第4話 商人ですから

「金とるのか……」


「勿論です。お伝えしたと思いますが、商人ですと――。異世界で快適にお暮らしいただけるように、全力でサポートさせていただきます」

 ニコリと営業スマイルを向けると、光は一瞬顔を引きつらせたが、黙ってプリントを読み始めた。


「これって、異世界でこんなに細かくプロフィール書く必要ある? 家族構成はまだしも、住所や電話番号なんて、個人情報じゃない? って――スマホ!!」

 光はあわてて胸ポケットからスマホを取り出すと電源を確認した。


「げっ、死んでる……嘘だろ」

 諦めきれないのだろう、あちこちいじり回している。

 気持ちは分かるよ。スマホは必須だもんね。


「落ちてきてスマホが無事だったお方は、今のところいらっしゃいませんね。でもいつか直せる技術者様が落ちてくるかもしないと言うことで、皆様保管しておくと言う方が多いですよ。あとは個人情報はお仕事の斡旋や住宅の手配なんかもお手伝いしてるので、お伺いしています」


 ニコリ。

 営業スマイルも忘れずつけておく。

 尚も諦めきれないようすの光。

 几帳面そうなきれいな字だ。細く長い指にはペンだこがある。父親と妹が一人。


 きちんと揃えて書かれた名前は大切な人たちなのだろう。

 異世界に来たと知ったとき、大抵の人間は、楽しそうにあちこち行きたがる。新しい未来が約束されている気がするのだ。如何せん、現実はそんなに甘くないけど。


 帰りたい――。

 光は迷わず言った。

 チートな勇者なのにもったいない。と思わなくもないが、出来れば帰してあげたい。

 私は光の書いた誕生日を確認して、気づかれないように、そっとため息をついた。


「お気づきだと思いますが、個人シートは日本語です。個人情報は厳重に管理しますが、盗難にあってもこの世界の住人には読めません」

「わかった。あの、その言葉遣い怖いので、普通でお願いします」

「了解です。じゃあ、私のことはアリスと呼んでください」

 ニコリ。

 勿論営業スマイルです。


「言いにくいんだけど、俺金無いけど。鞄無くしちゃったし、そもそも日本円でいいの?」

 光が個人シートを書き終え、料金表を見ながらすまなそうに言った。


「それなら全然心配いらないです。ある程度稼げるまでツケ払いオッケーです」

「そうなの? それって胡散臭くない? 気づいたらマグロ漁船的な」


 ふっ。


「マグロ漁船ならいい方です。まあ、冗談はさておき、きちんと回収するから大丈夫。チートな勇者様ならいくらでもツケオッケーです」


 ニコリ。


「いやいや怖いから、いったい何させられるの?」


「普通に冒険者登録してもらうだけですよ。その前にガリレに魔法と剣術を習って、召喚した魔法使いを探して、魔法を解いてもらう。あっ、魔法使いを探すのは手伝いますよ。鞄も探した方がいいです」

 何が必要なのか決めかねている光の手から料金表をとりあげ、必要最低限の見積もりを出す。


「ガリレの講師料と魔法使いの調査は別料金だから」


「何この数字! 明らかにぼったくりだよね」

 ガリレの講師料を見て光が文句を言う。


「あ――。ガリレは特別だから。この料金はお得だよ。絶対損はさせないから」


 ニコリ。

 光は了承した。

 営業スマイル最強です。



「おい、交渉は終わったか」

 キッチンの入り口を見ると、ガリレが薬草を両手一杯持ち立っていた。相変わらず気配を感じさせないやつだ。


「あ、ガリレ、あんた光のこと縛ったでしょ! あれほどお客さんには手を出すなって言ったのに、説明するのすごっく大変だったから、これは貸しだからね、貸し」

 栗色の豊かな髪を後ろに束ね、何事もなかったような整った嫌みな顔にビッシっと指を突きつける。


「ふん、そんな五月蝿そうな顔してもダメだから、光の面倒ちゃんと見てよね」


 ニコリ。


 ガリレは眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をしたが頷いた。

 結局、ガリレの講師料は家賃込みで、光が研究を手伝うことで落ち着いた。


「ついさっきガリレの講師料が特別高いと言ったのに、研究の手伝いでいいのか? いったい何をさせられるんだ?」

 光は不安そうだったが、ガリレの気が変わらないうちに退散しよう。


「そう言うことで、私は店に帰るから、勇者召喚しそうな人間も情報入ったら知らせるね」


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