地獄の114丁目 アルカディア・ボックスの攻防③

「ったく、露払いぐらいまともにやれよ。ほんと使えねーな」


 女の勘、ビシッと的中。


「あー……。こいつといい勝負してるレベルだったら私に敵うはずないから。とっとと降参してくれる?」


 腕組みをしたままけだるげに距離を詰めてくるスノウ。この姉妹の関係など知ったこっちゃないけどサポートのように見えて全く仕事をしていなかったのは自分が戦うのがめんどくさいからってだけか……。


「降参して何か状況が変わるの?」

「んー……。いや、変わらねーな」


 頭を少し掻く仕草を終えると、仁王立ちのままスノウは気合を込めた。すると、ふくよかで私に負けるとも劣らない悩殺バディは見る見るうちに筋肉質のゴリラのような肉体に変化していく。


「ごめんね。魔力的にはそこのバカ姉と変わらないんだけど、肉弾戦は私の方が100倍強いんだ」


 いやいや、見た目もキャラも変わり過ぎでしょ。


「んー……。やっぱり私の方が大きい」


 さっきまで目の前で話していたスノウがいつの間にか背後に回り込み、後ろから胸を鷲掴みにしていた。


「なっ……!」

「この姿で戦う事は別にいいんだけど、なるべくなら晒したくはないのよね。可愛くないから」


「だから、姉とあなたたちには怒り心頭ってわけ」


 私の背後にいたはずのスノウはステビアの肩に手を置き、ため息をついた。次の瞬間、ステビアの姿は消え、そのすぐ後にズドンと轟音が二度鳴り響いた。後に残った状況から察するに、ステビアは殴り飛ばされ、一番近くにあった障害物(岩)に打ち付けられたようだ。


「ローズ……さん……逃げ……」

「お口チャック」


 【思考同期シンクロ・シンク】が途絶え、気が付くとまた背後にスノウが立っていた。恐怖の余り震えがくる。


「こ、降参……」

「ごめん、良く聞こえなかった」


 右腕の骨がミシリと音を立て砕かれる。


「っぁ! ああああぁぁぁぁっ!!」

「お仲間も助けに来れないようね。さて、後はどのように痛めつけてあげようかしら」


 スノウはニコリと笑うと左手に手をかけた。





「――というシナリオでただ今絶賛エクスタシーの最中みたいね」

「ローズさん……の幻術に……うまくハマってくれたみたいで……良かったですね」


 ローズとステビアの前には気絶したレインと立ったままうつろな目で独り言をつぶやくスノウの姿があった。


「筋肉ムキムキになった時はどうしようかと思ったけど」

「自信家タイプには……効果覿面」

「とにかく、今のうちに結界を作って閉じ込めちゃいましょ! キャラウェイさんやセージ君たちはいつの間にか距離を取ったみたいだし」


 という訳でステビアと協力して魔法陣を作成し、その中にレインとステビアを閉じ込めた。時間があったので結界内の魔力を吸って硬くなるように設定したからほっとけば戦闘不能になるでしょ。邪露丸とか言うアイテムがあったとしても。


「これで……よしっ! っと」

「出来た……」

「じゃあ、これで」

「大」「勝」「利!!」


 ステビアと目を合わせ、ハイタッチ。何とか二人で敵を退けることが出来た。後はキャラウェイさんとセージ君だけど……。


「二人の様子は? 同期出来る?」

「セージ君は……ノイズが酷い。アレを使ってるみたい。キャラウェイさんは……思考を閉じてる。敵の能力とか道具を警戒してるのかな」

「方向分かる? 応援に行きましょ!」

「うん……あっち……」



  ☆☆☆



「ううう……」


 どうしよう、場の流れでローズやステビアと離れ離れになった挙句、キャラウェイさんも向こうの隊長と何処かへ走って行ってしまった。


「お主、いつまでそのような軟弱な声を上げておる!」


 おまけに僕の前に残ったのは強キャラ丸出しの男。銀の長髪にまっすぐそそり立つ二本の角、顔を横断する傷一本、縦断する傷一本と黒光りする肌、手には刀と羅列していくだけでお腹いっぱいなのにこの口調である。


