第7話 ずるい

見慣れた景色が広がる……あれ?主任の家の近所だ。

「主任、何処に向かってるんですか?」

「とりあえず、車置きに僕の家だよ。駐車場ないんだもん、アイツんトコ」

「路駐できないんですか?」

あんまり良くはないけど。

「道路幅狭いからね。そんなに距離ないから大丈夫だよ」

とは言われたものの、昨日オモチャ屋さんから歩いて帰るのも大した距離じゃないって言ってたよなぁ……ヒールじゃなくてよかった。

「どのくらいかかるんですか?」

「うん?あぁ大丈夫だよ、家から徒歩五分もかからないから」

「近所じゃないですか」

「言われてみればそうやねぇ」

「用事が済んでから、時間があったら昨日の対戦の続きをしてもらえませんか?」

「すっかりハマってくれたみたいやね。喜んで相手させてもらうよ」

本当に嬉しそうな笑顔だ。

そんな顔を見たら、こっちまで嬉しくなってしまう。

「昨日の続きですからね」

「それじゃ、早いトコ済まさないとね。さて、向かいますか」

主任は駐車場に車を停めると、私の横を並んで歩き出した。



「私の事気にしないで、ちゃんと用事済ませてくださいね」

「大丈夫大丈夫、すぐに用事は済むから」

「主任……昨日教えてもらったHP早速見たんですけど」

「何かわからない事あった?」

「どんなのかなぁと思って開いただけなんですけど、記事で」

「あぁ~、気付いちゃった?」

「やっぱり主任なんですよね?先月有給取ってたのも、大会に参加してたからなんですか?」

「そうそう、久しぶりのグランプリだったからねぇ。本戦前のイベントに参加したくてね。所長に話したら、簡単に有給くれたし」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。所長も知ってるんですか?」

「うん、課長も知ってるよ。嘘ついて参加したないしね」

当然でしょ?って言わんばかりだ。

「なんかズルイです」

「ズルイ?あ、別に口止めしてもらってるワケやないよ。プライベートの事やから、理由一々みんなに話す必要ないやろ?賞金もらったから焼き肉御馳走はしたけど」

「焼き肉食べに行ったんですか!」

「わかったわかった。高瀬君にも御馳走するから」

「そういうつもりで言ったんじゃないです。所長も課長も何考えてるかよくわかんないんですもん、主任とは昨日今日で随分会話してるけど」

「あの二人は、営業所できた当時からのコンビやからねぇ。あんまり会話しなくても意志の疎通がうまくいってるみたいやね。家族ぐるみの付き合いしてるし」

「そうなんですか?課長派、所長派があるって聞きましたよ」

「そんなんないない。小さな営業所なのに、そんなんあるわけないやん。所長、むっちゃ家族優先やし、課長は猫と奥さんさえいればいいって感じやし。あの二人、昇進とか権力とかから一番ほど遠い場所にいるよ」

そう言いながらケタケタ笑ってる。

「噂なんてあてにならないって事ですね」

主任こんな人だなんて誰も知らないし。

「そういう事やね。さ、ココが目的地だよ」

主任に言われて見てみると、そこには古くからある日本家屋が見える。

手入れがしっかりされてるらしく、古びた様子はないんだけど……この看板って屋号なのかな?

入り口にかかっている看板には『骨董全般 ぼびぃの店』と墨で書かれている。

「怪しくないですか?ココ?」

「一見の客は滅多に来ないみたいやからね」

「商売成り立つんですか、そんなんで」

「ちゃんとご飯食べれてるみたいやからえぇんちゃうかな」

そう言いながら扉の前に立つ。

自動ドアだ!どう見てもそんな風には見えなかったのに。

「ボビー、頼まれたの持ってきたぞ~」

店に入ると同時に主任は奥に声をかけた。

店内は明るい、どうみても外観からは想像もつかない内装だよね、コレ。

店内は博物館の展示室のように空調もしっかりしている。

骨董屋からのイメージとはまったく違う、清潔感の溢れる店内だ。

ただ、客の姿は……やっぱりいない。

「主任……看板付け替えたら、もっとはやるような気がするんですけど…」

「ボビーは仕事する気ないからいいんよ。店主都合ですぐ閉店にするし」

「ヒデ!例のモン手に入ったのか‼って、その横のお嬢さんは誰?ヒデの彼女?マジか?大変だ明日は雪とか嵐になるぞ!」

ボビーさんて、どう見ても日本人だよね?

名前からハーフなのかなとも思ったけど、どう見ても日本人だ。

「ボビー、やかましいよ。こちらは俺の同僚の高瀬美亜さんだ。高瀬君、コイツがボビー、本名は」

「なんだ彼女じゃないのかよ。俺はボビー、本名は捨てた。高瀬さん、彼氏いるの?立候補していい?」

「あ、あの」

「却下だ。智の事はどうしたんだよ?」

「お前ソレを言うのか?俺がこないだまで傷心の旅に出てたの知ってるだろ?」

「アレはそんな大それた旅だったのか?毎日、メールしてきてたじゃねぇかよ」

「一人旅って寂しいやん?」

「傷心の旅ってのは、そんなもんだろ?お前ときたら、毎日旅館の飯は豪勢だけど一人で寂しいだの、温泉最高だの、しょうもないメールばっかよこしやがって」

「そうだっけ?」

「あの、高瀬です」

やっとお辞儀する事ができた。

「高瀬君、いい、いい。そんなんしなくて所詮ボビーやから」

「ヒデ、それはヒドイぞ。ま、そんなんどうでもいいか。例のは?」

「コイツだろ?」

そう言って主任はボビーさんに手提げ袋を渡す。中から出てきたのはマンガだ。

「やった!ベルバラやっと読める♪しかも番外編まで‼さすがヒデ」

『ベルサイユのバラ』だ…それも愛蔵版って書いてある。

重たそうに車から持ってきた袋の中身が……ベルバラ?

