地獄の113丁目 アルカディア・ボックスの攻防②
「ひゃはははは! さあ! 狩りの始まりだ! 妹よ!」
水色のショートヘアに抜身のナイフのような鋭い眼光。女子なのに目の下には戦いの傷と思われる痕が残る。鍛えぬいた代償か、胸まで引き締まって寂しい限りだ。
「お、お姉ちゃん、恥ずかしいからその笑い方と話し方やめてよ」
白髪のボブ。姉と呼んだ女よりは柔和な顔。だが、決して温厚なタイプなんかじゃない。女の勘がそう言っている。何より私より巨乳だ。だから何だという話だけど、女の勘ってやつは当たる。
「そうだな、まずはあそこの女二人をやるぞ! スノウ!」
「戦いになると会話能力極端に下がるのレインお姉ちゃんの悪いところよ?」
どうやらあの二人に標的にされてるのは私とステビアみたいね。ちょうどいいわ。二人の新技なら対応もしやすいし。
「ステビア、来るみたいよ。サポート宜しく!」
「了解……」
レインと呼ばれた女がおもむろに両手に魔力を込め始める。それぞれの手に輝く光の玉が宙を舞い、レインの頭上で合体、膨張。通販で買ったバランスボールぐらいありそう。こわっ! あんなにおっきいの喰らったら……。
「おらぁっ! くらいやがれ! デカ乳女ぁぁっ!」
「お姉ちゃん! 僻みはみっともないよ!」
レインの手から放たれ、高速で迫る光球。
「ステビア! 【
「準備……完了……」
――ステビアはこの三か月、情報処理に特化して訓練を行ってきた。情報が主食の彼女は、戦闘技能書、魔導書、お料理本に魔獣図鑑、週刊少年コンプリートや月刊ダイナマイトなんかを読み漁り、文字通り情報を咀嚼してきた。全ての情報は彼女の血となり肉となり、驚異的な超高速情報処理能力を手に入れることに成功したってわけ。
そしてこの【
「ローズさんとステビアさんならちょうどいいですね♪」
キャラウェイさんがこの新技を試した後、笑顔で言っていた意味が今分かった。あれ、足して2で割るとちょうどいいって意味だ。キィィィッ!
「ローズさん、余計な事考えないでください。着弾まで後2秒です」
「解ってるわよ! 弾けそう!?」
「無理ですね。威力が私達の防御能力を超えてるっぽいです」
「避ける!」
「妹の存在が気がかりです。何のためにいるのか。彼女も支援系だとするとこの光球に何かしら能力が付与されているかも」
「迎撃!」
「魔力の充填が間に合いません。後1秒です」
ちょ、ちょっと。超高速な情報処理の結果絶望ってひどくない?
「早速ですが、新技その二を使っていきましょう。大丈夫、まだ後0.6秒あります」
「ついにアレを出す時が来たのね!」
「ついにって戦闘始まって30秒ぐらいですけど」
ステビアったら、超高速のツッコミが冴えてるわね。
「【
ステビアと思考を同期してから約5秒。超高速の思考が導き出した答えがこの技、ステビアの【
ただ、この技は魔法そのものに触れる必要が有るので、ステビアの超速思考が無いと私がとんでもない目に合う。
「アチッ! でも、いただきまーす!」
「……いただきます」
着弾とほぼ同時にレインの放った魔法は私達の食料と化し、私達を強化してくれた。けど、向こうも戦闘のプロ。当たらないことぐらい想定済みとばかりに距離を詰めてくる。
「一旦同期を解きます!」
そう、この【
「おらぁ! いくぜいくぜいくぜぇっ!」
「お姉ちゃん! 突っ込みすぎ!」
吸収した魔力の分だけ肉体の強化に回したのとキャラウェイさんの猛特訓のおかげでどうにかレインは捌けている。が、どうにもスノウとか言う妹の存在が不気味だ。ツッコミをいれているだけなのだが、きっと何かあるはずだ。
「へぇ! こいつらやるぜ!」
「可愛いからって舐めてもらっちゃ――困るのよねっ!」
「無駄な贅肉ぶら下げてる割には、って話だおらっ!」
レインの攻撃が苛烈さを増す。なんか執拗に顔と胸を狙われている気がする。
「薄汚い魔獣共の世話係がここまでやるとはなぁ!」
「あっ……」
「ん?」
私はレインを一旦弾き飛ばし、恐る恐るステビアの方を振り向く。
「あ?」
マズイ。キレてる。
「おどれ今何をぬかした?」
「は?」
「おどれは今何をぬかしたかて聞いとるんじゃボケぇっ!」
――比較的、サポートに重点を置いていたとはいえ、ステビアも護身用に筋トレと基礎体力向上の修行は欠かしていなかったが、実は認識が少し違った。ステビアの主食は『情報』だが、彼女は『情報』から知識を得ると同時にまたその『情報』を魔力と血肉に変えていたのだ。つまり、彼女の魔術書などを読み込むという作業は知らず知らず彼女の肉体を強化していたのだ。
けど、ステビアは元来の控えめな性格もあって積極的に『力』は行使しなかった。私達はそれでいいと思っていたし、新しい能力も得たわけだからいざとなれば私が頑張るつもりだった。
……が、今、地獄の生物の事となると性格が豹変してしまうステビアちゃんに神の肉体が装備されていることの恐ろしさを知るのは私達だけだ。
「お前ちょっと屋上来い」
「いや、ステビアちゃん。屋上ってどこよ」
「ああっ!?」
「いえ、すいません。何でもありません」
とっさに目を逸らしてしまうチキンな私。いや、あの状態のステビアちゃんはヤバい。高度な情報処理と漫画で得た戦闘知識や強化された肉体。ちょっと手が付けられない。
「ひゃはっ!? なんだコイツ! おもしれぇ!」
レインが標的をステビアに変更し、殴りかかる。
「お姉ちゃん! ダメ!」
レインの放った殴打はステビアに掴まれ、握られ、潰された。
「ぐぁあああああああっ!」
「お姉ちゃん!」
ステビアは無造作にレインを投げ捨てた。潰された右手を庇いながらステビアを睨みつけるレイン。恐ろしいことにまだ闘争心は折れていない様だ。
「上等だぁ……てめぇ……。スノウ! 邪露丸!」
「は、はい!」
差し出された丸くて黒い粒をレインが呑み込むと、レインの魔力がどんどん高まっていく。そしてレインが残った左手から光球を三つ放出する。さっきみたいに合体して向かってくるのかと思いきや、レインの周りをグルグルと回り始めた。
「お前は潰す!」
右手を潰された時と全く同じモーションで突っ掛けていくが、光球が不規則に動き、ステビアを攻撃する。
…………が、ステビアもレインが向かってきた当初こそ身をかがめたが、光球の事など一切意に介さずただただ全力を以って右の拳でレインのみぞおちを打ち抜いた。
「うっ……ガハッ……!」
「お、お姉ちゃん!」
「地獄の生物を馬鹿にするもんは……私……が許さない」
あ、レインを倒したらステビアも元に戻った。
「お姉ちゃん…………
だから突っ込むなと言ったのにこの雑魚が」
「え?」
「ぐっ……、お前ら地獄を見やがれ……ひゃはっ……」
言い終わるとレインは気絶した。
「今この場所が地獄なのよ! お馬鹿さん」
ここに来て何度目かのツッコミを入れつつ、スノウの豹変ぶりに、
豹変キャラ被らせてんじゃないわよと心の中でさらにツッコミを入れた。
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