第12話 アラン視点 アリスに伝えられないこと
ドンドンと乱暴にノックされるのと同時にドアが開く。
「まだ、返事してないが」
ずかずかと部屋に入ってくると、ガリレはまだ部屋の入り口で突っ立っている少年を振り返り、手招きした。
大きな目に整った顔をしている。13にしてはチビだな。
「勇者の光だ。アリスはいるか?」
少年は「こんにちは」と恥ずかしそうに言って、お辞儀をした。
「残念ですが、今はあっちに本を仕入れに行っていますよ。それほど遅くにはならないと思いますが待ちますか?」
俺はちらりと少年を見た。
アリスが異世界間転移出来ることは数人しか知らない。
「いや、ギルドに行って冒険者登録でもしてくるかな。しけた顔した奴の顔見てても面白くないしな」
「失礼ですね。冒険者登録するという事は、もうあなたの所で修業は終わりですか?」
帰りたいなんて泣き言を言っていたので、途中で諦めるかと思ったが根性はあったらしい。
「お前が出て来るより倍かかったがな。まあ、お前よりずる賢くないし、ひねくれてないし、屈折してないからな」
ガリレは可笑しそうに言うと、例の趣味の悪いソファーを出して座った。
なるほど、見た目通り素直な少年のようだな。
「じゃあ、もうこちらでお預かりしてもいいんですね」
思ったより出来の良い勇者のようなので、何かと使えるだろう。
これは手元に置いて、こき使うのもいいかもしれないな。
俺はアリスと同じ漆黒の髪と瞳の少年を見て、どうやって丸め込むか考えた。
「まあ、好きにしろ。そんなことよりお前はここで何をしているんだ?」
意地の悪い顔をしてガリレが聞いてきた。
「仕事ですよ」
「アリスの部屋でか? 事務所に寄ったが忙しそうだったぞ。いい加減こんな所で女々しく待ってるのはやめて、はっきり必ず戻って来てくれって言ったらどうなんだ」
それが言えたらどんなに楽か。
アリスが日本に行くたびに、今度こそ帰って来ないかもしれないと思うと、つい引き止めたくなる。
それを必死に我慢して、ここで待つしかないのに。
そんなに簡単に言えれば苦労しない。
「何を勘違いしているのか知りませんが、別にアリスを待っているわけじゃないです」
そんなことを言えば、いつかアリスが帰りたいと思った時に、邪魔になってしまう。
アリスの邪魔にだけはなりたくない。
「ふーん、素直じゃないのも大変だな」
ぎろり、と睨むとガリレの横に座っていた、少年が目を見開いて驚いている。
ビビってるな。
「光、こいつには気をつけろ。見た目は綺麗で清廉潔白のような顔をしているがこいつは魔王だ。油断していると骨の髄までしゃぶられて、利用価値がなくなったらポイだ」
何言ってんだ、こいつは。
「まあ、辛かったら戻ってこい」
え!?
今、戻って来いって言ったか?
へー。
あの、孤独が好きで。人間嫌いのガリレがね。
いったいどうしちゃったんだ?
「なるほど、戻って来て欲しいのはあなたですか。珍しい事もあるもんですね」
「別に、助手がいると便利だからな」
ムッとした顔だったが、言葉には優しさがにじんでいた。
「よし光、ギルドに行くぞ」
ガリレは立ち上がり、ソファーをしまうと、光を連れて出て行った。
*****
ガリレたちが出て行き、しばらくするとアリスが転移して戻って来た。
「おかえりなさい。大丈夫ですか?」
俺は、ほっとしたのを悟られないように、さりげなくアリスの様子をうかがった。
日本から帰ると、たいてい落ち込んでいるが最近は昔ほど気持ちが乱れないようで、魔力が安定している。
「うん、全然大丈夫。みんな元気だったよ」
みんなとはアリスの血のつながった本当の家族だ。
ズキンと心が痛んだが、俺はアリスの頭をポンポンと軽くたたいた。
今、いつも側にいるのは俺たちだ。
うらやむ必要なんかない。
俺はどんどん暗くなっていく思考を止めて、アリスが持ち帰った本に手を伸ばす。
いつも思うが、アリスの持ち帰る本は面白い。選ぶセンスがいいのか、わかりやすい。
ガリレは戻ってくると、アリスが持って帰ってきた本を持ちすぐに姿を消してしまう。
その後すぐに、少年が両手いっぱいの食べ物を持って現れる。
餌付けされてるな。
アリスの顔を見てほっとしているようだったが、俺を見て顔を引きつらせている。
そんなに怖い顔をしているだろうか?
契約書を書かせるまでは、怖がってもらう方が都合がいい。
「では、勇者様、今後の方針を決めるために、こちらに記入を」
案の定、光は契約書の内容をよく読みもしないでサインした。
アリスは心配そうに光を見ていたが、あえて注意を促すことはしない。
ちょっと稼がせてもらうが、別に奴隷のように扱うわけじゃない。
馬車馬のように働いてもらうだけだ。
こんな無知な少年を野放しにしたら、すぐ転落人生まっしぐらだろうから、俺は良心的だな。
「これで光くんはうちの正式な社員です。社宅がありますから、今日から住めますよ。訓練は明日から始めましょう」
にっこりと笑うと、光はポーっとしていた。
「社員?」
「そうですよ、怪しいただの小僧から、商会の社員になったのです。よかったですね。感謝しなさい」
どうやら、俺の口調が変わったのに驚いているのか、前をシバシバさせている。
「ああ、そうそう。たまに親切を仇で返す子がいるんですが、そういう子はたいてい悪い奴に捕まって、死んだ方が楽だという目に遭うらしいですよ」
釘を刺しておくことも忘れないで言うと、アリスはやれやれという顔をした。
楽しくなりそうだなと思い、俺は以外にこの勇者が気に入っている事に気づく。
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