第6話 え、え~と…
駐車場からそのまま地下街へと向かう。
「主任、どの辺なんですか?」
「実は、あんまり地下街って詳しくないんよね」
そういえば、主任はさっきから辺りをキョロキョロと見回してる。
「主任が見つけたんじゃないんですか?」
「いや、タカシに聞いたんよ。地下街は方向感覚が狂うんでね、どうも好きになれないんだよねぇ」
「大丈夫なんですか?」
実は私も地下街は苦手だったりする。二人揃って迷子になったりすると…タカシ君達に笑われそうだ。
「うん、確かこの先に…あ、あったあった。甘い香りもしてるしね」
主任が指さす方には随分と長い行列ができてる。並んでるのは、女子高生や若い女性ばかりだ。
「主任1人で並ぶのはちょっと恥ずかしいですね、さすがに」
「だよね?高瀬君誘って正解だったよ。日曜だからだろうけど、凄い人数やね。1人じゃ退屈やし」
「…退屈じゃなかったら並べるんですか?」
暇つぶしの相手なの?微妙に腹立つ発言が多いんだよなぁ。
「いや、さすがにこの人数だと並べないかなぁ、視線が多少は気になるし」
最後尾に着いて十分もしないうちに、後ろに数人並んでる。
人気店なんだろうな。
「こんなに行列できてるって事は、雑誌とかでも紹介されてるんでしょうね」
「どうだろうね、オープンして一ヶ月近くになるし、もう少し寂れてから来れば良かったかなぁ」
「寂れてって」
「雑誌掲載とかオープン直後ってそうじゃなくてもお客さん多いからねぇ…ま、高瀬君と来れたからいっか」
・・・どういう意味で受け取ったらいいのかな?
「そういえば、主任って彼女いないんですか?」
「いないねぇ、こんなチャランポランな人間に付き合う物好きはそうそういないし」
「全然ですか?」
「そりゃこの歳やからねえ、それなりに交際経験はあるけど…もしかするとタカシのが経験値高いかもしれないねぇ」
「主任、黙っててどんな人かわからないからですよ」
「う~ん、喋らない方がいいって言われるんやけどなぁ」
「そんな事言われたんですか?」
「昔ね、ふられた時に『なんか違う』って言われてさぁ」
「わかるような気がする」
きっとそんなに親しくならないで付き合い始めたらそうなるだろうなぁ。
「なんか違う言われてもねぇ。何がどう違うん?みたいな感じになるやん?何が違ってたんやろうねぇ」
「主任、会話らしい会話しました?勘違いされたまま交際してたんじゃないです?」
「勘違い?」
「主任、社内じゃ恐い人間って思われてるの知ってますか?」
「マジ?」
「大マジですよ」
「…何で?」
「どんな人かよくわからないからですよ」
「なんかみんなに避けられてた気がするんやけどねぇ」
「そういう空気を主任が作ってたからですよ」
「作ったかなぁ」
そんな会話をしてるうちに列は進んでいく、客の回転が早い。
テイクアウト専門のようだけど、店員の手際がいいんだろうな。
「主任は何にするんですか?」
「う~ん、難しい問題やねぇ…店員さんイチオシのにしよっかな」
そう言うと主任はイタズラっぽく微笑んだ。
「後ろ待たせちゃ悪いですよ、そんな注文して」
「あ!!秀兄ぃ来たの?」
この声は…タカシ君だ。
「こんにちは」
「高瀬さん…ま、まさかとは思うけど…でえと?」
「そんな話はまた今度な、せっかく来たんだからタカシのオススメを二つな」
あれ?否定しない…どうしてだろ?
「タカシ君、バイトなの?」
「ううん、ここ俺の店だもん」
「??え、え~と、ご両親がやってるのかな?」
「違うよ、店長だもん、俺」
誇らしげに胸を張ってみせるタカシ君は…高校生じゃなかったの?
