第26話 アラン視点 反抗期

「アラン、ちょっと来い」

 サムはヒョイッと俺の首をつかんで、食堂に連れていかれる。


「何だよ」

 食堂にはアリスが待っていた。


「アラン、明日から私の店で働きなさい」

 アリスはそう言うと、俺の頭に手をのせ、出て行った。

 絶対に怒られると思っていたので、拍子抜けした。

 喧嘩は日常茶飯事で、気に食わない事があると、影でいじめてやった。窓を割り、畑を踏み荒らした。


 家ができて、しばらくは平和で穏やかだった。寝るとこがあって、食べ物の心配がいらない。不満はないはずなのに、イライラが止まらない。


 捨てられるかもしれないと思いながらも、反抗を止めることができなかった。

 めちゃくちゃな自分の行動に更にイライラして、また暴れた。


「アリスの気を引きたいなら、暴れても無駄だ」

 サムが無表情に、テーブルに暖めたミルクを置いた。


「ここに来る連中は、アリスに拾われてきたやつらだ、俺もな。アリスの愛情を独り占めしたくて、あれこれするが、お前みたいな派手にやらかすやつは久しぶりだ」

 呆れて言うサムは怒ってはいないようだった。


「アリスの気を引きたいなら、役に立て」


「俺は別に気を引きたいわけじゃない」

 ダンッと勢いよくテーブルに両手をつき、立ち上がる。

 そしてサムがくれたミルクのカップを床に叩きつけた。

 アリスが俺専用のカップにと買ってくれたものだ。


 割れたカップの破片を見て、頭に血が上る。いたたまれなくて、俺は家を飛び出していた。



 どこをどうさ迷ったのか、俺は結局スラムに戻っていた。

 寝ぐらにしていた物置小屋には、知らないやつが住んでいた。

 とぼとぼと行くあてもなく歩いていると、急に腕を捕まれる。


 !?


「こんなところで迷子かな?  坊っちゃん、ここは危ない、家まで送ってあげよう」

 人さらいだ――。

 何度となく売られそうになったのだ、間違いない。

 捕まらないように、逃げようとするが、正面には数人、仲間がいる。


「大丈夫、心配いらない、私たちは味方です」

 ギョロっとした目を見開き、男は醜く笑った。


 囲まれてる……。

 ジリジリと囲まれている輪が狭くなり、捕まるのも時間の問題だった。

 ごめんなさい、アリス。

 心の中で呟き、ギュッと目を閉じた。


「アラン! ここにいたのね」

 会いたい人の声が聞こえて、俺は信じられない思いで、駆けてくるアリスを見つめた。


「来ちゃダメだ!」

 そう叫ぶも、アリスは止まることなく、俺のそばまで来ると、安堵のため息を洩らす。


「良かった、見つかって」

 イヤ、良くないから。ピンチが大ピンチに変わった気がして、ギュッとアリスの手を握った。


 アリスだけでも逃がさなくちゃ。


「これはこれは、お知り合いかな?  ちょうどいい。あなたも一緒に家まで送りましょう」

 アリスも高値で売れると踏んだのか、人さらいは上機嫌で愛想笑いを浮かべた。


「結構です。じゃ、」

 アリスはそのまま、男達の横を通りすぎようと、俺の手を引いて歩き出す。


「お嬢さん、大人の親切は素直に受けるべきですよ」

 ニヤニヤと男は仲間に目配せをする。


「俺は送ってもらうよ、アリスは家も近いし反対方向だから一人で帰れるよね」

 色持ちで、まだ小さい俺の方が高値で売れるはず。

 俺はアリスを逃がしてくれたら、おとなしく付いていく、と言う意思を込めて、男を見た。


「そうですか、では、君だけお送りしましょう」

 どうやら男に通じたようで、俺はアリスの手を離そうとしたが――。

 がっしりと掴まれた手は離れない。


「別に送ってもらわなくて大丈夫です。アラン、帰るわよ」


「それは残念」

 全然残念じゃなさそうに、男は言うと、アリスの腕をつかもうとするが――その手は空しかつかめなかった。


「なっ!! 足が動かない!」

 手をばたつかせて、男たちはなんとか足を動かそうとしている。


「おまえ! 何やった。ただですむと思うなよ」

 顔を真っ赤にして怒こる男に、アリスは「アランを連れ去ろうとした罪は償ってもらうから、憲兵が来るまでおとなしくしてなさい」と鼻で笑った。


「アリス……あの、ごめん」

 俺はアリスに手を引かれながら、謝った。


「アリスを守りたかったのに、守れなくて、カップも割っちゃたし、畑もダメにしたし、子供で何も役に立たないし……」

 自分でも何が言いたいかわからなかったが、とにかく謝りたかったのだ。


「アラン」

 アリスは俺の名前を優しく呼んで、俺の目線に合わせるように、しゃがむ。

 そしておもむろに、頬っぺたをムギュっと両手でつまむ。


 ふふふ。

 嬉しそうに笑って、頬っぺたから手を離すと今度は、ワシャワシャと髪を撫で回した。


「アランがチビで良かった。大人になってから会っても、さわらせてくれないでしょ。今ならどこでもさわり放題、撫でまわすように見ても怒られないし、アランの成長をみるのは楽しい」

 アリスはぎゅっと俺を抱き締めた。


「アリスを守れるようになるよ」

 そう決意して口に出すと、心のモヤモヤが晴れていく気がした。


「私を守ってくれるなら、私より強くなくちゃ、それまでは私がアランを守ってあげる」


「わかった、早く守れるようになるから」


「期待してる」

 アリスは優しく笑った。


 それから俺はアリスの途方もない魔力量を知り。鬼畜のようなガリレのもとに修行に出され、馬車馬のごとく店で働かされた。

 俺って不幸かもと思ったが、今まで感じた事のない充実感が心地よかった。

 そして、時折アリスが嬉しそうに俺の頭をなでて褒めてくれるたび、心が温かくなった。


 絶対強くなってアリスを守る。

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