第62話 ソルトと対決

「僕の、召喚魔法を解いてほしいんだけど?」

 ソルトは肩から流れる血をぬぐいもせずに僕を睨んでくる。


「さっき俺の強化魔法を消しただろ。それで召喚魔法も消せばいいんじゃないか?」


 うっ……。

 痛い所を。


 強化魔法のような単純でみんなが使えるような魔法陣は暗記していれば簡単に消せるのだが、召喚魔法となると複雑すぎてまだ消去魔法を使えない。


「なるほど、すべての魔法を消す、無効化というわけじゃないんだな」


 クッソ! 

 バレてる。


「そんなことどうでもいいだろ、早く解いてよ」

「俺に何の得が? 今からでも遅くない、もともとお前は俺が召喚したんだ。仲間になれ俺がきちんと魔法の制御を教えてやろう」

 この期に及んでソルトは勇者を味方につけようとしているようだった。


 あり得ないから。


「うーん、仲間になるかならないかは、魔法を解いてもらってから考えるよ。本当はこんなことやりたくないんだけど、仕方ないよね」

 自分に納得させながら、僕はソルトの入っている檻を狭めていった。


 これは最終的にはシールドに押しつぶされる悲惨な運命なのだが、もちろんその気はない。

 はったりがどこまで通じるかな?


 僕はアランのキャラになりきって、不敵な笑みを浮かべてみた。

 ソルトはシールドが縮まっているのが分かったのか、平静を装いながらも顔が引きつっている。


 演技はともかく、出血で思考能力が落ちているのかもな。


「わかった、召喚魔法は解く。見つかればもともと解くつもりだったし。解いたら、仲間になるか考えてくれ」


「わかった、早く解いてよ」

 ソルトは、よろよろと立ち上がると、詠唱し始めた。ほとんどなにを言っているのかわからいけど、念のため暗記できるところまで覚えておこう。


「さあ、解いたぞ。お前もこのシールドを解いてくれ」

 えっ。

 何も変わんないけど、本当に解けたの?


「それは、まだ無理だな。本当に解けたか確認してからだね」


「何だと!」

 ソルトが、もの凄い形相でシールドに体当たりする。


 その時、部屋のドアがノックされる。

 シスターかな?


 この状況を見られるのは非常にまずい。

 待って、と言おうとしたがその前に扉が開く。


「何をしている?」

 現れたのは第二王子のレオン様だった。

 やっと来てくれた!

 安堵した僕とは逆に、レオン様の表情は険しい。


「ソルトいったい何があった?」


 え?

 何でソルト先生に聞くの?

 レオン様は明らかに、僕を訝しそうに見た。そして、その後ろに寝ているリリィ様に視線を移すと、おもむろに腰の剣を抜いた。


 げっ!

 何で剣を抜くの?

「殿下ちょっと待ってください。僕はリリィ様の護衛です!」


「護衛? 名は?」

 明らかに僕を疑っているようだった。

 そっか、僕はレオン様を影から観察してたけど、レオン様と直接会ったことなかったかも。


「アランの所のライトです」


「ライト……もしかしてアリスの弟の?」

 どうやら思い出してくれたようだった。

 ほっとしたのもつかの間、いきなりソルトが手当てをしようと近づいたシスターの手を引っ張り、その喉に短剣を突き付けた。


「ソルト!」

「さあ、これで逆転だな。シールドを解け」

 シスターの喉には一筋の血の線が浮かぶ。


「卑怯だぞ」


「ソルト、何のつもりだ。俺の前で覚悟はできているんだろうな」

 レオン様の後ろには、従者も剣を抜いている。


「殿下、申し訳ありません。今は理由を説明している暇はありません」

 理由なんてないだろ、ただの裏切り者が!


「さあ、早くしないと手遅れになりますよ。俺は君のようにためらったりしませんからね」


 くそ!


「わかった」

 僕は仕方なくシールドを解いた。


「殿下も中に入ってください。追手がかかれば彼女は死にます。いいですね」

 ソルトはシスターを人質のまま部屋を出て扉を閉めた。

 多分、扉には結界が張られただろう。


「殿下、申し訳ありません」

 従者がレオン様に頭を下げたが、彼の位置からは入り口が狭く、防ぐことはできなかった。

 油断していた僕が悪い。


「大丈夫だ、たぶん影が追っている。ソルトもシスターを本気で殺すことはないだろう。それより、転移魔法を使わなかったところを見ると、相当魔力量が減っているのか?」


「はい、たぶん転移はしばらくできないと思います」


「ソルトはリリィ嬢に危害を加えようとしたのか?」

 レオン様は心配そうにリリィ様を見る。


「多分、無理やり連れて行こうとしていました」

「そうか、まずはリリィ嬢の魔力を回復しよう」

 レオン様はリリィ様の横に座ると、そっと手を握りしめた。


 俺はその間、通話石でアランに連絡をした。


「そうか……。二人とも無事でよかった」

 アランがあまりにも優しい言葉をかけてくれるので、ちょっと勘ぐってしまう。


「もしかして怒ってる?」

 恐る恐る聞くと、


「どうしてだ、怒られることしたのか?」

「いや、してないよ。リリィ様が回復したら、僕はソルト先生を追いかける?」

 連れ去られたシスターが気になる。


「いや、ソルトは転移もできないくらい弱っているんだろ、そっちは殿下に任せて、ライトもこちらに合流してくれ」


 え?

 アランの意外な言葉に、ちょっと驚く。アランなら無関係な人間を巻き込んだら、助けろというのは当たり前だと思っていた。


 何で? と思ったがあんなに避けていた、レオン様にリリィ様の回復を頼むのだから、よほど何かが起きているのかも。

 何があったのか聞きたいかったけれど、レオン様がいるのでぐっと我慢する。


「うん、わかった」

 急いで合流しなくちゃ。


 通話を終えると、リリィ様はすでに起き上がって、こちらを心配そうに見ていた。


「リリィ様、大丈夫ですか?」


「ええ、あっという間に力が湧いてきた感じです。心配かけてごめんなさい」


「よっかったぁ。このまま目が覚めなかったらどうしようかと思っていました」

 僕は心から安堵した。


「よし、さっさとこの部屋を出よう。あれだけ傷を負っていたんだ、それほどの結界は張られていないだろう」

 殿下の言う通り、結界は一時的に張られていただけのようで、従者の体当たりであっけなく扉は開いた。


 教会は嘘のように静かだった。

 殿下が来た時には、たくさんいた魔術師と数人の浄化できるものが姿を消していたそうだ。


「先ず、間違いなく俺を瘴気で殺す気だ」

「殿下を?」

 何でいきなりそんな話になっているんだ?


「兄上は、格技場に瘴気を送って、俺を抹殺しようとしたみたいだ。さっき、城で会った時の驚きと言ったら、間抜けだった。それからずっと影につけられている」

 それって、暗殺計画だよね。そんな、何でもないことのように言わないでよ。


「本当は、国境で瘴気を皆で防ごうと思ったが、目的が俺なら、城下の近くにいない方がいいだろう。俺も君と一緒にアリスを探しに魔術院に行くよ」


「アリスを探しにって……アリスが行方不明なの!?」

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