第10話 え?えぇ??

厨房に入ると美味しそうな香りが鼻をくすぐる。

鍋の具材の用意だけじゃなくて、他にも色々と準備してくれたようだ。

でも、この量は……どう見ても四人で食べきれる量じゃない。

「ボビー、誰がこんなに食べるん?」

「心配しなくても、タカシは食べ盛りだし、トシとトモの二人も呼んだから」

「あの二人も呼んだのかよ」

また知らない名前だ。でも、主任に知り合いなら悪い人ではないんだろうな。

……人見知りする方なんだけど、大丈夫かなぁ私。

「高瀬君、心配しなくてもトシもトモも悪いヤツじゃないから大丈夫だよ。……ちょっと変わった連中だとは思うけど」

不安そうな顔してたのかな、主任が心配するように声をかけてくれた。

そういう事ができるなら、肝心な事を話してくれればいいのに……。でも、考えてみると主任の事を私は大して知らない。

昨日、今日と一緒に過ごしているから、色々な面が見えてきてるだけだ。

その姿を見て、今まで以上に主任に惹かれている。

主任は私の事をどう思ってるんだろう?

「高瀬君?」

考え込んでいた私の顔をのぞき込むように主任が私を見つめる。

距離が近い、ほんの少しのゆ……そんな関係じゃない。それにボビーさんも心配そうに見てる。

「すいません、大丈夫です」

「疲れてるなら送るから、無理しないでちゃんと言うんだよ?」

主任の表情から本気で心配してくれてるのがわかる。

「またの機会でもいいから、ホントに無理しちゃダメだよ?」

ボビーさんも心配してくれてる、とても優しい瞳だ。

「大丈夫です、美味しそうな料理まで用意してもらって、なんだか悪くて」

「気にしなくっていいから、俺一人じゃ寂しい晩餐になってたし、ヒデと二人で鍋つつくのもねぇ」

それはホントに嫌って顔だ、思わず笑ってしまった。

「すいません、つい想像しちゃって」

「どんな状況想像したん?」

「俺が、ヒデ、あ~ん。とかやってる姿とみた」

「うわっ、キッツイなぁそれ」

「すいません」

「謝る必……想像してたのね」

「それは酷い、いくらなんでもそんなことはしないぞぅ」

二人して苦笑いを浮かべてる。



『ぼ~びぃ~君!!あ~!そ~!!ぼ~!!!』

外から大きな呼び声が聞こえる。

こんな呼び方、小学校の時はよく聞いたけど……タカシ君は歳よりも大人びた話し方するし、トモさんかトシオさん、かな??


「あの声はトモだな」

「トシのヤツ、仕事早く片づけたみたいだ。扉壊されないうちに開けてくるから、適当に運んどいて」

そういうとボビーさんは厨房から出ていった。

「高瀬君、急に人増えちゃってごめんね。イヤだったらそう言うてくれたらいいからね」

「緊張してるだけで、そういうワケじゃないんです」

「それならいいけど……無理しちゃダメやからね」

「大丈夫ですよ」

「じゃ、食材運ぶから、扉開けてくれるかな」

主任はそう言うと、二階に上がった時とは違う方向の扉を指さす。

「あっちにも部屋があるんですか?」

「元々は料亭やからね。キチンとした客間が向こうにあるんだよ」

「こんな広いのにボビーさん一人暮らしなんですか?」

「しょっちゅういろんな輩が泊まりにきてるからな。寂しいって事はないんちゃんうかな」

「私ならこの厨房で食事の準備してる段階で寂しいですよ」

「ここは客が来た時だけだよ。普段は小さなキッチンが別にあるから、そっちでボビーは調理してるんだよ」

「……なんか庶民には信じられない話です」

「庶民て」

クスクスと主任は笑ってる。

「だって、主任も市内で戸建てに住んでるじゃないですか。一人暮らしの規模の家じゃないですもん」

「一応大きな買い物やったから、将来の家族の事を考えて購入したんやけどなぁ」

「主任、恋人がいるんですか?」

「いや、悲しい事に随分長いこといないんやね、これが。まぁ、なかなかそんな物好きも現れないかなぁとは思うんやけど」

「物好き?」

「この歳で子供達と真剣に遊んでるような人間を好きになる人ってのは、なかなかいないって事さ」

「物好き」

私……物好きなのかなぁ。

「どうしたん?」

「なんでもないです」

そんな話をしていると、ボビーさんに続いて二人の男女が入ってきた。

「ボビー!仕事急いで片づけてきたからお腹ペコペコなんだぞ」

「元々休みだったの仕事させられてたんだろ?」

「俺の力が必要な事件が何時起きるかわかんないやん?」

「なるほど、ポチは24時間体制で勤務したいって事だな。明日にでも課長に伝えておこう」

「これ以上働いたら死ぬ!死んでしまう‼」

「ウチの爺さんと一緒で、ポチは殺したって死なないタイプだから大丈夫だよ」

「相変わらずトモはキツイなぁ」

随分と賑やかな会話だ……でもポチって?

トモさんがポチって……ボビーさんが笑ってる。

トシオさんがポチ?なんで??

「あの……初めまして。林主任にお世話になってる高瀬美亜です。今日は……」

「美亜ちゃんって呼んでいい?可愛いよね、モテるでしょ?なんでヒデ坊なんかと付き合ってるの?」

トモさんに立て続けに質問される。

「!高瀬君とはそういうじゃないんだよ」

また即否定だ。いったいどう思ってくれてるんだろう?

