第2話 えっ?

「こいつの出番がようやくきたね、秀さん」

店員さんは楽しそうな顔で、主任に商品を手渡した。


「コレはスターターセットっていう古の入門セットになるんだけどね」小さな箱の中からカードや説明書らしきモノを取り出すと、主任はゲームの説明をし始めた。

説明からわかったのは、このカードゲームは『マジックザギャザリング』というゲームだという事。

世界中で販売されていて、毎日のように世界のどこかで大会が開かれているという事。

そして、プロツアーと呼ばれる大会では多額の賞金まで出ているという事。

子供の遊びだと思っていた私には、ビックリする事だらけだった。

主任も何度か大きな大会に参加しているんだそうだ。

「いろんなモノが入ってるんですね」

「うん、入門セットだからね。ゲームに必要なモノはほとんど入ってるよ。ただし、基本セットの一部しか、このセットには入ってないから、ゲームの流れを知る為のモノだと思った方がいいかな。それにコレ随分古い物だから、今のフォーマットでは使えないカードも多いんだ」セットの中身を確認しながら主任は続ける。

「フォーマット?」

「長く販売されてるゲームだから、あまり古いカードは使えないルールもあるんだよ。ま、仲間内で遊ぶならその辺りはあまり気にしなくてもいいよ。今はウェルカムデッキって無料で配布されてるのもあるんだけど、遊びながらルール覚えるならこっちの方がいいかな。遊んでみて興味が持てそうならウェルカムデッキ貰って帰るといいよ。このお店に大量にあるから」

「色々あるんですね」

「この二つのデッキ…ゲームするのに本当なら自分でデッキと呼ばれるカードの組み合わせを作るんだけどね。とりあえず、このガイドにそってゲームをしてみよう。どっちがいいかな?」主任の手には、金デッキ、銀デッキと書かれたシールが貼られパッキングされたカードの束がある。

「どっちでもいいんですよね?」

「あぁ、構わないよ。好きな方を選んで」

「じゃ、銀デッキの方を使います」主任から銀デッキを受け取るとフィルムからカードを取り出す。

「そのまま、裏向きにして、テーブルの上に置いてもらえるかな」

「このままでいいんですか?」

「そういう入門セットだからね、7ターン目まではお互い、このガイド本の通りにプレイして、ゲームの流れを覚えるんだよ」2冊あるガイド本のうち、銀デッキプレーヤー用と書かれたモノを渡された。

主任は金デッキを同じようにテーブルに置くと、ルールの説明を簡単にしてくれた。

マジックの勝利条件は基本的には2つ、相手のライフを0点にするか、ライブラリーと呼ばれる山札を0枚にして、カードを引けなくしてしまう事。

この二つなんだそうだ。他にもカードの効果で勝利してしまう事もあるそうだけど、基本セットにはないから気にしなくていいそうだ。

「じゃ、この本に書いてあるとおりにプレイしていこう。わからないことだらけだと思うから、そこでニヤニヤ笑ってるタカシにわかんない事は説明してもらおう」

「2人の時間を邪魔しちゃ悪いじゃんか」と言いながら、タカシ君は楽しそうだ。

「タカシ君教えてくれるかな?」

「あんまり上手く説明できないかもしんないけど、いい?」

「何赤くなってんだよ、お前は」

「秀兄だってさっき真っ赤になってたじゃんか!」

仲の良い兄弟のようにしか見えない、会社でももう少し明るく振る舞えばいいのになぁ。

「お前らと遊んでる姿を見られて恥ずかしかったからだよ。さて、はじめてみようか?」

「はい」

とりあえず7枚のカードをお互いに引く。・・・どんな風に遊ぶんだろう?

ガイドを読んでみる。

とりあえず基本地形とよばれる土地カードをプレイする。

「お姉さん、とりあえずは本の通りにやってみて。で、わからないことは聞いてくれたらいいからね」

「うん、ありがとう」とはいうものの、わからない事だらけだ。

救いはこのスターターセットが日本語で書かれてるって事かもしれない。

マジックザギャザリングはアメリカの『ウィザーズコースト社』が販売している為、英語が主流になってる。

世界各国で販売されてるので、今は11ヶ国語に翻訳されてるのだそうだ。

その中には当然日本語も含まれてるワケで・・・そんな事を主任は楽しそうに話してる。

会社とは表情が全然違う。

もちろん、勤務中の姿しか今日までは知らなかったんだけど…。

表情豊かでどう考えても、こっちの主任の方が好感が持てる。

会社での主任は…厳しいというか、話しかけにくいんだよね。

親しくなれない空気をまとってるって感じなのかもしれない。



「高瀬君、どうやった?」勝負は僅差で主任の勝ちだった。

「…主任、もう一回やりましょう!」

「高瀬君て、結構負けず嫌い?」楽しそうに主任が見つめる。

「だって、あと少しで勝てそうだったじゃないですか!もう1回やったら主任に勝てそうな気がするんですよ。ね、主任、もう1回」

「時間遅くなってしまうけどいいのかい?」そう言って時計を指差す。

「小さな子供じゃないんですから大丈夫です!さ、主任もう1回やりますよ」

本当に僅差だった、1-1で迎えた3セット目、私は3ターン目に攻撃しないで、ターンエンドと言ってしまった

あそこで攻撃してたら、あのセットは取れてた。

・・・思い出すだけでも悔しい。

「お姉さん、ムキになってるでしょ?」

「負けたまま帰るなんて悔しいじゃない」

「秀兄とじゃキャリアも違うんだから、勝ってもまぐれだと思うんだけどなぁ」

「まぐれでも勝って帰る方が気持ちいいんじゃんか。ねぇ、高瀬君?」

「秀兄、手加減ぐらいしなよ」

「そうはいかないさ。勝負はいつだって真剣勝負だよ」本当に楽しそうだ。でも、この笑顔がなんだか腹立たしい。

「タカシ君、遅いけど帰らなくていいの?お姉さん、もう少し主任に相手してもらってから帰るから、無理して付き合わなくていいよ?なんとなくだけど、どうすればいいのかはわかってきたしね」とりあえず、自分のデッキに入ってるカードも主任のデッキのカードも大体は覚えた。