「主任、知ってたんですか?」
「来い来い、うるさいんだよ、コイツ。そうまでして売り上げ伸ばしたいのか、タカシ?」
クスクス笑ってる…なんか騙された気分だ。
「秀兄ぃ、店閉めたら遊びに行っていい?」
「今日か?この後ちょっと寄り道するからな…終わったらメールしてくれよ。そん時の都合かな」
「了解♪はい、本日のオススメ二つ、お待たせしました」
「ほい。タカシ頑張ってな」
クレープを受け取り支払いを済ますと、主任は近くの壁際を指さす。
クレープを買ったお客さんが、壁際で美味しそうに食べてる姿が見える。
「高瀬君、勝手に注文しちゃってゴメンね」
「タカシ君が働いてたのにビックリしちゃって、メニュー見る余裕ありませんでしたから」
「さ、食べて食べて♪」
主任からクレープを受け取ると、一口食べてみる。
「美味しいです♪甘すぎないからフルーツの味もしっかり味わえるし」
「うんうん、タカシしっかり作ってるな」
って、主任、人の話聞いてない…口の端に生クリームつけて、半分ぐらい食べ終わってる。
「主任、クリームついてますよ」
「うん?どこ?」
「口のトコですよ」
自分の口を指さして、ついてる辺りを指し示す。子供と変わんないな、コレじゃ。
「あ、本当だ。うむうむ、生クリームもいい感じで仕上げてあるな」
「でも、タカシ君って高校生じゃなかったんですね」
「アイツ?定時制通ってるんよ。今は春休みってヤツやね。学生の特権だよねぇ、夏休みに冬休み、春休み…なんで秋休みはないんだ!って悩んでる子供は今もきっといるんやろうねぇ」
一人頷くとクレープをアッという間に完食してしまった。
「悩んでる子はいないと思うんですけど。…今度会社の子と来てもいいですか?」
「この店かい?別に構わないよ。随分と人気も出てるみたいやし、その内雑誌とかに紹介されるんじゃないかな」
「タカシ君いたら、主任と一緒じゃないの?って言われたりして」
「う~ん、僕は構わないけど、高瀬君のデートの相手に悪いからなぁ…タカシに俺の事は言わないように言うとくよ」
「女の子と来るからデートにはならないんですけどね」
自分で言ってて、なんか悲しくなってくるなぁ。
「どっちにせよ。変な噂立ったら困るだろうからねぇ」
それはどういう意味での困ったなんだろう?
「私は別に困りませんよ。主任は困りますか?」
ちょっと意地悪な質問かもしれない。でも…主任の本音も聞いてみたい。
「アハハハ、高瀬君、またからかってるでしょ?そういう冗談は本気にしちゃうからアカンって」
「別に本気にしてくれてもいいのに…」
ため息と共にそんな言葉がこぼれる。
「え?何?」
雑踏につぶやきはかき消されたようだ。
「主任って…そういえば、どこか寄り道って、さっき言ってましたよね?時間大丈夫なんですか?」
「約束してあるワケじゃないからね。時間あるなら高瀬君も一緒に行くかい?」
「邪魔にならないなら…って、いいんですか?」
マズイよなぁ、着いてっちゃ。
「全然構わないよ。それに…うん、高瀬君着いてくるだけでお値打ち品をもらえるから」
「お値打ち品?」
「ちょっとした約束事があってね。いらないなら売るなり捨てるなりしていいから」
「???何がもらえるんですか?」
「何くれのかは聞いてないから、行ってからのお楽しみにしとこう」
そう言うとニヤニヤ楽しそうに笑ってる。
どっちかって言うと、子供がイタズラする時の顔かもしれない。
「そうだ。主任クレープのお金」
「いいよ、付き合ってもらったおかげで、タカシの自信作も食べれたしね」
タカシ君のお店の行列はまだ途切れる様子がない。
店の様子を見つめる主任の顔はとても優しい、嬉しそうな笑顔だ。
こういう笑顔、会社でも見せたらいいのにな。
でも、怖そうと思われてるけど、主任の人気って結構高いんだよね。私だけ知ってる方がいいかも♪
「ご馳走様でした」
クレープって久しぶりだったけど…今までので一番美味しかったな。
「じゃ、寄り道に付き合ってもらうかな」
主任と一緒に駐車場へと歩き出す。
「遠いんですか?」
「話好きだから、捕まると帰れなくなるんだよ」
「私、本当に邪魔じゃないですか?」
主任の知人とかに会うのって緊張するし、邪魔にならないか不安でもある。
「大丈夫大丈夫、気ぃ使わなくていいから安心して」
「誰かに会うんですよね?緊張しますよ」
「たぶん緊張とかすぐに吹き飛ぶから大丈夫だよ。高校時代の友人なんやけど…さっき話したポチもやけどね。緊張とか気を使う必要まったくないから」
「緊張はすると思うんですけど。それに私、結構人見知りなんですよ」
「ま、構えないでいてくれたらえぇよ。ベルトちゃんと締めてね」
「ちゃんと締めましたよ」
私の返事を待っていたように車は走り出した。
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