第5話 ベールの下に隠した秘密

「ちょっと、邪魔ですわよ」

「不吉でくらーい雰囲気がうつりますわ」


黒いドレスが飲みものでぬれているジゼルと、さっき嫌味をいっていた女たちが皆の視線の中心にいた。


「・・・・・・・・・・・・」


ジゼルはそんなことを言われても黙って俯いていた。


「なんとか言ったらどうですの?あぁ、あなたのお父様の本当の子供で令嬢でもないから言えないかしら?」

「お父様に迷惑かけられないですものね?このまま贅沢に暮らしたいですものね?」


「どうしてあの人たちはあんなひどいことを」


シスカの独り言に腕を組んだレズリ―が答えた。


「・・・中心にいるのはジゼル・エーデンハイド。エーデンハイド家はジゼルの父親のアルバウトの代になってから汚いことをしてお金を得ているとして有名ですのよ。それに加えて、アルバウトは女遊びが激しく豪遊ばかり。周りに偉そうな態度をとっているくせに財源は全部優秀な兄から得ているだけ。そのお金で遊んだり遊び半分で事業を始めてみたり。悪い噂は絶えませんの」


「そんなの、父親が全部悪いんじゃないですか」


「まあ、そうね。加えて娘のジゼルは母親が不明の子らしいんですの。だからアルバウトが気に入った子供を養子にしているって説もあるんですわ。アルバウトの娘は何人かいるみたいですけれど、一番手をかけているのがジゼルという噂で・・・だから余計にこの業界で目の敵にされるんだわ」


そんなのおかしいじゃないか、シスカは拳を握りしめた。

父親が勝手なことをするから、娘までこんな目にあうなんて。

こんなに大勢の前で恥をかかせて笑って。


「恥ずかしいから来ないで頂戴」


ジゼルがパーティに行く前に言った言葉を思い出した。


「ちょ、ちょっと」


レズリ―の声を背中に受けながら、シスカはずんずんと3人の方へと向かっていった。

そして、俯いているジゼルにハンカチを差し出した。


「使ってください」


「・・・え?」


ジゼルは、ハンカチを受け取ってきょとんとしていた。

そんなジゼルを庇うように令嬢2人の前にでたシスカは、全く物怖じしている様子はなかった。


「なんですの貴方」

「よ、横入しないでくださいます?」


あまりにも堂々とジゼルと2人の令嬢の間に入るシスカに会場の人間が注目していた。


「人のドレスにお酒をこぼして謝りもせず笑っているような下品な人のいるパーティの場にいる必要ない!行こう!」


シスカは、ジゼルの手をとって大股早歩きで会場を出た。

やった・・・俺、完全にやってしまったわこれ。

シスカは、最初は正義感と怒りに任せて行動していたが急に冷静になってみるとどこの令嬢かわからないし、怖いし、何されるかわからないし、ため口聞いちゃったし俺これからどこ行くし。


会場から出て庭に出たシスカは、とりあえず土下座をしようと思った。

あの女たちじゃない、勝手にパーティから連れ出したことや名も名乗らずにため口を聞いてしまったことなどだった。


「手、痛いわ」


「あっ・・・ご、ごめんなさい」


思わず高い声を出してしまった。そうだ、俺だってバレたら余計にお嬢様が傷つく。

シスカは、さっきだした爽やか王子ボイスを喉に呼び戻した。


「いいわ。ありがとう」


ジゼルが発したとは思えない程優しい声だった。

会場内が少し騒がしい、あの令嬢たちが騒いでいるのかもしれない。

シスカが身構えるのと同様、ジゼルも会場内を見つめていた。仮面で表情は見えないが、不安そうだった。


「戻る必要なんてないんじゃないかな?」


そういうと、ジゼルははっとしてシスカを見つめこくりと頷いた。2人で階段を降りると、黒服が何人か玄関から出てくるのが見えた。見つかったら面倒なことになりそうだ。


「こっち!」


「きゃっ!?」


シスカは、勢いよくジゼルの手を引いて一緒に草むらに隠れた。


「あっ・・・ごめんなさい、いきなり引っ張って」


焦って謝ったシスカは、目を大きく見開いた。ジゼルのいつもつけているベールが外れていたのだ。


「あれ?あれ?ベール・・・」


ジゼルは自分の耳を触って顔を真っ青にした。そして落ちているベールをさっと拾い上げて涙目でベールを頭に身に着けた。だが、仮面は外れていなかった為、涙目かどうかはシスカに見えない。


「み・・・みた?忘れて・・・お願い」


ジゼルは、シスカに縋りつくように抱き着いて懇願した。いきなりジゼルに抱き着かれた衝撃以上に、今目の前で起きたことの方が、シスカにとって衝撃だった。

忘れられるはずない、ジゼルのベールの下、ジゼルが隠したかったこと。

こういうことだったのか。

ジゼルの耳はつんと、尖っていた。ジゼルはエルフだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る