第63話 第一王子とエルフの取引


「作戦決行だ!」

 扉が勢い良く開き、第一王子が従者をぞろぞろ連れて入って来た。


「おや、殿下。慌ててどうなさったのですか?」

「ソルトが勇者にやられた」


 ライトの正体がバレた?


「ソルト殿が、勇者にですか? 一体勇者は誰だったのです? もしかして第二王子殿下の差し金ですか?」

「いや、ソルトの報告ではレオンは勇者のことを知らなかったそうだ」


 レオン様がライトを知らない?

 あれ? 会った事無かったっけ?


「レオンが城まで来て、瘴気が増えていると報告してきた。格技場に戻る様には言ったが、戻らない場合、どこかに呼び出さなければならん」

 レオン様格技場にいないのか……じゃあ、みんなが巻き込まれることもないだろう。


「いっそのこと、この近くの第三の森との境界線にある砦に呼び出したらいかがでしょう。ここからも城壁を伝ってすぐですし」


「それはいいな。城近くの城壁には、どうやら王命で浄化できるものが集められているらしい。こちらの息のかかった者たちは、シエの砦に集めよう」


「そうですね。そうすれば城下の被害も最小限で抑えられるでしょう」

 エルフがご機嫌取りをしていたが、第一王子は関心がないようだった。


「レオンの所に行って、私が手を貸してほしいからシエの砦まで来るように伝えてくれ」

 第一王子は自分の従者にそう命じた。


「これがガラスの薔薇か? 想像と違うな。もっとこう、美女と野獣のような赤い薔薇なのかと思ったが……まあ、かぶるのはまずいしな」

 ああ、確かに、魔法の薔薇と言えば美女と野獣の薔薇のイメージかも。


 独り言のように第一王子が呟くいた言葉に、私も同感だ。そう思いながら第一王子のことを見ていると、ふと目が合った。

 目を細めて私を見ると、ニヤリと笑う。


「美女と野獣、知ってますか?」

 反射的に首を振るも、第一王子はなおも楽しそうに覗き込んでくる。


「会った時から、その瞳と黒い髪は日本人じゃないかと思っていたんですよ」

 お気に入りのおもちゃに出会ったように、ご機嫌で私の顎をつかむと、懐かしそうに顔を眺められる。


「ダグニア卿、これはおとりの役目が終わったら私のにします。殺さないように」

 嫌!  私のとか、キモ!


「さて、この薔薇は私が花びらを千切れば、宝石に変わるのかな?」

 第一王子はエルフに聞くと、おもむろに手を伸ばした。


「殿下、今は私の結界が張ってあります。おそらく結界を解けば魔王にこの場所が分かってしまうでしょう。瘴気がある程度城下に入るまでお待ちください」


「そうですか。じゃあ、瘴気が城壁を囲むまでおあずけですか……まあ、レオンの目の前でこの薔薇を宝石に変えるのも一興ですね」

 自分の思惑が気に入ったのか、楽しそうに笑う。


「ダグニア卿、風が変わりました」

 城壁の上にいた魔術師がやってきて報告した。


 エルフは私を腕をつかみ、バルコニーの外まで連れて行く。

 ジャラジャラと鎖を引きずって、外に出るとさきっまで森の頭上でうごめいていた瘴気が、動きを止めているように見えた。

 かなり強めの風が吹いていたのに、ぴたりと止んでいる。

 しばらくすると、今度は山側からの風に変わるのかもしれない。


「まだ、時間には早いな。レオン様がシエの砦に到着するまでは手を出さなくていい」

 不気味に漂う瘴気を見て、エルフは魔術師たちに指示を出していく。

 どうやら、城壁の上を移動して、シエの砦とやらに行くらしい。


 騎士が数頭の馬を引いてこちらに来ると、その中の真っ白な毛並みの馬の手綱を第一王子が受け取る。

 白馬の王子様という、見た目はパーフェクトだ。


「では、アリス嬢は私とご一緒に」

「ちょっと、待って。まさかあの城壁の上を馬でいくの?」

 城壁の高さは20mはありそうだ。

 落ちたら確実に死ぬ。


「大丈夫、私があなたを守ります」

 全然、信用できないんですけど。


 馬に揺られ、私はエルフの綺麗な顔をこっそりのぞいていた。

 それにしてもすごい、まつげ長いな。いっそ綺麗すぎて作り物みたいだな。

 あ、作り物か。


「何を考えているんですか?」

「綺麗な生き物なのに残念だなって」

 つい、本音が口を突いて出る。


「ふふふ、残念ですか。私もずっと残念でした。世界はこんなに美しいのに、あんな狭い所に閉じ込めれらていて。息苦しかったんです」

 エルフの素直な言葉に、ちょっと驚く。


「それがこんなことをした理由?」

「そうですよ。いつまでもあんな所にくすぶっていたくなかったんです。第一王子は私たちに自由をくれるそうです」


 自由。

 それがこのエルフが欲しいものなの?

 言葉はすごく全うだけど、真意がわからない。


「自由なんて、もっともらしい上辺だけの理由だな。人間以外、魔族にも開国しろという事だ。強いものが勝ち上がっていく。どこの世界も一緒だな」

 前を行く第一王子が、私たちの横に並んで口をはさんでくる。

 人間以外にも開国。


「ネコ族や、オオカミ族と城下で会えるんですよ。ワクワクするでしょ」

 すっかり、日本人の感覚に戻っているかのように話さないでください。

 裏切り者のくせに、案外まともな事を取引している。これで、レオン様の暗殺がなければ、商人としては応援したいくらいだ。


「なぜ、レオン様の暗殺の必要が?」

 もしかしたら、改心してもらえるかもと思ったのが間違いでした。


「だって、邪魔だろ」

 悪びれもせず、第一王子は笑った。

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