「じゃあ、どういう関係なんだよ?どうせ肝心な気持ちをまだ言ってないんだろ?ヒデ坊は相変わらずの奥手だな。美亜ちゃんみたいな可愛い娘、放っておいちゃダメだぞ」

え?えぇ!?そうなの主任???

「そうだぞ、シュウ!ミャーちゃんみたいな可愛い娘、放っておいたらボビーが惚れるぞ」

ミャーちゃんて……初めて言われたような気がする。うん?ボビーさんに?……素敵な人だとは思うけど、対象外だ。というか、考えてもなかった。

「トシ!なんでそこで俺が出て来るんだ?」

「ボビー、昔から可愛い娘に弱いやん」

「お前らな、高瀬君困ってるだろ?智も敏夫も自己紹介ぐらいしろよ」

会話に入る隙がない。

「ウチは草薙智、そっちのがポチ、ウチの一応……旦那さんやね」

一応と言ってるものの、智さんは幸せそうな笑顔を見せてくれた。

「智!一応てなんや、一応て!ミャーちゃん、ポチじゃなくて敏夫やからね」

敏夫さんに怒ってる様子はない、いつもこんな感じなのかな?

「そうそう、ポチって呼んでいいのはウチだけだからね」

「いや、そういう事じゃないやん」

なんかいいなぁ、こういう感じの会話。

「お前ら二人が仲良しなのはよくわかったから、早く夕飯食べようぜ」

ボビーさん、呆れ返ってるようだ。

痴話喧嘩というか、じゃれてるような感じがする。



「主任、まだ気持ちを言ってくれないだけなんですか?」

つい、囁くように口からこぼれてしまった。

「え??」

「頑張れ!ヒデ坊、美亜ちゃんが気を利かせて質問してくれたんだぞ?ここで答えなかったら、いつ言うんだ」

「そうだシュウ!自分に正直になれ!」

「ヒデ、がんばれ~」

……あんな小さな声だったのに。

でも、三人とも楽しんでるだけのような気がする。

主任の顔がアッという間に赤くなる。

「お前らなぁ。鍋煮詰まっちゃうだろ?」

「ボビーに鍋は任せた!ヒデ坊、何年の付き合いだと思ってるんだ?お前が美亜ちゃんを見る時の視線、それだけでお前の気持ちなんてお見通しだ!」

「そうだぞ、シュウ。刑事の眼力をなめてもらっちゃ困る」

そうなの?私全然気付かなかったんですけど?

なんだか話がどんどん進んでいくような気がする。

「ミャーちゃんもミャーちゃんだ!シュウみたいなヤツにはガンガン気持ちぶつけないとわかんないんだぞ」

「え?えぇ??」

私の気持ちもわかってるって事なの???

「お前らなぁ、悪ノリするのはいい加減にしろ!智も敏夫もお互いの気持ちにずっと気付いてなかっただろうが!お前ら二人のじれったい関係を一体何年見てたと思ってるんだ?ボビーと二人でどんだけヤキモキしたことか」

怒ったのかな?でも……真剣な顔してる主任って、やっぱり格好良いよなぁ。

「あ~!!それは言っちゃいけない事だぞぅシュウ!」

「トップシークレットだぞヒデ坊!」

「何がトップシークレットだ」

「自分たちの事はなかなか気付かないものって事だよ」

「ヒデ坊、ちゃんと美亜ちゃんの質問には答えてあげなよ。ウチら帰ってからでもいいからさ」

「お前らなぁ」

答えてくれないのかなぁ。

「ヒデが困ってるだろ?そのくらいで勘弁してやれよ。それに、せっかくの鍋がホントに煮詰まっちゃうぞ」

「それはまずい、続きは食べてからって事にしやう!いただきま~す!!」

智さんのその声で、どうやらこの話題は一時中断になってしまったようだ。



主任達四人は高校の頃からの友人で、久しぶりに四人集まったのか昔話で盛り上がってる。

おかげで、普段なら聞くことの出来ないような、主任の話がたくさんでてきた。

主任は、特に目立った生徒ではなかったらしい、それがこの三人に巻き込まれるような形で、というか、たぶん素の主任は三人と似てるんだと思う。

生徒会長をやってた。というか、やらされてたらしい。

三人は主任が立候補したから、選挙戦を全力で応援したと言うけど、主任は三人にはめられたと言ってる。

でも、信頼しあってるんだろうな。

四人の会話から、それはすぐにわかった。

四人が集まるのは、智さんと敏夫さんの結婚式以来なのだそうだ。

自然と二人の話になっていく。

二人は会話してる姿からは想像もつかないが、刑事さんなんだそうだ。

智さんは、敏夫さんがムチャばっかりするから困ってると言うし、敏夫さんは、智さんの方が放っておいたら危険だからお目付役で刑事をやってると言ってる。

口ではお互いヒドイ事も言ってるけど、お互いがお互いを信用してるんだろうな。


職場でもコンビを組んでるようで、四六時中一緒にいるみたいなのに、そんなのはまったく苦にならないみたいだ。

なんだか羨ましく思ってしまう。

こんな関係っていいなぁ。ポチって呼ぶのはどうかと思うけど。

でも明日からは引き継ぎもあるから、勤務中も二人でいる時間が増えるのか……主任、どう思ってくれてるんだろう??

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