第3話 その肩掛けカバンには夢と不安と○○が詰まっていた

「今日はパーティに行ってくるわ」


ジゼルは、黒いドレスに相変わらず黒いレースのついたベールをつけていた。


「恥ずかしいから貴方たちは留守番していて頂戴」


ジゼルはそういって車に乗り込んでいった。


「なんですか!あの言い方」


シスカはぐぬぬと拳を握りしめていた。最近シスカは心の中でジゼルに、『可愛げがないお嬢様だよ』とあかんべーをしてうっぷんを晴らしている。


「パーティかー」


シスカとはもう縁のないものになってしまったが、シスカは屋敷の玄関の前でぽつりと漏らした。

「一度でいいから行ってみたかったな」


そういうと、隣にいたマチルダがきょとんとしていった。


「ついていくでありますか?」


「え?」


マチルダは屋敷に鍵をかけると、黒い肩掛けカバンをたすきのようにかけ、屋敷の裏から定員1名の荷車を出してきた。


「なんですかこれ」


マチルダは、ヘルメットをかぶり、シスカにも黒いヘルメットを渡した。そして、荷車の先頭に立ちバイクのハンドルを握るようにしてぎゅっと持ち手を握った。


「さあ!乗るでありますシスカ殿!」


「いやいやいやいやいやいや!!!!!!!!」


屋根がない!吹きさらしの荷車であり、一見農業でできた作物などを運ぶあれだった。唯一普通の荷車と違うのは黒い鉄製のようで重くて丈夫そうだということだった。


「女性のマチルダさんがこんな重そうな荷車引けるわけ・・・っていうかそもそも何ですかこれ、人が乗れるんですか!?」


「はいっ!お嬢様が幼い頃、よくこれに乗車いただいていたでありますよ」


お嬢様のお遊び昔から鬼畜すぎるだろ。

幼い頃からマチルダさんは、あの毒舌下ネタ可愛げがない冷徹お嬢様にいじめられていたというのか・・・シスカはマチルダに同情した。


「私を馬だと思って乗ってくれたら大丈夫でありますよ!」


「無理です!!」


笑顔満開のマチルダにシスカが即答すると、マチルダが笑顔のままずんずん近づいてきた。


「え?え?え?そんな大手を振ってどうしたんですか?」


マチルダは、笑顔の圧力と怪力でシスカを横抱きにするとひょいと持ち上げて子供を乗せるようにして荷車に降ろした。


「ええええええええええええええええええ!?」


そして、ヘルメットをすぽっと被せると笑顔を絶やさずまた荷車の持ち手を握った。


「さあさあさあさあ!!いっくでありますよ!!」


クラウチングスタートならぬマチルダスタートで、マチルダは全身の力を下半身に集中させ、飛ぶようにして屋敷からシスカを荷台に乗せて駆けだした。


「いやあああああああああああああああああ!!!」


マチルダは、馬というよりトラのような速さで駆けていく。


「どうなってんだよこの人!!ほんとに人間!?物語の中の人!?」


シスカは必死に姿勢を低くして荷車に捕まっていた。油断したら振り落とされる、そして死ぬ!!たびたび手の力が抜けてふわりと体が浮いて気持ち悪かった。そして、シスカはもはや心の声が隠す余裕も持ち合わせていなかった!

マチルダは、全速力で道路を駆け抜けていく。本当にやめて本当にやめて!!お願い神様俺が悪かったです!!もう二度とパーティに行きたいなんていいませんから!!シスカは泣き叫んだが、


