第5話 遊んでるの?

寝ようと思って、電話を切ったものの、シャワーを浴びたり、着ていく服を選んだりして結局遅くまで寝付けないでいた。

・・・もしかしなくてもドキドキしてるって事だよね?

なんであんな電話しちゃったかなぁ、どうすんのさ?

うん?答えてみなよ、美亜?

自問自答すればするほど、眠れない。

うぅ…にゃ~!

って騒いでも仕方ないか…寝不足の顔で会うのはもっとヤダよなぁ。

無理矢理でも寝ないと…ふと窓を見ると明るくなってきてる。

寝よ、寝るぞ、寝るったら寝る!

目をつぶると布団にもぐりこんだ。




ピピピピピ ピピピピピ…

う、うぅん、もうこんな時間かぁ…目覚ましを止めて洗面に向かう。

鏡に映る自分はずいぶんと眠たそうだ。

数時間しか寝てないもんなぁ…かと言って自分から誘っておいて遅刻なんかできないしなぁ。

布団に戻りたい衝動を押さえつつ、遅めの朝食の準備をはじめる。



家を余裕で出発できるハズだったんだけど、ビギナーズガイドを読み始めたら、ギリギリの時間になってしまった。

恋するマジックは本当に少女漫画みたいな展開でビックリしてしまった。

あぁいう展開が実際にあったりするのかなぁ、ってこんな時間だ。

誘っておいて遅刻だなんて…嫌われ…いや、そんなんじゃないけど…急がなきゃ。

走って行きたいトコだけど、慌てて出てきたと思われるのも嫌だったので、早足で四賀公園に向かう。


遅れなかったものの、着いたのは約束の数分前だった。

主任の家の前に止まってた1BOXが見える。

あれ?主任の姿がない。

とりあえず、着いたってメールを…。

「秀さん、いくよ~!!」

「いいぞ~」

・・・今のって、主任の声だったよね?

?子供の声もしたけど…???

声がした方にあるのはちょっとした広場だ。

中学生ぐらいの男の子とキャッチボールしてるのは間違いなく、林主任だった。

「主任!」

「へ?」

「秀さん危ない!!」

私の声に気を取られた主任の頭にボールが直撃した。

「痛ぁ~。高瀬君、もうそんな時間?」

頭を押さえながら、主任は時計を確認してる。

「主任大丈夫ですか?」

「そんなに勢いある球じゃなかったしね」

「秀さん、大丈夫?」

心配そうに主任を見つめる男の子は、昨日お店にいたジュンと呼ばれてた子だ。

「大丈夫大丈夫…ちょっとは痛いけど、ま、大した事ないさ。ほら、そんな心配しなくても大丈夫だよ。ジュンが投げた球がプロ野球選手並みの球威があるなら話は別やけどな」そんな軽口を叩いてる。

どうやら、本当に大した事はないようだ。

「お姉さん…秀さんとデートなの?」

好奇心満々のキラキラした目で私を見つめる。

何て答えよう…悪戯心が胸をよぎる。

「ジュン、俺がデートするような格好してるか?クレープ食べに行くんだよ、俺だけじゃ並ぶのキツイやん?」

また、即否定だ。…なんか腹立つんだよなぁ、そんなに早く否定されると…。

「つまんないの」

小さな声だけど、つい呟いてしまった。聞こえてない…よね?

「つまんないのぉ!秀さんからかう口実が増えると思ったのになぁ」

「あのなぁ。大人からかうような子供はろくな大人にならないぞ?」

「秀さんに教師からかう手口いっぱい聞いた記憶あるんだけど?」

「気のせいやろ?」

友達同士の会話にしか聞こえない。本当に仲良くしてるんだろうな。

「ジュン、キャッチボールはまたな」

「また暇な時に相手したげるよ」

「こうみえて僕ぁ忙しい人間やからなぁ」

「遊びで?」

「そうそう、猫に手ぇ貸してやりたいくらい忙しいしな」

笑いがこみ上げてくる。

「バカな事言うてるから、高瀬君笑ってるやないか」

「秀さんだろ?いつもそんなん言ってるの!」

「そうやっけ?おっかしいなぁ」

普段の主任って、会社での威圧感みたいなの全然ないんだなぁ。

「高瀬君、ちょっと待ってな。顔洗ってくるから」

そう言うと主任は、ベンチに置いてあったタオル片手に水飲み場に走っていった。


「ジュン君、主任っていつもあんななの?」

「え?会社では違うの?」

「正反対だもの、凄い恐い上司だと思われてるわ」

「マジで?」

「うん、マジで」

学生の頃みたいだな、こんな感じの会話って。

「ふ~ん、そうなんだ。あのさ・・・お姉さん、秀さん好きでしょ?」

「な、なんで?」

なんでドモってるのよ。

「さっき、つまんないってぼやいてたからさ」

どうやら、ジュン君には聞こえていたようだ。

「聞こえた?」

「うん、バッチリこの耳で聞いた」

両耳をつまんで見せる。

「あんな風に即否定されたらさ。ちょっと面白くないでしょ?」

「そうかなぁ?」

「そうなんだって。ジュン君にはまだ、この微妙な乙女心はわからないかもしれないわね」

そう言って誤魔化してはみたものの…好き、なのかぁ??

