第8話 神様なんていないのだから神頼みなんてばからしい
『僕が君の王子様になってあげるよ』
なんて、いってくれる王子様を夢見ていたけれど、結局わたしの元には王子様なんか現れないんだわ。
ジゼルは、あのマチルダのドジにも寛容なお人よしの使用人を見ながら儚げに微笑んだ。
わたしは酷い女だもの。今まで周りの人間に酷いことを言って自分から遠ざけてきたわ。
わたしのことを、好きになってくれる人なんていない。
どうせ離れていくのなら、最初から仲良くなんてならない方がいい。
傷つけて遠ざけた方がいいの。
それしか、わたしはやり方を知らないんだから。
「何をいったのか理解ができません」
「聞こえなかったの?じゃあもう一度いうわ。わたしを犯して」
「嫌です」
「わたしからあなたへ主人としての最後の命令よ」
「最後?」
「どうせ聞いていたんでしょう?今日のお父様と私の会話。あの後、マチルダの様子もおかしかったし、貴方はあからさまに態度が腫物に触るようだったわ」
「そんなこと・・・」
そう言いかけてシスカは言葉を詰まらせた。腫物に触るような扱いはしていないつもりだが、お嬢様がそう思ったのなら仕方ない。
だが、マチルダの様子は確かにおかしかった。
今日あれからマチルダはドジをこかなかったのだ。それも含めて、シスカはマチルダは何かあったんだと作戦の確認を控えた。
ジゼルは、ベールをとって堂々とエルフの耳を見せた。
「お笑いでしょう?あんなにあなたに偉そうにしていたお嬢様が、エルフだったなんて、笑っていいわよ」
あんなに嫌がっていたのに、バレたくなさそうだったのに。
シスカは、痛い程拳を握りしめた。
「笑えるわけないでしょう」
「もう主人と使用人なんて思わなくていいのよ。娼婦や奴隷にされることの多い、人間様より地位の低いエルフだったのよ、わたし。わたしにムカついていたでしょう?嫌いだったでしょう?さっさと今やり返しなさいよ。わたしを犯してっていってるのよ」
シスカの胸倉をかみつく勢いでジゼルが掴んだ。
「嫌だっていってんですよ」
だが、その腕をシスカが掴んだ。
ジゼルはシスカの声で肩をびくりと震わせた。
「エルフだから今までの恨みを晴らしていいって?ベールをとったら主従を忘れていいって?そんなわけないじゃないですか。落ち着いてください、何でそんなこと言うんですか」
「もう全部どうでもいいのよ!お父様が怖いのよ、逆らったら何をするかわからないわ、お父様はずっとわたしのことをねえ、ジゼルじゃあなくて、『エルフの女』としか見ていないのよ、エルフの会はお父様みたいな人ばかりだと聞くわ、そんなエルフを人間とも思わない人間の男たちに弄ばれるくらいなら、使用人のあんたに純潔を捧げてからの方がいいって思うじゃない・・・わたしの唯一の抵抗なの、協力して、協力しなさいよ」
ジゼルは、そういってシスカをベットに押し倒した。
「嫌ですよ」
シスカは、両手がふさがっているジゼルの頭の後ろに手をまわして、仮面を外した。
「あっ・・・」
「顔、ぐちゃぐちゃじゃないですか。本当は嫌なんでしょ?」
精一杯優しい声で問いかけると、シスカの頬に温かくきれいな滴が2,3滴落ちた。
「うっ・・・うっ・・・いや・・・いやあ・・・」
擦り切れて、張り詰めて、ぎりぎりになって、あふれてしまった。
壊れてしまった。糸が切れてしまった、爆発してしまった、弾けてしまった。
ジゼルは、ごろんとベットに俯せになると、顔を両手で隠して大粒の涙を流した。
「うっ・・・いや・・・いやあ・・・」
シスカは、ゆっくりと起き上がった。
「マチルダさんと、僕で必ずなんとかしてみせます。そういうお願いなら聞きます。最初から運命をあきらめないでください。俺がなんとかしてみせます」
家柄や親に運命を決められるなんておかしいに決まっている。
俺は、運命に逆らえずここにいるわけだけれど、このお嬢様はなんとか救ってくれないだろうか。
だが、シスカは神様なんていないことを身をもって実感していた。
神様なんていないんだ、そして神頼みなんて馬鹿らしい。
このお嬢様を救えるのは俺たちだけだ。
シスカは、ぐすぐすいいながらしばらく居座るお嬢様をなだめながら固い決意を固めていた。
だから扉が少し開いていて、2人のことをマチルダがじっと見つめていることなんて気づかなかったのだ。
マチルダは、音一つたてずそっと部屋に戻りナイフでずたずたにした枕をゴミ箱へと投げ捨てた。
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