しい自分の屋敷にきて一緒に遊んでくれるレズリ―。大好きなレズリ―。
ジゼルは震える手でベールをとった。ジゼルの耳はとがっていて、人間の耳とは形状が違っていた。ジゼルはエルフだったからだ。
「う・・・うぅ」
自分は普通の人間とは違うということをジゼルは子供ながらにわかっていた。父親は自分を好機の眼で見ているし、父親の客も同様だった。にやにやと、珍しい動物を見るような目が、ジゼルは恐怖でしかなかった。レズリ―にこの耳のせいで嫌われたらどうしよう。人間じゃないから仲良くしないといわれたら?
固く目を閉じて、レズリ―の視線から隠れた。
「ジゼル」
レズリ―は、ジゼルの肩に小さな手をおいた。
「へ?」
「全然怖くなんかないわ。ジゼルの耳の形がちょっと人と変わっているだけじゃない。どうしてこんなことであなたのことを嫌うの?」
レズリ―は天使のような笑顔で目を眩しそうに開いたジゼルに微笑みかけた。
「ほんと・・・?」
「えぇ!ジゼルはワタクシのお友達よ!」
本心だった。レズリ―はなぁんだ、ジゼルったら。そんなことで悩んでいたのね。と、そんな風に笑った。ジゼルはどれほどその笑顔に救われたことか。
2人の友情は本物だった。
―だが2人の友情は思わぬ形で引き裂かれることになる。
「レズリ―、あのエルフと仲良くするのはおよしなさい」
レズリ―の母、ヴァヒネ・エヴァ―ルイスがぴしゃりといった。どうやら、ジゼルの噂がエヴァ―ルイスの裏で回ってきたらしかったのだ。
びくりと体を震わせたレズリ―は怯えた目でヴァヒネを見上げた。
「お、お母さま・・・でも、ジゼルは」
「あなたの意見なんて聞いていないのよ。もう屋敷に行くのもおよしなさいね、汚らわしい。人間じゃないのよ、あの子は。エヴァ―ルイス家にあぁいう異端児がいるというだけで風格にかかわるのに。はぁ、本当にワタクシが少しいない間にこんなことになっているだなんて」
「いやよ!お母さま!」
レズリ―は涙を流しながら反論した。
「ワタクシはジゼルと初めてお友達になったの!だから・・・」
「母親に反抗するなんて、本当に出来損ないの娘ね」
ヴァヒネは、なかなか子宝を授からず周りから冷たい言葉やかなりの重圧をかけられてきた。せめて1人男の子を、そういわれ続けてきたヴァヒネだったが、生まれたのはレズリ―、女の子だった。
それからヴァヒネは、今度こそ男の子を生もうとレズリ―を使用人に任せきりにし、自分は魔術や男の子を生むための術のこもったアクセサリーなどを集まるようになったのだ。
「反省するまで地下室へ連れて行きなさい」
地下室には、元々使用人の育成の為に設けた地下室がある。正直なところ育成とは名ばかりで、調教、お仕置きという言葉が正しいような薄暗い地下室だった。
「お母さま・・・」
「あなたのせいでワタクシがどれだけ辛い想いをしたかわかっているの?」
ヴァヒネは冷たい言葉を吐き捨ててレズリーの腕を人形のように乱暴に引っ張った。
「いたいっ!いたいわお母さま」
酷くばたばたとした走る音がして、扉が乱暴に開かれた。他の使用人に全力でこの場にくることを止められていたエイズラが使用人の拘束を振り切って走ってきたのである。
「やめてください!!」
エイズラがヴァヒネの腕を掴んで睨みつけた。
だが、ヴァヒネはやめなかった。
「家庭の事情にただの使用人が口を出さないで頂戴。あなたも地下室に行きたいの?」
「えぇ、行きます!元々私がレズリ―お嬢様にジゼルお嬢様を紹介したのがそもそもの始まりです!」
エイズラが早口でそういうと、ヴァヒネは首を傾げてふふっと微笑んだ。
「そう、じゃあエイズラは1週間屋敷を出てワタクシと仕事に行きましょう。あなたが味方になってレズリ―を甘やかすからこんなことになるんだわ。それがあなたへのお仕置きであり、レズリ―へのお仕置きにもなるわ」
ヴァヒネは、ただレズリ―をいじめたいだけだった。レズリ―のことを憎いと思いはするが愛してはいなかったのである。完璧人間である旦那への劣等感を感じ、周囲からの重圧を感じ、そのはけ口もなかったヴァヒネは、娘であるレズリ―にぶつけるしかなかったのだ。
「痛めつけるなら私を痛めつけてください。私はなんでもしますからどうかお嬢様だけは、私がすべて悪いのです」
エイズラが必死に懇願したが、ヴァヒネは聞き入れずそれどころか自分の使用人を使ってエイズラを拘束した。
「離せ!お嬢さま!お嬢さまアア!!」
「早く来なさい!」
「エイズラ!エイズラ!助けてエイズラぁ!」
首を振りながら泣き叫んだレズリ―などお構いなしでヴァヒネはレズリ―を地下室へと引きずっていった。
「あそこはいやよお母さま、暗くて怖くて狭くて・・・」
だが、無情にもレズリ―は地下室に閉じ込められた。
エイズラとは離れ離れになり、レズリ―は1人ぼっちで毎日泣いて泣いて、精神的にも肉体的にも消耗していった。ヴァヒネがたまに帰ってくるといつもこうであった。レズリ―を適当な理由で閉じ込めて自分はレズリ―の味方である使用人を取り上げて1人にさせるのであった。
レズリ―は自分でも気づかないうちに閉所恐怖症になるまでに地下室という場を恐れていた。
だから余計に地下室に閉じ込められるのを嫌がったのである。
1週間後、地下室から出てきたレズリ―にヴァヒネは言った。
「考え方は変わったかしら?」
意地悪い笑顔のヴァヒネに、レズリ―は涙のあとだらけの目でヴァヒネを見上げて首を振った。
「そう、そういうと思ったわ。次は1か月にしましょう。その次は3か月、その次は半年、ジゼルに会えない日がずっと続くわね。それか、彼女と会わずに上でエイズラたちと楽しく過ごすかどうするの」
レズリ―はその言葉に、びくりと体を震わせた。
「エイズラは・・・?」
「さア、これから地下室にいくあなたには関係ないことよ」
抵抗する気力もなく地下室に連れ込まれたレズリ―は3週間後、光のない瞳で涙を流した。
「ジゼルとさよならするわ」
月を見ながらレズリ―は涙を流していた。あぁ、ワタクシはずっと、この記憶にとらわれている。ずっと―。自分の為に友達を傷つけたレズリ―は、華やかに過ごしているように見えて、実は深い闇を心に抱えているのであった。
「ジゼル――そうね、ジゼルのことよ」
レズリ―はくるりとシスカを振り替えった。その表情は月明かりの逆光でよく見えなかったが、シスカはその時無意識に、彼女の心に手を伸ばしていた。
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