第14話 魔法の練習
「大丈夫? 今日はもう止めておく?」
アランとダンジョンに行かない日は、アリスと転移魔法の練習をしているのだ。
「少し休めば大丈夫」
顔色は真っ青だ。
光も魔力量は問題ないので慣れれば使いこなせるだろう。
「あのさ、ちょっと聞いてもいいか?」
「こっちの世界に慣れていくって不安じゃない?」
慣れる?
「自分の価値観が通じないって言うか、倫理観と言うか。自分じゃなくなるみたいで不安なんだ」
ああ、今朝アランに怒られてたっけ。
一緒にダンジョンに連れていかれたときに、猫にそっくりな魔物を斬ることができず、パーティーの一人に怪我させそうになったのだ。
「確かに、日本とは常識も倫理観は違うし、人の命も軽いよね」
光の不安はすごくまともだと思う。
「光は真面目なんだね。少なくともなりたくない自分になることはなし。正直、受け入れられないことは、無理することない」
まだ幼さの残る顔で、黒い瞳が不安げに揺れている。
そういえば、光は弟と同じ年だ。
「これからも僕には猫も人間も斬れない」
「うん、そうだね。私にも無理だし。光は何処にいても、光であることにからりないよ」
「僕は僕――」
私は手のひらに小さな炎を灯した。
「私もねあの森に落ちたの。怖くて怖くて、もう駄目だって思ったけど、何とか生き延びた」
「アリスもあの森に?」
「そう、だから今は同じように落ちてくる人の手助けをしているの」
「僕も拾ってもらえて感謝している。ガリレには、ムカついたけど」
「今じゃ、光もうちの社員だしね、アランもあんなだけど、身内には甘いから」
それから光は「アランに人殺しはしない」と宣言したそうだ。
アランは「僕がそんなことを君にさせるとでも?」と冷たくあしらわれ「馬鹿な子は嫌いです」と連日ダンジョンに放り込まれているそうだ。
うん、光のためだよね?
****
「話ってなに?」
コーヒーの香ばしいにおいが部屋に漂う。コーヒーと言ってもこちらの世界で収穫した似たような豆から焙煎した試作品だ。香りは十分だが、やはり本物とは違い、味わいにまだ改良の余地がある。
「光が来てから話しします」
アランは素っ気なくいうと、何故か視線をそらせた。
口調がお仕事モードだ。
「どうしたの? 光が勇者だってばれた?」
「違います」
その先を促すように、ジーッと視線を送るも、アランはニコリと笑ってコーヒーを飲む。
あやしい……。あきらかに営業スマイル。この笑顔を向けられたときは間違いなく厄介ごとだ。
「ちょっと私、用事が……」
そう言って立ち上がるのと、アランが私の右手を掴むのが同時だった。
目と目が合う。
ドキンと心臓で音がした。
!?
「ごめん遅れてっ……わっ!! ごめんなさい!!」
もしかしなくても誤解してますよね。
アランは「入っていいですよ」と言って廊下で固まっている光を入れる。
「今日は二人に相談があって来ていただきました」
光は頬を赤らめて、そわそわしている。
私も顔を引き締めて、動揺を悟られないよう、椅子に座った。
「光も転移魔法が使えるようになったし、ランクもSクラスです。頑張りましたね」
あの、スルーですか?
誤解は解かないの?
「それで、計画を一歩進め、二人にはイスラの国で魔法学院に通っていただこうと思います。ちょうど新学期ですからね」
二人?
「光と――リリィ様?」
「光とアリスです」
私? 何で私?
「光の召喚魔法を解いてもらうのに何で、魔法学院?」
「ソルトが魔法学院で、教鞭を執るそうですよ」
「ソルトが? 光を探してないの?」
いったいどういうこと?
「召喚魔法を使ったのはソルトじゃない?」
「いえ、召喚者はソルトで間違いないです。あれから4ヶ月です。向こうも必死に探したのでしょうが、なにせ隠蔽魔法をかけたのがガリレですからね、全く手がかりなしで、これ以上人手を割けないのでしょう」
なるほど、ガリレがソルトは大したことないと言っていたのを思いだす。
「勇者なら、探さなくてもそのうち噂になるでしょうから。それよりもまず、全然兆しがない聖女教育を優先したのでは。」
「じゃあ僕は、ソルトを捕まえて、召喚魔法を解かせればいいんだね」
「まずは、第一王子。彼はかなりキナ臭いね。犯罪にならないように、法を変えたり、関税を高く設定したりと、姑息だけれど手堅く懐に入れているようだよ。最近この辺で出回っているオオアサも栽培しているとか。これ以上見過ごしておけない」
本命そこですか。
アランの笑顔が怖いです。
「第一王子がいなくなれば、依頼人のリリィ様も解放されるし、勇者も要らなくなるし、一石三鳥です」
第一王子、いなくなるの決定なんだ。
「それに新学期から、第二王子が留学から帰ってくるそうですよ。彼は将来有望らしいので、商会としてはぜひお近づきになりたい」
なるほど、だから私まで魔法学院に放り込まれるのですね……。
他国の商会が、王族に合うのは難しくても、同じ生徒ならお近づきになれると。
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