第9話 光るエイズラアイ

結婚式当日。

作戦決行日だった。


お嬢様は、先に馬車に乗せられて連れていかれた。

俺と、マチルダさんに縋るような目を向けながら。


「マチルダさん、今日は準備できていますか?」


「はいっ、できているでありますよ!」


ゴミ出しを完了したマチルダが笑顔で敬礼した。

今日は結婚式ということで俺もマチルダさんも正装だが、マチルダさんはドレスではなくスーツを着ていた。

結婚式場には、マチルダさんが用意してくれた馬車を使って向かった。時間通りに馬車は到着し、俺たちを乗せて式場へと向かってくれた。


「マチルダさん、準備はいいですか?忘れ物ないですか?大丈夫ですか?」


「大丈夫でありますよ、シスカ殿。その質問はもう27回目であります」


マチルダは、大きな肩掛けカバンを持っていた。ずっしりと重そうだ。ウェディングドレスが入っているんだろうとシスカは思った。自分が持とうかと提案したが、マチルダは笑顔で断った。


「まがりなりにも主人の結婚式だというのに、どうして使用人が別々で馬車を借りて式場まで行かなくてはならないんでしょうね」


「身分の違いだと思うでありますよ」


「まさか、結婚式にも出してもらえないなんてことないですよね」


「それはないであります、ジゼルお嬢様が出した結婚式の招待状は、2通。私とシスカ殿だけでありますから」


マチルダはそういってエプロンのポケットから赤いバラの焼き印のある白い封筒を2枚取り出した。


「あれ、そんなのいつもらっていたんですか?」


「朝、シスカ殿に渡しておいてほしいとお嬢様から言われていたであります」


それを聞いてシスカは、一枚の封筒を受け取った。

この封筒は、俺とマチルダさんに助けてほしいっていうジゼルお嬢様からのメッセージだ。


「しかと受け取りました」


結婚式場はとんでもなく大きくて立派なところだった。肩掛けカバンは流石に怪しいので式場の庭の目立たない草むらに隠した2人は、招待状を見せて入場した。

式場は、パーティ会場にいたような華やかで、きらびやかで、雰囲気から華やかな人々が既に到着していた。


「こ、こんなに人が」


今回は仮面がない。俺は辺りを見回して自分は浮いていないか心配な気持ちでいっぱいになった。


「あらあら、マチルダじゃない」


うわっ、シスカは思わず声をあげそうになった。

金髪の縦ロールに、レースの赤いドレスを着た少女、聞き覚えのある声に高飛車口調。

今日は仮面をつけておらず、赤いつり目でシスカたちを見上げていた。


「レズリ―お嬢様」


知り合いだったのか、シスカはレズリ―とマチルダを交互に見た。


「いつになったらうちのメイドになってくれるんですの?今日の結婚式でどうせ行くところがなくなるんだからワタクシの使用人にならない?」


え・・・何言ってるんだこのお嬢様は。よりによってマチルダさんをスカウト?嘘だろ?美人だからか?屋敷がドジでめちゃくちゃになっていいのか?シスカは口を押えて心底信じられないという顔でレズリ―を見つめた。


「あら?」


レズリーは、そのままくるりとターンしシスカにつかつか近づいてきた。

腰に手を当てたまま、シスカをじっと見つめるレズリ―に、シスカはバレたか、と思わず身を引いた。


「ど、どうかなさいましたか」


「いいえ?ただ、あなたのような人、この式場にいたかしらと思って。もしかしてマチルダと来たのかしら?」


よかった気づいていない。そう思った瞬間。身に覚えのある悪寒が背筋を襲った。

見られている。確実にどこかで、あの人に。


「は、はい・・・最近務めたばかりで、ジゼルお嬢様の使用人を務めております。シスカ・スチュワートと申します・・・ひっ」


「私はレズリ―お嬢様の使用人をお嬢様の幼少の頃から、務めております。エイズラと申しますが、お嬢様に何か御用ですか?」


背後から肩をがしっと掴まれたと思ったら、聞き覚えのある声で自己紹介をされた。

いや、酷いな今回。正面ですらないし、新人の使用人とあらば自己紹介も雑でいいんだなこの人。シスカが振り返ると、エイズラは牢屋から出たばかりの殺人犯のような目でシスカの目を見つめていた。もはや前回あった愛想さえないのである。


エイズラは、噛みつく相手をエイズラアイで判断してから噛みつくという打算的かつ、世渡り上手な男だった。

大体レズリ―の隣にいるが、いないときは遠くから会場を見回してレズリ―に言い寄ってきそうな人間と上手く使えそうな人間、覚えておかなくてはいけない人間や愛想を振舞っておいた方がいい人間を把握して顔を覚えたり挨拶に行ったりする為に人間を観察しに行く。

気の弱そうなお人よしそうな男など、弱いと判断したものには強く、偉そうでプライドが高そうな男など、強きものには裏で手をまわすそのやりくちを主人であるレズリ―は全く知らないのである。


こっわああああああこの人。できるならもう二度と出会いたくなかったよ。

シスカが焦って身を引こうとすると、エイズラの手をマチルダが掴んだ。


「シスカ殿が怯えているのでありますよ。手を離してただきたいのであります」


マチルダさんは笑顔だったが、その言葉には少し棘があるように感じた。エイズラは、すっと手を離してレズリ―の後ろに控えた。


「悪かったわね。ワタクシはレズリ―、そして彼がワタクシの使用人のエイズラよ」


レズリ―は、手でエイズラを上品に示して自己紹介した。できれば彼の手綱を常に管理してほしいと思うシスカだったが、マチルダが隣にいるからなのか、エイズラは前回のように舌をべろんと出して煽ってくるようなことはなかった。


