第8話  異世界案内所 リリィ

正気を取り戻したのは、アリシアが先だった。


「いらっしゃいませ」

 声がかすれているのは致し方ない。

「魔法石をお探しですか? それとも加工でしょうか?」


「あ、いえ。魔法石は持っていません。表の看板の日本語について、何方かわかる方はいますか?」

 ヒロインさんは、そう言うと黒髪の私の方に視線を向けた。

 彼女ははっきりと日本語と言った。


「あの看板が読めるのですか?」

「はい、『異世界案内所』と書かれている看板です」

「そのことならこちらでお話を伺います」

「そうなんですか。あの、こんなこと言ったらおかしいと思うかもしれませんが、私あの……前世の記憶があるんです。お二人とも前世の記憶がおありですか?」

 誰もおかしいと思いませんよ。

 むしろ、記憶がないと日本語読めませんよね。


「しかも、どう考えても今の私は『キラキラ乙女の聖女伝説』という前世でやっていた、乙女ゲームのキャラクターなんです」

 申し訳なさそうに説明してくれるヒロインさん。『ヒロインです』と言い切らないところが好感持てます。


「キラキラ乙女ですか……。」

 ちょっと頭痛が。

 彼女に。ではなくそのゲーム、私は聞き覚えがあった、確かクソゲーですよね。


「詳しくお話し聞きます。アリシア、お店閉めても大丈夫?」

 私は、表情を消したままのアリシアにニッコリ営業スマイルをすると、ヒロインさんをテーブルに案内した。


「私はアリスです。転生したのではなく、異世界に落ちてきました。俗に言う転移者です。そして、この異世界案内所のオーナーです。彼女はアリシア。この店を任せている転生者です。何かお困りですか?」


 ニコリ。


「私、第一王子と結婚したくないんです。まして、聖女なんて絶対なるの嫌です」

 ヒロインさんあなたもですか。

 運命に逆らう人が好きだよね。

 浮かんだのは何故かそんな言葉だった。


「何でかお聞きしても?」


「皇太子は糞なんです」

 それ不敬ですから。

 でも、あのゲームがクソゲーだと言う同じ認識でよかったです。

 ヒロインさんはどこか吹っ切れたように、話始めた。


「私が前世を思い出したのは、攻略対象をあらかた攻略した後でした。それも最悪な第一王子ルートに入ってるみたいで、避けても避けても会うし、聖女にならないように必死にフラグ折ってるのに、いつの間にか勇者まで召喚してしまって。今、どうしたらいいのか街をさまよっていたんです」

 やはり勇者を召喚したのはこの国らしい。


「第一王子ルートで聖女になるとどんなエンドが待っているのでしょう?」

 記憶では、まったっく魅力のないキャラ設定。ただ顔だけの俺様攻略対象だったはず。


「魔王討伐は成功しますが、すぐに魔王がいなくった森は制御のきかない魔物が溢れだします。冒険者がこの国のダンジョンを目指し、王子の狙い通り国は潤います。私は王子と結婚し、10年間聖女としてあちこちで治癒を行い伝説となります」

 なるほど。


「ゲームでは笑顔で結婚式をあげるスチルが評判だったんですが、サラッと10年なんて解説入って終わりです。現実にやる人間の身になってください!」


 ドン!!


 力強くヒロインさんが拳をテーブルへ叩きつける。

 その怒りわかるよ。

 うん?

 待って、狙い通りって?


「もしかして、王子の狙いって魔獣を狙って集まる冒険者たち?」

「そうです。今もそれなりに、冒険者は集まっているのですが、魔獣は貴重な素材ですし、魔王の森には沢山のレアダンジョンがあります。そして国民に怪我人が出れば私に治癒させようと結婚する気なのです」


「それって糞ね!」

 アリシアが怒りを込めて、ヒロインさんをみる。

 悪役令嬢とヒロインさん、友情が芽生えちゃいますか!?


「事情はわかりました。私達協力しあえると思います」

 営業スマイルではなくニッコリと微笑み手をとった。


「本当ですか? 誰も味方がいなかったので凄く心強いです。」

「ヒロインさん、協力する上でズバリ聞いてもいいですか?」

「リリィです。なんでも聞いてください」

「それではリリィ様、勇者はソルト様が召喚したのに、城には現れず失敗に終わりましたね」

 リリィ様は驚いて瞬きを三度した。

 さすがヒロイン、驚いた顔もかわいいです。


「どうしてそれを……まさか、勇者の居場所を知っているのですか?」

 ゲーム通りなら、勇者は無事に召喚されている。ただの平民が召喚魔法の失敗などという、重要機密を知るすべはない。


「それは商売柄お答え出来ません」

 そう答えると、リリィ様はただ頷いた。


「些細なことですが、まだ聖女の力は覚醒してはいないのですよね、婚約もしていないし、学校だって卒業してないでしょ。それなのに何故焦って勇者を召喚したのですか?」


「これは確証ないのですが、第一王子は転生者だと思います」

 私は頭を抱えテーブルに肘をついた。

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