第3話愛
私は花子とセックスした。彼女の身体を抱く。私は、やさしくキスし、愛撫し、彼女の吐息をのみ込む。甘美なキャラメルが溶けていく。懐かしいラムネの酸っぱさもする。
山間部から渓谷へと下っていく。彼女はだんだんと息が深くなってゆく。ポルノチックなセックスと違って、セックスの本性は、こんなにも穏やかなものかと驚く。同時に納得する。腑に落ちたのだ。
彼女と舌を絡ませあい、乳首を舐め、彼女の髪を撫で空いた方の手で彼女のもう一方の乳房に触れる。彼女は陶酔した表情をみせる。彼女の陰核を愛撫する。陰核はだんだんと硬くなり勃起する。私は「谷間の百合」にもキスする。洞窟は程なく浸水し海水からは潮の香りがする。
彼女は、勃起した陰茎にキスする。
猥褻な行為? とんでもない!
いやらしさは一厘もない。あるのは「真実」だけだった。私は救われる思いがした。
彼女は、やさしく「入れて」と言った。私は勃起した陰茎をゆっくりと挿入する。彼女は「はあ」と声を洩らす。私はだんだんと激しく動く。彼女の潮の香りが強まっていく。膣がだんだんときつく締まってくる。「ああ」。私は果てた。彼女の痙攣する膣から推察するに、彼女も同時にオーガズムに達したようだ。
私は彼女の唇に軽くキスした。
手早く下着を着る。
「お上手だわ」
「いや、そんな」
私は照れる。
私は彼女にきいた。
「真夜中の散歩はどうなりそう」
「終わったわ」
「そうか、おめでとう」
「ありがとう」
彼女は泣いた。泣きながら言った。
「うれしいわ」
彼女は泣いている
彼女は泣いている
「私もうれしいよ」
と私も言った。
私は、いつもひどい頭痛持ちだった。孤独ということが、癒されぬ痛みを私に注ぎ続けていた。だから、私は不眠症でもあった。睡眠薬を飲まないと眠れない。ところが、彼女と愛し合った瞬時から痛みは完全に消えた。その後の痛みの再発もない。
愛し合うと確かに人は痛みを感じなくなるものらしい。不思議だ。けれども、実際にそうなのだ。
私は、愛は複雑であり、また単純なものでもあるのだということを体験した。
「真実の愛」は双方を解放させる。
「偽りの愛」は双方を開放させる。
さらに、愛というものを考えてみると、愛はかなり厳しいものだと私は思う。なぜなら、自分から、自分が好いている人に嫌われてしまうかもしれないことをあらわにしないといけないからだ。自分の隠している事実、自分の弱いところ、自分の自分が受け入れられないでいる欠点、そういったもの、つまり「私の真実」を。
「こんな私でも愛してくれる?」という恐怖を相手に開示する。愛は誠に厳しい。
他方、愛ほど甘いものもない。愛は人を自由にする。あらゆる痛みから。愛し合うことは、双方が、自分が相手の麻酔医になりますと宣言するようなもの。
告白とは、「あなただけの麻酔科標榜医です」という宣言だ。
彼女は言った。
「愛って存在するのね」
「ああ」
「存在しないと思ってたわ」
「そうか」
「でも、存在する」
「ああ」
「太郎さんが教えてくれた……」
「同じことを私もきみに教わったよ……」
愛は太陽のように、確かに存在する。だけれど、近づくことはできない。「熱すぎて」それに「手ごわすぎて」。そう思っていた。しかし、光が届くだけで充分ではないか。そんな当たり前のことに、いま気づいた。
日中は陽光があり、夜中は月光があり、家に帰れば蛍光灯の光がある。就寝時には、豆電球の弱い光がある。
なんだ、世界は光にあふれてるじゃないか!
「でも、愛し合う時だけは光はいらないわ」
「そうだね」と私は笑った。
「闇というものも光の一部なのかもしれないよ」などと、気障なせりふを吐いてみた。
冷蔵庫にしまってあった缶ビールで一杯やった。冷えたビールがおいしい。
「私ね、一つわからないことがあるの」
「なに」
「好きな作家は誰ってきいたら、メルヴィルって言ったじゃない」
「ああ」
「でも、太郎さん後におもしろい作品じゃないって言ったわ」
「ああ」
「おもしろくないのに好きな作家ってどういうこと」
「それはね……メルヴィルからメルビルへ通じ、メルビルから……」
「!……」
彼女は顔を赤くした。
今度は太郎が質問する。
「きみこそ、太宰が好きなんていうけど、あんなのどこがいいんだい」
「まあ、なによ」
「どこが好きなんだい、太宰の」
「あなたみたいなところよ」
「…………」
「褒めてるのよ」
「似てない」
「むきにならないでよ」
「…………」
「ははは……」
彼女はおかしそうに笑う。
「ははは……」
私もおかしくて笑う。
二人で笑う。
二人で!
二人で!
二人で!
なぜかわからないが、二人の頬を涙が伝った。
これが愛というものか!
愛というものか!
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