第9話 ヒロインと悪役令嬢

「第一王子が転生者……」


「はい、ゲームではすでに聖女の片鱗を表している頃ですが、私は聖女になるつもりはないので、フラグは折ってたし、浄化も治癒魔法も初級程度しか使えないです。でも、王子は私が聖女であるという前提で話を進めてくるのです」

 現時点で、聖女らしいことは全くしていないのにだ。



「はっきり言って、留学中の第二王子の方が、お母様の家柄もいいし、優秀です。第一王子が皇太子の座を確固たるものにするには、聖女を取り込み、勇者に魔王を討伐させ、国を豊かにするという実績がほしいのでしょう」

 第一王子が転生者だとすると、いかにも日本人ぽい考え方に頷ける。

 人物像はクズ認定確定だな。


「あの、王子は今必死で勇者がどこに消えたのか探しているみたいです。それから、教会に圧力をかけて、私に聖女教育しようとしているみたいなんです」

 聖女認定されては、魔王討伐からは逃げられない、下手をすると勇者が見つからない場合一人でも行かされるだろう。


「勇者については大丈夫、絶対見つからないところにいるわ。リリィ様のことはすぐにも連れ出してあげたいけれど、もう少し敵の情報収集に協力してもらいたいかな。最終的な着地点はまだ分からないけど。任せてもらいたい」

 ずるい提案だとわかっているけれど、今すぐ答えは出せない。


「わかりました。もう少し頑張ってみます」

 乙女ゲームの定番の守ってあげたいヒロインとは違い、意思の強い瞳が眩しい。


「アリシア、リリィ様に転移魔法のかかった魔石をひとつ渡して」

 アリシアはリリィ様の髪と同じピンクの魔石のピアスを持ってきた。


「これは左は通話石、触りながら話すと使えます。右が転移魔法がかかっていて強く念じるとアリスの部屋に転送されます」


「転移魔法は身体にすごく負担がかかるけれど、危険と感じたらすぐに使って」

 私はウィンクすると、A4のプリントをリリィの前に差し出した。

 顧客シートだ。

 リリィ様は戸惑っていたが、日本語で書いてくれた。


「わ――っ。リリィ様、前世はパティシエだったんですか?  凄い!!  是非是非、食べさせていただきたいです!」

 アリシアは胸の前に両手を握りしめ、キラキラした瞳でリリィ様に迫っている。


「ええ、勿論。まだまだ見習いで、お恥ずかしいですが、何かリクエストおありですか?」


「いいんですか? もうすごく嬉しいです。正直この世界のケーキは重くて甘過ぎるものばかりで、お茶会の度にがっかりしておりました。あっ!」

 アリシアは急に立ち上がると、しっかりとリリィ様の両手を握りしめた。


「いいこと思い付きました」

 それ、私にもわかります。でも、問題山積みですから。


「うちの店の横に、カフェをオープンさせましょう! なんて素敵なんでしょう」


「それを言うなら、アンダルシ王国のうちの店の横です。仮にも貴族の令嬢が自国のカフェで働けないでしょ」


「ずるい。アリスの所じゃ遠すぎて毎日行けない」

 本気ですねるアリシアにフフンと笑みを向けると、プッと頬を膨らませる。


「まあ、しばらくはイスラの国にいてもらうから、その間せいぜい作ってもらいなさいな、悪役令嬢様」

 アリシアにからかうよう言うと、リリィ様が、えっと呟く。


「アリシア様、悪役令嬢だったのですか?」

 ジーっと、アリシアの顔を見て、


 首を傾げる。


「もしかして、アリシア セスラン様ですか!! 『愛と悲しみのソナタ』の悪役令嬢様。うそ、なんてことでしょう。私、大ファンだったのに、全然わかりませんでした」

 ゲームをしていた人間で、今のアリシアを見て昔の悪役令嬢だと気づく人間はまずいないだろう。それだけ、今のアリシアはかわいい。


 それから、私達は3時間ヒロインと悪役令嬢を語り尽くした。


「ああ、なんて素敵な時間なんでしょう。この世界でこんなに語り尽くせると思いまでんでした」

 うっとりとアリシアは呟いた。

 満足げなアリシアと対照的にリリィ様はちょっと元気がない。さっきまであんなに楽しそうだったのに。


「何か気になることでもあるのですか?」

 もしかして、第一王子から離れられないのがやっぱり嫌だとか。


「私を――。私を軽蔑しないでください」

 弱々しく言うリリィ様はさっきまでの凛々しさが消えていた。


 ?


「何で、リリィ様を軽蔑するのですか? そんなことしません」

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