「じゃぁ2人の邪魔しちゃ悪いからもう帰るとしよっかな。秀兄、送り狼とかなっちゃダメだぞ」ニヤっと笑うと、主任の返事を待たずにタカシ君は帰っていった。

「…送り狼はダメですよ?」同じように茶化してみる。

「しないしない」即答だ、なんか面白くない。

「じゃ、私がこの勝負勝ったら、夕飯付き合ってくださいね」

「特に今夜は予定もないからいいけど、高瀬君はいいのかい?」

「何がですか?」

「彼氏とかに怒られない?あ、セクハラになるんだっけ?こういう質問て」

「いませんよ、彼氏なんて」

「そうなの?世の男性は何してるんだろうねぇ。じゃ、お腹減ってこないうちに対戦しましょうか」



ダイスで先攻後攻を決めると、互いのデッキをシャッフルする。

不正が出来ないようにという事らしい。

主任の先攻でゲームが始まった。

どうやら、初手(最初の7枚の手札)があんまり良くないみたいだ。

・・・もの凄く表情に出てる。ポーカーフェイスは出来ないんだろうか?

会社での無表情が嘘みたいだ。

「主任、マリガンしますか?」マリガンっていうのは初手が悪かった際にカードを引き直す事をいう。ただし、枚数は1回マリガンするごとに1枚減ってしまう。ここで、主任がマリガンすれば、主任は初手6枚でスタートって事になる。

「う~ん…いや大丈夫だ。ほら、僕主人公やし」

「はい?」主人公?何言ってるの主任?大丈夫?

「ほら、ここぞってピンチの時に主人公とか勇者って、切り札とかチャンスを掴めるでしょ?だからたぶん大丈夫」

納得できない理由だけど、本人がいいって言ってるんだから問題ないんだよね。

・・・タカシ君にいてもらえば、いつもこんな事言ってるのか確認できたのにな。

・・・帰すんじゃなかったかなぁ。

「じゃ、私もキープしますね」先攻がマリガンするかしないか。先攻のキープが決まってから後攻はキープするかの宣言をする。

「マリガンはOKかな?」

手札には土地カードも、コストの低いスペルも揃ってる。これなら問題なく戦える…ハズ。

「マリガン無しでいいです。それじゃ、よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

1セット目、主任は土地カードしか引けず、私が召喚した『ウィザードリックス』と『大ダコ』をブロックできずに、数ターンで終了。


2セット目、お互いクリーチャー(モンスターの事)を並べて膠着状態になるものの、『溶岩の斧』で直接ダメージを与えられ、主任に負けてしまった。


で、3セット目が始まったんだけど・・・。

「秀さん、申し訳ないんだけど、そろそろ閉店しなくちゃいけないんだよ」

先ほどの店員さんが、申し訳なさそうに声をかけてきた。

「もうそんな時間か。高瀬君、とりあえず引き分けって事でいいかな?またの機会に続きをやるってのでもいいしね」

「そんな~」

「じゃ、とりあえず夕飯食べて、時間に余裕があるなら僕ん家に来るかい?」仕方ないなぁ、といった感じで主任はそう提案してくれた。

でも、知ってるとはいえ、男の人の部屋なんだよなぁ。

「食事済ませて、遅い時間じゃなくて主任が迷惑じゃないならお邪魔していいですか?」

「散らかってても構わないならいいよ」

でも、どう考えても…人畜無害だよね、主任って。

「じゃ、夕飯食べに行きましょうか。問題無いなら、私が何か作ってもいいですよ?」

「いや、1人暮らしだからね。色んな物揃えるトコから始まりそうやし、時間余計かかりそうやから、チャチャっと食べてこよ。高瀬君、何食べたい?」

「あの、さっきから気になってたんですけど…主任て関西出身でしたっけ?」

「エセ関西弁使いなの。なんか語感が好きなんだよねぇ。ってワケで遊びに行った事はあるし。友人もいるけど住んだ事ないな」なんだか、知らない主任の姿がいっぱいでてくる。

「会社でも、そんな感じでもっと話したりしたらいいのに」

「なんか苦手なんだよねぇ、職場で話し込んだりするのさ。話してて退社時間遅くなるなら、能率良く仕事済ませたいって思うしね。コミュニケーション、不足してるんかなぁ」

「早く帰りたいのって…遊びたいだけですよね?」

「…なんのことやら」

「今日の姿見たらわかりますよ」

「む~ん、おかしいな。隠し通せてるハズやのになぁ」クスクスと笑い始める。

「もう!わからない方がおかしいですよ。…夕飯、早く食べて、続きやりますよ」

主任を助手席に乗せると、ファミレスに向かう為、車を走らせた。

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