「エイズラは、ワタクシに過保護すぎるんですの。ちょっと男がワタクシに近づくとこうなんですのよ」


近づいてきたのはレズリ―の方だったが、シスカは何も言わなかった。


「そちらのシスカ、っていったかしら」


「は、はい」


レズリ―は美しい自慢の髪を後ろにはらうと、眉を吊り上げ上品に、そして意地悪く微笑んだ。


「どうせ今日あなたの主人が結婚したらお相手のうちに入ることになりますわ。その時はマチルダとうちへいらっしゃいな?」


レズリ―はそういってくるりと俺たちに背を向けていってしまった。

エイズラもレズリ―のすぐ後ろについて華やかな人々にあっという間に紛れてしまった。

仮面をつけている時話したレズリ―はもっといい人そうだったのに、あんなこと言わなくたって。


「大丈夫でありますよ、シスカ殿」


マチルダは、シスカの肩に優しく手を添えた。


「私の仕える相手はただ一人、ジゼルお嬢様ただ一人であります」


マチルダはそういって、眼鏡をくいっと人差し指で持ち上げた。

シスカは、そのマチルダの言葉にふっと胸の内が軽くなった。肩を掴むがっしりした手も心強い。

シスカはこくりと頷いて胸ポケットに入れた招待状に確認するように触れた。


しばらくして、周りは少しずつ着席し始めてきた。


「皆着席し始めましたね」


「そのようでありますな、そろそろジゼルお嬢様もウェディングドレスを着た頃だと思うであります」


マチルダは、シスカに耳打ちした。

ここからは別行動だった。シスカに目配せするとマチルダは肩掛けカバンを隠した草むらへと向かった。肩掛けカバンを肩からかけると、


「ジゼルお嬢様が衣装を着る場所は、1階の控え室でありますな」


マチルダは、スーツの胸ポケットから紙を取り出して地図を確認した。


「私は式場の中からも外からも黒服がいて控室へはいけないでありますから、2階の窓から侵入するのが一番でありますな」


上を見上げれば、白いレンガの壁に、雨どいとベランダのある窓だけ。当然一階の窓には鍵がかかっている。ベランダまでははしごがないので、手段としたら雨どいを登っていくしかない。しかも2階の窓はかなり高いところにある。


「私が2階の窓から控室にいって交代し、先にお嬢様と交代。シスカ殿はサングラスで黒服になりきって式場から堂々と侵入・・・となれば私がここを登らなければなんともならないでありますな」


マチルダは、屈伸や足腰を伸ばしたり、動けるように準備運動を始めていた。そして、眼鏡をとりスーツの胸ポケットに入れると、壁から草むらぎりぎりまで下がった。


「せーーーーのっ!」


そして姿勢を低くし走り高跳びのように勢いをつけ壁へと突進していった。途中で地面を蹴り上げ、レンガの少し出っ張っているところに指先をひっかけると、今度は走るように壁を駆け上がりあっという間に2階の窓に手をひっかけていた。

それから軽々と飛び上がって窓のベランダに飛び乗った。まるで身軽なスパイのようだった。


「窓の鍵が開いている?」


マチルダは、窓をからりと開けると慎重に部屋に入っていった。

そして、地図通り控室へと向かったのだった。


1階には黒服たちが蔓延っていたが、マチルダは人の少ないルートを通って控室を目指した。


「おい」


黒髪にサングラスの黒服にいきなり背後から話しかけられ、マチルダは急いで眼鏡をかけた。


「はい?」


「なんだその荷物は」


「式場で使う出し物の道具でして、確認するから裏に持ってくるように言われたんです、失礼します」


「あぁ、じゃあついでにこれも通り道の物置に入れておいてくれないか?」


急いでいるが仕方ない。マチルダは、男から段ボールを受け取り物置を探した。

物置は意外と早く見つかり、さっさとおいて出ようと部屋に入った瞬間、バタンと外から扉を閉められ、外の光が消え倉庫は闇に包まれた。


「なっ・・・・」


マチルダは急いで扉に駆け寄ったが、鍵を何度ガチャガチャ動かしても開く機会はない。


「どういうことだ?閉じ込められた?」


マチルダは、どんどん固い扉を叩きながら、叫んだが、


「開けてください!お願いします!!」


「・・・・・・・・・」


扉の向こうから応答はなかった。

窓から出ようと振り返ったが、窓の鍵が壊されていてマチルダの怪力でも開く気配はなかった。

考えられるのは、さっきマチルダに荷物を届けろといったあの男。マチルダは、男から受け取った荷物を確認した。その中には、この物置の段ボールがいくつか開けられていて、その中からいくつか出して詰めたんだろう、結婚式で使うであろう造花がいくつか入っていた。

黄色いバラをつまみ上げ、マチルダは床にたたきつけた。


「クソっ・・・クソっ・・・このままではジゼルお嬢様が、シスカ殿が・・・アイツでありますね。先ほど私に荷物を置きに来るようにいったアイツ・・・」


マチルダは、憎悪に満ちた表情で扉をぶん殴った。骨がきしむような音が絶望的に静かな物置に響いた。


「これ以上、エヴァ―ルイス家の名に泥を塗るような行為はしてほしくないんでな」


そういってサングラスを外したエイズラは、もう一人の怪しい動きを見せていたシスカの元へと早歩きで向かった。

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