「ボビーさん……私も持ってますよ、ソレ」

「えっ!?マジ?あ、内容は言わないでくれよ。傷心旅行中に宝塚観てね。読みたくて読みたくて」

本当に嬉しそうだ。

「そうそう、ボビー、高瀬君はマジックプレイヤーだ」

「はぁ?高瀬さんマジ?マジなの?」

「始めたばかりですけど、面白いですよ」

どうしたんだろう?

「……まさか本当に女性デュエリストを連れてくるとはなぁ。ヒデ、ちょっと待ってろよ」

ボビーさんはそう言うと店の奥へと姿を消した。

「主任、ボビーさんて日本人ですよね?」

「アイツ?生粋の日本人だよ。本名で呼ばれるの嫌うんだよ、別に普通の名前なのにな」

「名前捨てたって言ってましたけど」

「家出してるんよ、アイツ。古い家だからね、何かと大変みたいだよ」

「でもこの建物、場所考えても結構しますよね?」

「大丈夫だよ、趣味でやってるんだから、ココ」

「そうなんですか?」

店内の商品は素人目には素晴らしい品ばかりだと思うんだけど……。

「約束だ、ヒデ。コレ持ってっていいぞ」

奥から戻ってきたボビーさんの手には古ぼけたランプが握られていた。

千一夜物語に出てきそうなランプだ。

「コレがアラジンのランプかぁ」

子供のような目でランプを主任は見つめてる。

「アラジンのランプ?」

「高瀬さん、知らないの?魔神が出てくるアレだよ」

ボビーさんも楽しそうだ。

「ま、まさかぁ」

胡散臭い。

「コレは高瀬さんにあげるよ」

ボビーさんが差し出したのは、綺麗な水晶玉だった。

「こ、コレは?」

「ヒデと約束してたんだよ。女性のデュエリスト連れてきたら、その子にもプレゼントをあげるってね」

「でも……」

「その水晶は未来を見る事ができる水晶なんだぜ」

「そうだったのか、ボビー?」

主任は興味津々といった様子だ。

でも……のぞき込んでも何も見えない。自分の顔が映るだけだ。

「ところでさ、ボビー、こすっても魔神が出てこないんやけど?」

「あぁ、そりゃそうだよ」

「偽物か?」

「この骨董ぼびぃの店に置いてある物は全部本物だぞ!ソレは魔神が引っ越しちまっただけだ」

「……」

「ボビーさん、のぞき込んでも何も見えないんですけど…」

「そりゃ簡単には見えないよ。聖人と呼ばれるぐらいまで魔力を高めないと」

「……」

「……」

「なんだよ、二人してそんな目で見るなよぉ、テレるじゃん」

本気なのかしら、もしかして。

「ボビー、魔神の入居者ってどうやって募集するんだ?」

「……本気なんですか、主任?」

「わかった、高瀬さんには、とっておきの魔術のスペシャリストを紹介してやるよ♪」

「ボビー、魔神は?」

「悪いが顔の広い俺でも、魔界に知り合いはいない」胸を張ってボビーさんが答える。

どこまで本気で喋ってるんだろう、この二人。

ダメだ、笑いが止まらない。

「高瀬君どうしたの?」

「だって……漫才してるみたいなんだもん」

「失礼な、トシとトモの二人ならともかく、俺とヒデの会話は普通だ」

「ボビー、違う。俺だけがまともなんだ。お前らが喋り出すと会話がそもそも成立しない」

そう言う主任は真顔なんだけど……ダメ、ツボにはまった。

笑い止まんないよ。

「ほら見ろ、高瀬さんが笑ってるじゃんか。信用されてないぞ、ヒデ」

「そうなん、高瀬君?」

「笑いすぎてお腹痛い」

「タカシのクレープに当たったんだな」

「違いますよ」もう主任ピンピンしてるクセに。

「2人して食べてきたのかよ?」

「あぁ、いい味してたぞ。ずいぶんと行列できてたしな」

「当たり前だろ?あのレシピ考えたの俺だぞ」

「そりゃまぁ、そうなんだろうけど、タカシの商才あってのモノだと思うぞ」

「あのクレープのレシピ、ボビーさんが考えたんですか?」

「そうだよ、生地からして他の店とは違う。焼き方からみっちり教えてやったんだから」

「骨董屋さんですよね?」

「趣味がお菓子作りだからね。奥見てみる?」

「奥?でもお店空っぽになるじゃないですか」

「じゃ、今日はもう閉店にしよう」

ボビーさんはそう言うと、『本日も営業は終了しました』って書いてある札を表に出しに行った。

扉の鍵もかけてる。

「いいんですか、主任?」

「気にしなくていいよ、店閉めたい口実欲しいだけだから」

利益出てるのかなぁ。

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