第73話 悪役後日談

 ソルトは大怪我をしていたにもかかわらず、どんなに追っ手をかけても見つけることはできなかった。

 すでに国外に脱出しているのかもしれない。


 第一王子は表向きは病気という事でレオンが正式に皇太子になった。

 今は幽閉されているそうだが、一度どうしても私と話したいと申し出があり、私はそれを受けた。


 そこは、これで幽閉されているのか? と疑問に思わずにいられないほど、のどかな湖畔の別荘だった。

 ただ、周りには強固な結界が張ってある。


「こちらでお待ちを」

 家令が案内してくれた部屋で待っていると、護衛を一人つけた第一王子が入って来た。

 見た目元気そうで。まったく捕らわれの身としての悲壮感がない。


「お久しぶりです」

 殿下。と言おうとして、まだそう呼んでいいのか詰まっていると「まだ、殿下でいい」と愉快そうに笑ってドカリとソファーに座った。


「時間がもったいないから、簡潔に言うがアリスは召喚者なんだろ」

 話とはやっぱりそのことか。


「そうですが……」

 不思議とごまかそうとは思わなかった。


「ふーん。やっぱりそうか」

 さして興味なさそうに頷く。

 あれ、もっとこう興味ありそうにいろいろ質問されるのかと思ったけど。


「俺はいわゆる転生者だな」

 そうだと思っていました。


「よくて一生ここで幽閉か、そのうち暗殺だろうな」

 驚くほど冷静に第一王子は言って、ハハハ、と空笑いした。

 あのトゲトゲした嫌味な口調も、作り物のような笑顔も消えている。

 やめて、そんな普通の少年のように言われたら、同情しちゃうじゃん。


「気づいているかもしれないが、俺にはある程度この世界で起きることが分かっていた。まあ、前世の記憶だな」

 妹がやっていた乙女ゲームの話を聞いて覚えていたそうだ。

 ありがち。


「だから、前世でパッとしない人生の俺でも、記憶を生かして事業でも、皇太子でも簡単にやれると思っていたよ。これと言って問題もなかったしな」

 何でこの人はこんなことを私に話しているのだろう。共感してほしいのか? それとも懺悔がしたいのか?


「調子に乗りすぎたな。所詮、前世で平凡な俺はここでも普通という事だ。ただ」

 そう言って、第一王子は言葉を切った。


「暗殺されるほどの罪かな」

 そ、それは私にはわからない。


「弟の暗殺などこの世界では珍しくない、瘴気を発生させて殺そうとしたなんて日本なら殺人未遂にすら問えないんじゃないか? 聖女と結婚しなくても、マリーと幸せのエンドが約束されていたのに、どこで間違ったんだろう」

 悔しそうに黙り込む第一王子を見て、言いようのない後悔を感じる。どこで間違えたのか。その気持ちが痛いほどわかった。


 もしかしたら、学院に入学した時に話すことができれば止められたかもしれないのに。

 ふと、第一王子に同情心が芽生えていることに気づき。頭を振る。


 いやいや、同情してはだめだ。どんなにゲーム感覚だったとしても、この世界のことは現実だ、やったことはすべて自分に跳ね返ってくる。暗殺未遂だけではない。オオアサのこと、たくさんの生徒や街の人を瘴気に巻き込もうとしたことは現実だ。


 それから、第一王子は前世での自分のことを話した。同情を誘うというより、話し相手が欲しいようだったので、黙って私は話を聞いた。


 帰り際「また話を聞きに来てくれる?」と冗談とも本気ともわからない顔で私を見る。その瞳に「うん」と頷きそうになるも、私は横に首を振った。


「ごめんなさい。もう来ることはないと思います」


「そうか。わかった。気を付けて」

 彼はそう言うと、はかなく笑った。


 なんだか、初めて会った時に感じた違和感が消えてなくなっている気がした。

 彼にどんな未来が待っているかわからないが、この国の第一王子として裁かれ、生きて欲しい。

 私は、屋敷から出ると、私のいるべき所へ転移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る