「タカシ兄ちゃんが言ってたけど、秀さん、ムッチャ鈍感だからね。お姉さんがもし、秀さん好きなら覚悟した方がいいと思うよ。鈍感だけど、何考えてるかサッパリわからないんだから」

「サッパリわからないかぁ…確かにそうだよね」

「じゃ、僕も春休み講習あるから帰るね」

そう言うとジュン君は帰っていった。



「あれ、ジュンは?」

「講習あるからって帰りましたよ」

「講習?…あいつ塾とか習い事なにもしてないんやけどなぁ。中学って補習ないよね?」

「ないハズですけどねぇ」

・・・気を使ってもらってるのかな?それも中学生に?なんだかおかしくなってきた。

「なんで高瀬君笑ってるん?」

「何でもないですよ。今の中学生は侮れないなって思っただけです」

「何かおかしな事でもジュンが言ったのかい?」

「主任て…何でもないですよ」

・・・聞こえてなかったんだ。まぁ聞こえてても気付いてなさそうだけどね、この調子だと。

「一緒に食べに行くか先に聞いとけばよかったなぁ」

このセリフを読んでたんだな、きっと。

「だから、何で高瀬君笑うのさ?」

「何でもないですよ。さ、主任クレープクレープ♪」

「何か腑に落ちないんやけどなぁ。待たせてゴメンね」

「いいですよ。時間ギリギリで着いたの私の方ですから。主任って…」

「道混み始めると遅くなるから、話は車走らせながらにしよ。な?」

そう言われて時計を見ると二時を随分と過ぎている。

「は~い」

グローブを手に駐車場に向かう主任の横に並ぶ。

「それと高瀬君、主任はやめて」

「ダメですか?」

「会社以外で主任って呼ばれるのもねぇ?呼び捨てでも何でもえぇから、高瀬君の好きなように呼んでくれると有り難いな。あっ、奴隷とかご主人様とかポチとか、そんなん無しやからね?」

「なんでご主人様とかポチなんてのが出てくるんですか?」

「いや、友人にポチって呼ばれてるヤツがな」

「マジで?」

あっ、しまった。…まずいよなぁ。

「マジもマジ、大まじめな話やって。助手席、シートとか位置好きに直していいからね」

主任は気にもとめてないようだ。

「どこで直すんですか?」

「うん?あ、ココ、ココ」

そう言うと主任は自分のシートの横を指す。

同じ場所にレバーがあった。

「直したら、ちゃんとベルト締めてね」

私がベルトをしたのを確認すると、主任は車をスタートさせた。

「主任…林さん?は…なんか違和感が凄いあるんですけど」

急に名字で呼ぶのも変な感じだし、子供達のように秀さんとは、やっぱり呼べない。

「う~ん、やっぱり呼びにくいかなぁ。じゃ、大きな声で主任って呼ぶのは勘弁してね」

「さっきの大丈夫ですか?それと…主任、休みの日はいつも遊んでるんですか?」

「さっきの?あぁ、ボールが当たったのなら大丈夫だよ。この車だからねぇ、遊びにはいつでも行けるしね、バーベキューのセットとか、グローブに大小のボールやらバトミントンのセットやら…何か問題でも?」

「昨日も話しましたけど、今までの会社の姿からは想像もつかないんですもの」

「あいつらに何処か連れてけって言われるんだよ。最初は近場でバーベキューやるぐらいやったんやけどねぇ。あ、ちゃんと親御さんの了解は得てるからね。全額自腹切るのはさすがにキツイしな」

「主任…遊んでばっかりなんです?」

「そんな事ないさ。ちゃんと大会にも参加してるし、デッキ構築したり、カード整理したり…」

「遊びばっかじゃないですか」

「休日に仕事なんかしたくないやんか。勤務中以外は仕事は一切しません。ってか、したないしな」

「なんか休みの日でも資料作成したりしてると思ってたんですけど…」

「社外秘の資料とか持ち出ししたないし、会社で作成した方が早いからね。必要な時はしゃあないから残業してるんやし、帰ってまでそんなんしないよ」

帰ってから仕事だなんて信じられないって顔だ。

「でも、持ち帰りしてる人もいるみたいですよ?」

「…なんて言うかなぁ。効率よく仕事できてないんちゃうか、仕事量がキャパオーバーしてるんちゃんかな?僕は有り難い事に優秀な上司と部下に囲まれてるからねぇ、課長もそうやけど、営業二課ってほとんど残業してないやろ?」

言われてみればそうかもしれない。月末や決算月に多少バタバタするぐらいで、残業なんかほとんどした記憶がない。

「効率いいのかなぁ」

「みんな協力しあって仕事早く片づけるようにしてるやろ?誰かしかできない仕事ってのを極力作らないようにしてきたからなんだよ。って、課長が昔、今の所長にそう教育されたからみたいだけどね」

所長…あの人が一番わからないんだよなぁ。

「すいません、仕事の話になっちゃって」

「いや、いいよ。普段こういう話を僕がしてないのも原因なんやからね。さて、お店に駐車場ないから、ここの駐車場に入れて行きますかね」

話し込んでるうちに、中村区に入っていたようだ。

地下駐車場からそのまま地下街へ出ると、クレープ屋さんへと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る