第11話 現実世界
目を開けると日本の自分のベットの上だった。
いつものアランとのお茶のあと、異世界から転移魔法で日本に転移してきたのだ。
窓の外は雲が夕日色に染まっている。どちらの世界もこの時間は幻想的で美しい。
机におかれたコーヒーを手にするとじんわり温かい。
2年前アンダルシに帰る前に、自分で淹れておいたものだ。
「美味しい。やっぱりコーヒーの栽培方法印刷して持っていこう」
コーヒーを堪能しながら、ゆっくりと自分の部屋を見渡した。
2年前から止まっていた時が正常に動き出す。
異世界で、ありすの時間は止まってしまう。爪も髪も延びず、年もとらない。今のアンダルシにはもう10年いるが姿はほとんど変わらない。
時間が進むのはこちらだけ、本当に生きているのはこちらの世界なのだ。
商会の前で涙したあの日、私は異世界で生きる覚悟をした。もう大切な人たちを失わないために。
その為には日本で過ごす時間を我慢しできるだけ20歳になるのを遅らせることにした。必ず来る転移の時を迎えないために。
「さて、感傷に浸っている暇はないか」
コーヒーを飲み干し、スマホを手に一階に下りる。
「お母さん、ちょっと本屋まで行ってくるから」
声をかけると、母は夕食準備の手を止め、「いってらっしゃい」と微笑んだ。
玄関に向かう足を思わず止め、そっと後ろから抱きしめる。
「どうしたの?」
包丁を持つ手を止め、「危ないよ」と優しく言われる。
「今日のご飯はなに?」
「どうしたの?今日はハンバーグよ」
「そっか、じゃあ急いで行ってくる」
温かい母の背中は離れがたかった。
涙がにじむのを見られないように、急いで出かける。
私は手早く中古本屋で、アランとガリレに頼まれていた本を探す。
本当は新品を買ってあげたいが、こちらではただの高校生だ。ふたりの希望の専門書は古本といっても、なかなかの価格設定だった。
それから今回の本命、『キラキラ乙女の聖女伝説』のラノベと攻略本を探す。
「ただいま」
「あ、ありすおかえり」
玄関を開けると、何故か弟が腕立て伏せをしていた。
「何で、こんな所で腕立て?」
「今日はハンバーグだから」
「ふーん、」
よく分からないが、あえて突っ込まない。小さいときは、鬱陶しいくらいくっついてきたのに、中学に入ってからは部活と塾で忙しそうでめったに合わない。
今日は会えてよかった。
「姉ちゃん――。なんか久しぶりだな」
ドキンとする。
「そうだね、部活楽しい?」
「まあな。姉ちゃんは、最近、元気ないな」
「そう? これでも結構忙しいからかな」
弟から見たら昨日の私と今日の私は同じだ、でも、本当は2年経っている。毎回気を付けているが、小さいときから一番側にいた弟には、違和感があるのかもしれない。
「なんかあったら言え、これでも腕には自信があるからな」
素っ気なく言って、リビングに入って行く。
「生意気!!」
頭を両手でくしゃくしゃにしてやる。
大声で笑う私と、嫌そうにする弟。それをやれやれと眺める父と母。
私は幸せだ――。
ずっとここにいたい。
この人たちと笑っていたい。
この世界で、生きていたい。
でもそれは叶わない。
数年後、私はこの世界から異世界に落ちてしまうのだ。
それは何度やり直しても、魔力を持っても変えられなかった。
***
商会の自室に戻ると、そこにはソファーに座るアランがいた。
「ただいま」
両手いっぱいに抱えた本を机の上に並べて、幾つかのファイルをアランに渡す。
今回のイチオシはコーヒーとお茶の栽培方法だ。
「おかえりなさい。大丈夫か?」
「うん、全然大丈夫。みんな元気だったよ」
アランは、ポンポンとアタマを叩くと、本を物色しはじめた。
ここ数年アランは私が日本に行くと必ず部屋で待っていてくれる。
家族と別れて帰るのが寂しいだろうと、気を使ってくれているようだった。
「ガリレと勇者が来てるぞ。今はギルドに冒険者登録に行ってる」
「そう、丁度3ヶ月かぁ。案外早かったね。仕上がりはどのくらいかな? まさか使い物にならなくて、途中放棄じゃないよね?」
クッスとアランは思い出し笑いをして、意味ありげに人差し指を2度振った。
「いいコンビだったぞ」
そこに、ノックと共にガリレが入ってきた。
「よお、帰ったか」
机の本に視線をやり、手をかざすと音もなく本が消える。
「おい、お前の本もあとで見せろよ」
アランに言うと、ドカリと自分で出した、一人がけソファーに腰を下ろす。
「ちょっとその趣味の悪いソファー持って帰ってよ」
「イスラの第一王子のことは聞いた。ソルトは雑魚だ俺は必要ないな。光は、暫くダンジョンに突っ込んでおくから……。あ、その前に転送魔法だけお前が教えとけ」
じゃあ、とガリレは立ち上がる。
「ちょっと待ちなさいよ、まだ、魔王のことも、リリィ様のこともどうするか決めてないし、だいたい光はどうなのよ」
ニッと笑って、ガリレはソファーと消えた。
「逃げられた……」
「まあまあ、ガレリにしては上出来だ」
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