第14話 届けこの重い!

「ハトを生け捕りにしなさいっ」


昼食をとり終えたジゼルは、片づけをしているマチルダとシスカにいきなりそう言い放った。


「ジゼルお嬢様、いきなりなんですか」


「かしこまりました。すぐ捕まえてくるであります!」


皿を洗う手を止めて困惑するシスカに、何も乗っていないテーブルを拭いていたマチルダは笑顔で敬礼していた。


「理由を説明してください。ハトを飼いたいなら鳥かごや餌を買ってこなくてはいけないじゃないですか」


そういったシスカに、ジゼルはぽっと頬を染め、


「・・・あなたには関係ないでしょう。とにかく、ハトを生け捕りにしてほしいのっ!さっさと捕まえてきてちょうだいっ!」


窓の外を指さすジゼルに、シスカはマチルダを見た。


「様子を確認してくるでありますよ!」


マチルダは、そういってとたとたとジゼルの部屋へと向かった。

シスカは、ジゼルがこんな無茶をいうことが今までなかったので首を傾げた。皿を洗い終えたシスカの背に、


「きゃーーーーーーーーっ!」


ジゼルの叫び声が突き刺さる。


「なんだ!?」


シスカは飛び上がり、急いでジゼルの部屋へと向かった。

ジゼルお嬢様に何かあったんじゃ、シスカの足は自然と早くなる。


「ジゼルお嬢様!?どうされましたか?」


「来ないで!!」


扉を開けると同時に、ベットのところにいつもジゼルが置いているピンク色でハート型のクッションがシスカの顔面にクリーンヒットし、シスカは後ろに倒れかけた。


「なんですか・・・どうしたんですか?」


クッションを持ったシスカは、部屋中に散乱するくしゃくしゃになった紙のゴミを見て目を見開いた。


「なんですか、このゴミは」


「ううううううう」


「ジゼルお嬢様が書いた仮面の王子様へのラブレターであります」


「あああああああああああああああああああああ!!」


ジゼルは机に突っ伏して顔を真っ赤にして叫び声をあげた。


ラブレターとは、好きな異性に書くラブを伝えるレターである。

仮面の王子様?首を傾げたシスカだったが、すぐに理解した。


俺だ!!!!!!!!!


俺にジゼルお嬢様がラブレターを書いている?なんて書いてあるんだろう?

しゃがんでくしゃくしゃになった紙に手を伸ばしたシスカの手には、手紙に釘を刺すようにジゼルの足が乗っかっていた。


「何勝手に見ようとしてるのよ?この変態能無し紙屑以下のゴミ童貞バカアホ執事」


ジゼルは顔を真っ赤にしてシスカの手を踏みつけていた。


「も、申し訳ございません!」


確かに手紙の中身を勝手に見るのはよくない、がここまで阻止したがるということは余程恥ずかしいことが書いてあるに違いない。


「何で満面の笑顔で謝っているのよ、マチルダのドMがうつったの?」


「そうなのでありますか?シスカ殿」


「それは絶対ありません」


シスカはすんと真顔になった。


「それでハトを捕まえてこいっていうのと今回のラブレターとは何か関係があるんですか?」


「それを聞きに来たのでありますよ、ジゼルお嬢様。何か関係があるでありますか?」


そういうと、ジゼルはきょとんとして首を傾げた。


「王子様に手紙を書くとハトが届けてくれるのよ」


「!?」


「ハトの口にラブレターをくわえさせて「届けておいで!この想い!」って窓からハトを飛ばすの」


ジゼルが差した小さな袋というのはジゼルの机の端にかけてある人間が買い物で使うようなピンクのトートバックだった。シスカはバックを盗み見た。パンパンのそのバックに入っているのはまさか既に書いている手紙じゃないだろうな。


「ジゼルお嬢様は最近読んだ恋愛小説の影響を受けているであります」


マチルダは、シスカに耳打ちした。ジゼルのベットの横に積み上げている恋愛小説のタイトルは「届け!この想い!」であった。


「するとね、ハトが王子様のところへ飛んで行って王子様にわたしの手紙を届けてくれるのよ」


熱弁するジゼルに、シスカは恋をしたジゼルはちょっと頭が馬鹿になってしまったんじゃないかと心配になった。小説はフィクションの世界であり、ハトに手紙をくわえさせたところで王子様のところに行くわけがないのである。

だが、こんなにも目をきらきら輝かせて黒いドレスをひるがえしながらくるくる楽しそうに話すジゼルを見ていると、シスカはまるでジゼルが少女のように見えて思わず笑みをこぼした。


「何笑ってるのよ、さっさとハトを捕まえてきなさいよ」


ジゼルは、いきなり夢から覚めたように冷たい表情でシスカに指を突き付けた。


「でも、ジゼルお嬢様、その量は流石にハトも重くて飛べなくなってしまうでしょう。出す手紙は1枚に絞ってくださいね」


シスカがそういうと、ジゼルは顔を真っ赤にしてトートバックとシスカを交互に見た。


「う、うるさいわよ、そんなことわかってるのよ!余計なこと言わないでさっさと行きなさい!」


「かしこまりました!すぐに捕まえてくるであります!」


マチルダは、シスカとは対照的ににこにこして嬉しそうだった。


「お嬢様、かわいいでありますな。ふふっ、生け捕りは私には無理な話であります。掴んだ瞬間に勢い余って殺してしまうかもしれないでありますからな。ここは、ハトを売っているところに行くしかないであります。行くでありますよ、シスカ殿!」


マチルダはそういって元気よく手を突き上げた。


「やっぱりそうですよね」


ハトに手紙を結わえ付けたらジゼルお嬢様の恥ずかしい手紙が外に出てしまう。シスカとマチルダは、手紙をくわえさせたハトをすぐ捕獲し、手紙を回収するまでがワンセットだった。

ハトを捕まえて手紙を回収したシスカだったが、


「これはシスカ殿に」


マチルダに渡された手紙。ジゼルからのラブレター。正直見たくて仕方なかったしシスカだったが、部屋に戻って手紙を開こうとする手が止まった。


「これは、ジゼルお嬢様がマスクに当てて書いた手紙、それは俺だけれど俺が見てはいけない気がする」


シスカはそういって手紙を開かずそのまま引き出しに大切にしまった。


【マスク様へ。あの時は助けてくださってありがとう。あの騒動の後、わたしはお父様が亡くなって天涯孤独になってしまったわ。でも、毎日ドジで可愛いメイドのマチルダと、お人よしで頼りないけど真面目なシスカと、毎日飽きない日々を過ごしているわ。もしよかったら、今度屋敷にいらっしゃってね。美味しい紅茶を用意して、新しいドレスを買って、楽しみに待っているわ。それから・・・】


ベールをとったジゼルは、筆ペンを置いた。

ジゼルの王子様への手紙は、トートバックからあふれていた。書きたいことが沢山あるジゼルだったが、半分以上は使用人の2人のことだ。

シスカは助けにきてくれなくて最初はぷんぷんしていたジゼルだが、そのおかげで王子様が助けにきてくれたのでジゼルはシスカを許しつつあった。


「届くかしら?この想い」


ベットでくしゃみをしたシスカは、鼻を人差し指でこすった。


同時刻。


「シスカ・スチュワート、この男引き抜きですわよ。明日からワタクシの使用人として働いてもらいますわ」


レズリ―はそういってシスカの写真をエイズラとライムに見せつけるように突き出した。

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