地獄の112丁目 アルカディア・ボックスの攻防①

 キーチローが飛び出してしまった後しばらくして曇天の隊長であるニムバスがやってきた。デボラ様が捕らえられたという連絡は、ベルからこちらにも来ている。デボラ様達の留守は私達が守る!


「査察である。直ちにアルカディア・ボックス職員は退去。要請に従わない場合は捕縛、または武力を以って排除する」

「ちょっと待ってください、査察なら職員の立ち合いが必要では?」


 キャラウェイさんが私達を守るように一歩前に出てニムバスに物申す。ニムバスは表情を変えることなくキャラウェイさんを睨みつけている。


「貴様らには天界に対する反逆罪の容疑がかかっている。我々が査察を終えるまでおとなしくしていてもらおう」

「反逆だなんて!」


 セージが詰め寄るが、曇天の新手が出現し、セージの前に立ちふさがる。


「どうせ反逆の容疑がかかってるならやっちゃいますぅ? キャラウェイさん」

「デボラ様も……無実の罪……。こいつらには仁義が……ない」

「二人とも冷静に。さて、ニムバスさん。武力で、とおっしゃいましたが可能だとお考えで?」


 ニムバスは少し顔を崩し、ニヤリと笑った。最初にあったころより断然いけ好かない笑顔だ。


「もちろん」

「日々進化する地獄の生物を相手に日夜研究を重ねている職員を余り舐めない方が良いですよ?」

「そちらこそ天界の選りすぐりを舐めない方が良い。日々鍛錬を重ねるの、な」


 ニムバスの部下たちも自信ありげに、不敵に笑う。


「さて、皆さん。対立は不可避となったようですが覚悟は宜しいですか?」


 ニムバスより冷たく、キャラウェイさんが微笑む。素敵だけどどこか空恐ろしい。


「魔獣よりも調教し甲斐がありそうですわ! キャラウェイさん!」

「職場……仲間……守るの……!」

「とりあえず一方的な武力行使に対する正当防衛という事で頑張ります!」


 ステビアもセージもやる気みたい。それもそのはず。この三カ月飼育だけやってたわけじゃない。明確な敵の襲来に備えてやるべきことはやった。今の私達なら曇天とも互角以上に渡り合えるはず。


「このローズウッド=ロールズをお色気美女担当だと思ってると痛い目に合うんだから!」

「思ってない思ってない」

「おとぼけ担当の……間違い……」


 ぐっ……! セージもステビアも!



  ☆☆☆



 ――三ヶ月前、曇天を退けた後。


キャラウェイさんが私とセージとステビアの三人を呼び出して真剣な顔で問いかけた。


「単刀直入に言います。あなた方はこの施設が好きですか?」


 突然の質問に私も含めて全員、困惑の表情を浮かべる。質問の意図を測りかねて思わず質問を質問で返してしまった。


「好きですけどどうしたんですか? 急に」


キャラウェイさんは眼鏡を押し上げながらなおも真剣な表情で確認してくる。


「先日、この施設に混乱をもたらした『曇天』という組織は分かりますね?」


 三人で目を合わせ、揃って頷く。


「彼らがあれで諦めるとは思えませんし、また、この箱庭の特殊性が明らかになることでそれ以上の組織に狙われるかもしれません。思い返せばドラメレク一味が襲来した時も危険と隣り合わせでした」


 なるほど。なんとなく言いたいことが分かってきた。つまり、キャラウェイさんは私達に“覚悟”を問うているのだ。この施設に居続けることで身に危険が及ぶかもしれない。それは、つまりになるかもしれない、ということだ。


「……なんとなく察していただけたみたいですね。デボラさんはいわばここの責任者。キーチロー君はそもそも実力者ですし、ベルさんにはデボラさんという覚悟の源があります」

「……私たちは……足手まとい……?」

「まぁ、確かにアルバイトにしてはリスキーだよね」

「私達には動機が薄いと言えば薄い、と」

「悪く言えばその通りです」


 キャラウェイさんは少し浅く息を吐いた。


「私はあなた達が危険な目に合う事を望みません。一方でまた、絆の様なものも感じている。だから、無理強いはしません。もしあなた達にその気があるのなら、身を守る力を手に入れませんか?」


 悩むことは無い。私の心は決まっている。


「私とてデボラ様に忠誠を誓った身。義理は通させていただきますわ!」

「私は……戦う事は望みませんが……皆さんを支える力……が……欲しいです」

「僕は照れくさいので地獄に帰ってからも自衛に役立ちそうだからっていう建前で!」


 私たちはセージの軽い言葉に声を出して笑った。


「では、皆さん日々のお世話が終わったら集まって基礎体力の向上と能力開発をやって行きましょう!」

「なんか部活みたい!」

「うう……体力……」

「キャラウェイ師匠! 宜しくお願いします!」

「私の修行は厳しいですよ! フフフ」


 ――とまぁ、和やかな雰囲気だったのはここまで。


 ――キャラウェイさんの修行は本当に厳しかった。


 ――地獄の元魔王の特訓。


 ――思い出したくもない地獄の日々。


「きゃ、キャラウェイさん! もう腕が上がりません!」

「おお! ちょうどスタートラインですね」


「キャラウェイさん、この飲み物腐ってません!? すっぱ! 臭っ!」

「私の特製栄養ドリンクです。たんと召し上がれ」


「いやぁぁぁぁぁっ!! もういやぁぁぁぁぁっ!」

「お、足早くなりましたね。ローズさん」


「ローズ、行くよ!」

「手加減しないからねー」

「俺達から逃げてみろ逃げてみろ!」

「来ないでぇぇぇぇぇっ! ダママぁぁぁぁぁぁっ!」


 被害を受けたのは主に私とセージ。ステビアは魔力を高めて支援系の魔法を覚えるとか何とかであまり体力系の特訓には参加させられていなかった。


 ……まぁ、特製ドリンクと魔術書一日20冊のノルマはさすがに堪えたようだけど。セージは段々顔つきが変わっていって特殊能力を得るころにはガチガチのムキムキになっていて少し目の保養になった。



  ☆☆☆



 フフフフフフフフ。フフフフフフフフ。ついに役立つ時が来たのね! あの特訓が! むしろ敵が来なかったらどうしようかと思ってたわ! 私達に手を出すとどうなるか教えてやる!


「俺とて前回の失態、忘れた訳ではないぞ! 今回は実力本位で選抜した部下三人と今まで接収した魔道具の数々、惜しみなく使ってくれるわ! 行けいっ! レイン! スノウ! ラクライ!」


「御意!」


 このアルカディア・ボックスは私達が! 守る!

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