第74話 月が綺麗だな
学校祭は想像以上に盛り上がり、あの騒ぎが嘘のようにあっけなく日常を取り戻していた。
リリィ様はレオンが
聖女として引き留められてもおかしくないのに、アランの手際の良さに舌を巻いて、笑ってアンダルシ行きを承諾してくれた。
これで大手を振ってアンダルシに行くことができる。
アリシアとガリレとは会えていない。
アリシアは店が忙しとかで学校祭にも顔を出さなかったのだ。
ガリレは呼び出しても来ない。
学院も落ち着きを取り戻したころ。
王宮の皇太子宮の執務室に私とアランは並んで座っていた。シャンデリアが中央に吊るされ、ブルーの壁紙に品のいい調度品がされ気なく置かれた部屋には正式に皇太子となったレオンとこの国の宰相が座っている。
たかが他国の商人の私たちが、王族のプライベート宮に招かれるなんて、異例中の異例だろう。緊張で喉が渇いたが、目の前に出されたお茶には手を付けられない。
「アリス、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。宰相は母の兄だ」
それ、女王様のお兄さんてことよね。なおさら緊張するし。
「今日は正式に、魔界との仲介役をアリスの商会にお願いしたい」
事前に話は聞いていたが、なぜうちの商会なのか。
イスラの国にも大きな商会は幾つもある。そこを差し置いてうちが仲介役だなんて、皇太子になったレオンにとって敵を作りかねない。
「そもそも仲介役は必要ですか?」
ルークもエルフもすでに顔見知りである。
「仲介役など置かずに直接交渉した方が開国はスムーズなのでは?」
「まあ、最終的には開国に向けての交渉なんだが、いくら瘴気の浄化を魔王が協力してくれたとはいえ、今、民衆は魔族に良い印象を持っていない。そこに、いきなり開国に向け動くのは貴族の反対が多くてね」
ほとんど今回ルークは浄化に関与してないけど、瘴気を食い止め、ひいては第一王子の裏切り事件の解決さえも協力して断罪したことになっている。
「先ずは、貿易から開始していこうという事になった。だが、イスラの商人が魔界に乗り込むことは無理だからなね。まずはもうすでに商売を成立させている、他国の商会からの下請けとして経験を積みたい」
え~、まだ営業許可書をもらっただけですが……。
「それは構いませんが、仲介料はもちろんルール作りのアドバイス料もいただきます」
アランが当然のように言って、見積書を出す。
いつの間に作ったのか。そこにはイスラの商会のリストはもちろん、魔界からの出入りの店の名前がすでに書かれ、どの様な商品の需要が期待されるかも書かれていた。
仕事、早!
「実際に動き出すのは来年の夏以降ですね。それまではこちらで人選から教育まで時間をかけて行いますが、イスラの文官で数人偏見のないものを派遣してもらえれば一緒に教育しましょう」
「うん、それには心当たりがあるよ」
レオンが気のせいか、笑ったような気がした。
アランが、てきぱきと資料の説明をしていく。
初めは、にこやかに愛想笑いを浮かべていた宰相も、真剣にアランの話に聞き入り質問をしている。
この取引で、イスラが人間以外に開国していけばやがてアンダルシや他国も
また、忙しくなるな。
「あ、そういえば魔王から伝言があります」
アランは思い出したように言ったが、商売の話は今日はここまでという事らしく、机の上をテキパキと片付けていく。
「学院にある薔薇園ですが、魔王の城の庭に移動するそうです」
あの薔薇園を?
もうすでにガラスの薔薇は魔王のもとだ。多分、このままでは隠蔽魔法がかかった学院の薔薇園はレオンの卒業後は誰にも見つかることなく、忘れ去られるだけだろう。
私は、魔王城にある草原の花畑のようにかわいらしい庭を思い出した。
あそこに薔薇園はそぐわない様な気がした。
それでも、女王の墓がある所こそ、あの薔薇たちの場所なのかもしれない。
「そうか」
レオンは少し寂しそうに頷いた。
*
城からの帰り道。ちょっとピンクがかった満月が夜空に浮かんでいた。雲一つない空に浮かぶ月はなんだか寂しそうに見える。
「あのルービーは魔王に返したから」
アランが取ってつけたように言った。
「通信用にくれたルビー?」
「そうだ、あんな高価な通話石無駄だからな、それにあれは持ち主の居場所も特定できる護衛用だ」
そうなんだ。
「――ダメだったか?」
遠慮がちに言うアランの瞳は子供の時に見た、澄んだ水色のままだ。
「えっ、別にいいよ。私には必要ないし。それに誰であろうと居場所を特定されるのは嫌だから」
「……そうだな。俺も気を付ける」
「え? アランが何を気を付けるの?」
「アリスの魔力量は多いからな、今回のように魔力を封じられていない限り、近くにいればだいたいアリスがどこにいるかわかるし、意識を集中すればかなり遠くまで場所を特定できる」
「そうなの?」
「ああ、これからは気を付ける」
「別にアランならいいよ。私もアランの魔力は何となくわかるし」
「そうか……アリス……俺にとってアリスの気配は常にそばにあるのが当たり前だ。この世界からなくなったら、空気と同じくらい困る」
へ?
何、いきなり。
私は思わずアランの顔を見た。
私の視線を感じているはずなのに、アランはそっぽを向いてどんどん歩いて行く。
「大丈夫。この世界からいなくなったりしないから」
私はアランの背中にそう言って、小走りに横に並んだ。
ちょっと顔がピンクなのは月のせい?
「……じゃあ、この話は終わりだ」
ん?
妙に歯切れが悪くアランは言ったが、何故か機嫌が良い。
よくわからないがアランが元気そうなのでいいか。
「月が綺麗だな」
アランが立ち止まり、月を見上げる。
今夜の月は不思議な色だ。さっきは寂しそうだなと思ったのに、二人で見上げると心がほんわりする。
「うん、綺麗だね」
私はアランの横に並んで歩きながら、誰かと一緒に眺める月はなんて平和なんだろうと思った。
幸せは、いつもここにある。
「俺もたいがいロマンチストだな」
感慨に更ける私の横で、アランはクククっとわらって呟いた。
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