「風が気持ちいいでありますな!!シスカ殿!」


全くマチルダは聞いてくれる様子がなかった。


会場についた頃には、シスカはボロボロになっていた。


「シスカ殿!ついたでありますよ!しっかりするであります」


「だ・・・だれの、だれのせいだと」


マチルダは、パーティ会場の草むらの下にヘルメットと荷車を隠しふらふらのシスカの腕を引いて会場に向かった。


「招待客しか認められません」


当然である、会場入り口に立っている黒服がそういうと、マチルダは敬礼した。


「ジゼル・エヴァ―ルイスのお付きのものであります。少々遅れて申し訳ないのであります」


「あぁ・・・あの」


それを聞いた黒服はただ納得したような反応を示した。


「そちらは?」


そして黒服は、マチルダに抱えられてふらふらしているシスカをちらりと一瞥した。


「お付きであります」


「お付きの者は1人しか入場できないはずですが」


そうなの!?シスカはばっとマチルダを見上げるが、マチルダは依然平然としている。


「私は外で待っているでありますから、シスカ殿一人で行って欲しいであります」


「ちょ、ちょっと、マチルダさん!?」


「この荷物、見ての通りスーツしか入っていないでありますから確認してほしいであります」


焦る俺をよそに、マチルダさんは肩掛けカバンの中身を黒服に見せ、OKをもらって俺に肩掛けカバンを差し出してきた。


「こんなのどうしたらいいんですか?」


「変装道具が入っているでありますよ」


意味がわからなかった。俺に何をさせたいんだこの人は!だが、マチルダは支えていたシスカの腕から手を離し、シスカの耳にぐいっと顔を近づけた。


「お嬢様を、お願いするでありますよ。あっ、くれぐれもお嬢様にバレないように」


「では、どうぞ」


黒服に通されてシスカは焦っていたが、振り向くとマチルダは手を振っていた。その時の切なそうな、悲しいような笑顔を見て、シスカはすっと熱が冷めてしまった。そしてマチルダは、さっさとシスカに背を向けて外に出て行ってしまった。


シスカは、普通の執事服しか来ていないし顔も隠していない。このままでは確実に鉢合わせする。背中を丸めながらそろそろときらびやかな会場へと足を進めていった。

肩掛けカバンがやけに重く感じる。

あのマーベラス学園で首席だったというのに、シスカはすっかり腰が引けてしまっていた。かつてのシスカであれば、背筋が伸びていたかもしれないが今のシスカは努力してきたもの、積み上げてきたものが崩れ去りすっかり自信を失っている。


「あっ、まずい誰か来た」


シスカは、思わず近くにあったトイレに隠れてしまった。


「って何やってんだ俺・・・別に悪いことしてないのに」


大きなため息をついてせっかくなので個室に入って着替えようとシスカは一番奥の個室に入った。

カバンを開けると、クリーニング済みらしいスーツが入っていた。


「なんでこれだけなのにこんなにこのカバンは重いんだよ」


シスカがカバンをゆさゆさ振ると、二重底になっていたらしく金髪のウィッグやら鼻眼鏡やら、サングラスやらワックスやらがしゃがしゃ変装道具が出てきた。


「これで変装しろっていうのか」


シスカは、個室トイレの後ろに肩掛けカバンを隠し、スーツに着替え白い手袋をはめ、金髪にサングラスで個室からでてきた。

だが、いざ自分を鏡で見てみると


「こわっ・・・なんだこれ、俺か?室内なのにサングラスをするのはそもそもどうなんだ。この金髪が悪いのか?でもこれなら黒服の人に紛れて変装できるんじゃ・・・そう思っているのは俺だけで他人から見たら風貌が怪しすぎないか?」


鏡に映ってる自分凄く怖かった。

だが、これで出ていくしかない。シスカがトイレから恐る恐る出ていくと、聞き覚えのある声に呼び止められた。


「悪いわね」


シスカは見覚えのある黒いドレスに黒いレースのついたベールをつけ、白と黒に赤いハートマークのついたトランプのような仮面をした翡翠色の髪の女性に話しかけられた。

完全にジゼルお嬢様じゃないか・・・完全にシスカの心拍数が跳ね上がる。


「は、はい」


精一杯声を低くして誤魔化すが、通じるだろうか。


「これ、落とし物よ。トイレの前の柱の下に落ちていたわ」


ジゼルは、孔雀青に金箔のちりばめられた美しい仮面をシスカに渡した。


「あ、ありがとうございます」


あーもうジゼルお嬢様も見えたしさっさと帰ろう、シスカがそう思いながら震える手で仮面を受け取ると、


「あら、不吉の魔女様じゃない。ごきげんよう」

「パーティはお葬式場じゃなくってよ。今日も不幸をまき散らしていらっしゃるの?」


背後で華やかなドレスに身を包んだ孔雀のように着飾った女たちがくすくすとジゼルを見て笑っていた。


「お父様の好きな色ですものね?黒は、変な虫が寄り付かないように黒を着るように言われているんでしたっけ」

「使用人も不幸にもどんどん辞めていって一人だけなんでしょう?」


「早くどっか行きなさい」


ジゼルは、シスカに小声でそう言った。


「わたしと一緒にいると恥ずかしい思いをするわ」


ジゼルは特にいい返すこともなく、黙って会場の方へと歩いて行った。

シスカは自分の主人がくすくす笑われているというのに何も言い返すことができなかった。それどころか、ジゼルに気を使わせた。


何が人の上に立つ人間になりたい、だ。

シスカは、寂しそうに会場に向かっていくジゼルの後ろ姿を茫然と眺めることしかできなかったのだった。

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