第5話 異世界案内所 アラン

「おかえりなさい」

 ノックとともに入って来たのはアランだった。

 水色の髪に水色の瞳。氷の王子なんて若いお客さんから呼ばれる青年は、営業用の冷たい顔とは違い、易しく微笑んでお茶をいれてくれた。

 私が子供のころに拾って来て面倒を見ている古参であり、うちの店の頭脳でもある。


 簡単に言うと、うちは転移者を拾って来ては、この世界になじむまで面倒を見て、ある程度めどが立ったら商会を手伝ってもらう。さらに得意分野の人材派遣から、開業の援助も惜しまない。

 なにせこの世界、いまだに貴族階級にふんぞり返り、市民にはまともに教育もせず、いまだに魔法の力が強いものが一番なのだ。技術が発達する要素はまるでない。

 人材は宝なのに。




「その微笑を営業でもしてくれたら、お客が倍になるのに」

「それより今度のお客様はどんな方だった?」

 部屋の主をよそに、色持ちで、長い脚を組んで優雅にソファーに座り、お茶を飲む姿はとても平民には見えない。

 いつかお約束の通り、貴族の落胤らくいんだと言って迎えに来る人間がいるのではないだろうか。


「今回は上客だったわよ。なんと勇者だったの。がっぽり稼がせてもらわないと」

 ふふふ。

 押さえきれない笑いが込み上げてくる。


「下品だ」

 アランは呆れたように言うが、自身も目をキラキラさせている。

 たぶん、10は儲けのシナリオが浮かんでいるに違いない。


 お前も悪だのう――。

 心の中でそっと突っ込みをいれておく。


「しかし、どこの誰が召喚した勇者か分かっているのか? あの森に落とすなんて、ずいぶん間抜けな召喚師だな。最近は勇者が必要な事案はなかったと思うが、魔王の近隣の国を探ってみるか?」

 これでも商売柄、4人いるとされる魔王の動向には気を付けていたのだけれど、今まで特に報告はない。


「うーん、そうね。でも急がなくてもいいよ、光が使いもになるのに3ヶ月は様子見かな。ガリレのところにいる限り見つかることはないし」

 さっき光が書いた個人シートをアランに渡す。


「問題は――勇者にはなりたくないってことと、家に帰りたいってことかな」


「なるほど、全うな人間ってことか。しかし、彼の生まれをみる限りちょっと難しそうだな」

 私は心配そうに言うアランに頷いた。

 アランが何を心配しているのかは分かってはいたが、今の光にアリス自身のことを話す気はない。


 どんなにこの世界のことを受け入れているようにみえても、所詮は平和な日本でぬくぬく生きて来たのだ、本当の現実はまだわかっていない。


 勇者は皆チートだ。でもその運命も過酷なのだ。

『勇者』という称号に踊らされていては生き残れない。

 正しい判断は正しい自己分析が必要になる。実力を身誤れば死に繋がる。勇者になるという運命に逆らうなら覚悟してもらわないと。


 はぁ――。

 最近弱気になってるな。

 こんなんじゃ、自分の運命を変えられないし、まして他人の運命を変える手伝いなんて出来ない。


「少なくともガリレの修行に耐えて、自立するまでは面倒を見る」

 それからのことはあとでゆっくり考えればいい。


「アリスは運命に逆らう人間に甘いからね。投資した分回収するのを忘れないでくれたら、僕は口出ししないから」

「了解です」

 アランはスッと立ち上がり、私のすぐ横に来る。


「アリス、運命の存在を僕は信じていない。決まった未来なんてない。運命に逆らうことばかり考えるより、生きたいように生きる方が大事だ」

 優しく私の頬に手を添え、こてんと首を傾けて瞳を覗き込む。


「僕はアリスの味方だから」

 そう言って甘く微笑むとアランは部屋をあとにした。

 え!?

 今のなに!?


 ふれられた頬が熱い。

 でも、今考えるのはそこじゃない。

 アランは決まった未来はないと言った。その言葉を信じられればどんなにいいか。

 もっと、私が強ければアランのように、自由に生きられるかもしれないけれど、今の私は弱い人間だ。


 私はもう一人の運命に逆らう男の背中を見送った。

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