第71話 引き継がれし秘密
「まて、この薔薇を壊すか決めるのはお前ではない。そもそもこの薔薇には前魔王の力が残っている。壊す必要はない」
エルフの目的がこの薔薇を壊すことだと知り、ルークは初めて咎めるような視線を向けた。
第一王子と手を組んで、瘴気を魔界に流し込んだと知ったときでさえ、怒っているようには感じなかったのに。
今さらこの薔薇に思い入れがあるのだろうっか?
「もしかしてルーク様はこの薔薇の本当の存在意味をご存じなのですか」
「……」
「ではなぜ、あんな無防備に庭に植えたりしたんですか」
攻めるようにエルフはルークに問いただす。
裏切り者のエルフにルークが攻められるのはなぜ? 逆じゃない?
「さあ、アリス嬢。薔薇を壊してください」
「壊す必要はないと言っているだろう」
ルークが反論しているが、まったく状況が分からない。
「ちゃんと説明して!」
まだ続きそうな言い争いに業を煮やして、怒鳴ってしまう。
「そうですね……この薔薇の一番の目的は女王の寿命を延ばすために作られたのです。でも、それだけではない。どんなに寿命が延びても、いずれ終わりが来ます。人間の精神は何百年、何千年も生きることに耐えらる様にはできていないからです。ですからこの薔薇は、もう一つの選択ができるように作られたのです」
何それ、ガリレは一言もそんなこと言ってなかったけど。
私はアランを見たが、アランもそんな話は聞いていないと言うように、首を振る。
またしても、秘密にしていたらしい。
「もう一つの選択とは?」
「人間として生きることです」
魔王が女王のために人間として生きる。それは聞いている限りはロマンチックだ。でもそれが秘密だという事は、純愛では済まされない問題がいろいろとあったという事なのかもしれない。
「この薔薇にそんな力が隠されているなんて知らなかった」
レオンも驚いているところを見ると王家にも伝わっていないようだ。
「ガラスの薔薇は唯一、魔王を代替わりすることなく消滅させる事ができるのです」
衝撃的な告白に、皆固唾を飲む。
「そのことは代替わりしたルーク様にも記憶は引き継がれず、先代の魔王様が、エルフの長だけに明かした秘密だったはずです。なぜルーク様がご存じかわかりませんが、薔薇に魔王のすべての魔力を注ぎ込み、それをダイヤを持った人間が壊すことによって、魔王は魔力を失い人間になることができます」
そっか、魔王が人間として天寿を全うすれば、次の魔王が生まれないという事か。
待って、ダイヤを持っている人間て私!?
「先代の魔王様は同じ人間として王女と短い寿命を全うしたかったのでしょう。しかし、王女が思いもかけず毒におかされ死んでしまいその夢もかなわず、結果無事ルーク様に代替わりした」
エルフはその話を長から聞き、なんとしても魔王を消滅させてしまえる薔薇を、この世から葬りたかったそうだ。
そこで、王家の人間と手を組むことにする。
最悪の人選だったが。
「薔薇を壊すのがルークの為だということはわかった。でも魔界に瘴気を発生させたり、イスラを挑発するように瘴気を送り込むなんて許せることじゃない」
「そうですね。皆さんには本当にご迷惑をおかけしました。私はただ、ルーク様に本気になってほしかったのです」
「本気に?」
「ええ、この数百年。城下を見まわるどころか、ルーク様はただ執務室に籠っている毎日でした。この世界に存在する前魔王の思いの残る薔薇の存在が、影響しているのだろうと長は言っていました」
そういえば、ルークは以前、薔薇を見て俺の一部だと言っていたっけ。
「それに、瘴気の発生は遅かれ早かれ魔界に噴き出していたでしょう。もう、何千年も瘴気がたまっては魔界に噴き出すという事を繰り返してきました。ルーク様には少しでも浄化時、城下に顔を出し民と対話してほしかった」
ルークの顔を見る限り心当たりがありそうだ。
「じゃあ、瘴気をイスラに送ったりレオンを殺そうとしたことはどう説明するの?」
「いざとなれば、蒼竜がいましたし。ルーク様も人間と戦う気がないことはわかっていましたから。絶対に止めに来ると思っていました。本当はアリス嬢にではなく、ルーク様に瘴気を食い止めてもらい、開国の足掛かりにしたかったのですが、まさか魔封じの腕輪を壊せる剣士が存在するとは」
なるほど、だから、わざと泥船に乗ってルークに本気を出させたかったのか。
エルフの言うことは本当らしいが、だからと言ってイスラに対して許されることではない。
レオンを見るとやはり難しい顔で聞いている。
「それで、アリス嬢。薔薇を壊していただけますか?」
こんな重い話を、私に振らないで欲しい。
「まて、俺にやる気がなかったとすればそれは、何もかも退屈だったからだ。前魔王の思いに引きずられるなどと言うことはないのだから、薔薇を壊す必要はない。それに薔薇を壊せば宝石の力も消えるぞ」
「本当?」
「本当か?」
私とレオンの声が重なる。
「当然だろう。その宝石は薔薇の一部だ。本体が消えれば存在してはいられない」
「それはちょっと困りますね。少なくとも俺が国を治めている間だけでも存在していて欲しいね」
レオンは本気で言っているようだった。
「ああ、例の王家の言い伝えというやつ。そもそもそんな言い伝え本当に信じているの?」
「もちろんだよ。言い伝えには沢山の言霊が宿っている。それは時として、呪いのように現在に生きている人間を縛るんだ。それが、魔力の強い人間であればあるほど、強い言霊となり受け継がれる」
にわかには信じられない話だが、魔法が存在する世界だ、言霊もやはり存在するのだろう。
「それなら、心配はいらない。薔薇を壊すことなく、魔王も人間にならない方法がある」
アランがエルフに言った。
さすがアラン。
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