「いや僕は本来、非戦闘員で……」

「拙者とて、本来お主のような者と切り結ぶのは本意ではござらん」


 拙者て。ござらんて。


「なら、ここは一つオセロでもして勝負を……」

「ならん。我が任務は制圧なれば、障壁は切って捨てる」

「よりによってこんな武闘派キャラ。ゴツゴツしてて好みじゃなぁい。助けてぇ! キーチローくーん! キャラウェイさーん!」

「ムムム。軟弱、惰弱の極み。これ以上は我慢ならん!」


 男が刀を抜くと正眼の構えを取った。


「拙者、お主を屠る者。名をラクライと申す。お主の名は!」

「ひっ……、せ、セージ。セージ=シモンズ!」

「いざ、尋常に!」


 刀対素手。勝敗はこのままだと火を見るより明らかだ。とにかく僕は僕の出来ることをやらないと。出し惜しみなんかできる場面じゃない。



 ――三か月の修行で僕が得た能力。それは、【魔眼開眼イービル・アイ



「セージ君は地獄生物の観察係をしていただけあっていい眼を持っていますね」


 人から褒められることに慣れていないのでキャラウェイさんからそう言われた時は誰の事を言っているのかと周りをキョロキョロと見回してしまった。


「あなた達三人は特長を伸ばす方向で修行しましょう」


 修行の方向性を決める時にキャラウェイさんが放った言葉だ。ローズはサキュバスの得意分野である幻術。ステビアは情報処理と魔術全般を。僕は……。


「僕は何を伸ばしていけばいいんでしょうか」



 ――地獄に生まれて数十年。魔族でありながら大した野心も無ければ邪心も無く、魔法が得意な訳でも残虐な戦いを好むわけでもない。金品や派手な装飾に興味もなく、ただ漫然と生きていた。唯一心を動かしたのは地獄生物の生き様。


 それぞれの生物が何か自分には無いポリシーのような物を持っているようで、例えようもなく美しく感じられたのだ。それからは地獄の生態調査官に志願し、様々な生物の観察を行う事で自分の欲求を満たしてきた。


 そして、この度、地獄の魔王が生物保護に乗り出すことを耳にし、裁判所で行われていた説明会&面接に参加してみた訳だが、そこで僕は運命の出会いを果たす。


 彼の持つ能力もさることながら、今まで会ったどんな生き物よりも輝いて見えた。美しく見えた。他の人に言わせればなんてことはないただの人間なんだろうけど。だから僕はこの職場に来れて本当に良かったと思えた。度重なる襲撃を受けても、この場所を守りたいと思った。


 でも、僕には何の才能も無い。


 そんな時にキャラウェイさんに言われたのが僕の眼についてだ。


「あなたの眼、伸ばせばきっと強力な武器になります!」


 うれしかった。初めて認められた気がした。だから僕はこの能力で目の前の脅威を除かなくてはいけない。



「どおおりゃあああああっ!!」


 斬りかかってくるラクライの切っ先を注視する。単純な振り下ろしらしい。動きに変化が無いか見極めながら躱す。【魔眼開眼イービル・アイ】の真骨頂は観察眼。挙動を読み、全身の筋肉の動きや目線の動きから予知にも似た先読みを行う。もちろん、その動作に耐えられるよう肉体の鍛錬も行った。


 キャラウェイさん、ダママ、フェンリル、カブタンに同時に襲われてもどうにか捌けるぐらいに動けるようになったが、やっぱり訓練と実戦は天地ほども違う。


「お主、その金色こんじきの眼……」

「僕も逃げてばかりじゃないよ!」


魔眼開眼イービル・アイ】の副次的作用として、敵と自分に大幅な戦力差が無ければ、能力のコピーが出来ることに気づいてからは、アルカディア・ボックス中の生物や人物と組手を行った。魔法の方はからきしだったけど、それでもこの身には今、この地の戦力が全て詰まっている。


「君と、。どっちが強いか勝負だよ!」

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