地獄の65丁目 魔王相対す
デボラ、ベル、ローズ、キャラウェイさん、俺、そしてダママ。総勢5名と一匹は地獄の果ての果て、敵のアジトらしき城の前に立っていた。ここまで早く文字通り嗅ぎつけられるとは思ってもみなかったのだろう。もしくは自信の表れか、道中に妨害工作や敵の出現はなかった。
「今までがそうだったとて、これから何が襲ってくるとも限らん。各自、警戒を怠るな!」
全員が一斉に返事をする。ここまで来たらコメディ要素は一旦なしだ。それにしても妙だ。敵のアジトには間違いないのに、事ここに至っても何らリアクションはない。魔力感知を妨害しているにしても、城に侵入者があれば物理的に気づきそうなものだが……。
頑丈そうな鉄製の大きな城門を開くと、中には庭園が広がっており、毒々しい色の花々で彩られていた。見た目もそうだが、それらが放つ臭気はどこか腐敗臭に近い、気分が悪くなるものだった。たぶん、カブタン用の鼻ガードはまだ有効なはずなので、これが無かったらと思うと背筋が凍る。
「さすがに美しい庭園ですね」
「ああ、手入れがよく行き届いておる。コンフリーの趣味だろうな」
思いもよらない会話だが、俺は感覚を疑うようなことはしない。これは地獄の住人の感覚なのだ。
「さて、まだ姿は見せない……当然か?」
「罠のようにも思えますね」
先頭に立つ二人の魔王、心強い。特に普段着ている白衣を脱ぎ捨てたキャラウェイさんの練り上げられた体は圧巻だ。無駄なく鍛えた筋肉は主張するでもなく、さりとてピチピチの黒シャツを張り裂かんばかりだ。
「なんて素敵な肉体……。この城、寝床はどこかしら。ハァ……ハァ……」
「今回はコメディ要素なしだってばローズ。ツッコまないぞ」
庭園を抜けた先には城内への門がさらに続いていた。ここもあっさり開くと、目の前に現れたのは広い広いエントランスだった。吹き抜け構造になっており、二階への大階段も正面に見える。そして、その階段に立っていたのは黒髪の妖艶な美女。真っ黒なホルタ―ネックのドレスを身に纏い、ニコニコとこちらへ微笑みかけていた。
「ようこそ、我が主の住まいへ。お待ちしておりましたわ」
「豊凶の魔女、ベラドンナ……!」
「その呼び名は二度と使わないで欲しいねぇ! まるで私が胸を盛ってるみたいじゃないか! この胸は自前だよ!!」
「尽くしたものには富と名声を、忌敵には破滅と絶望をもたらすと言われている」
「話聞いてるのかい! デボラのお嬢ちゃん!」
妙な人が出てきたぞ……。
「デボラ様、お知り合いで?」
「いや、あいつは我がドラメレクと決別してから仲間に加わっていたはずだ」
「さて、要件はお互い明白だねぇ。あんたらはあそこにいるフェンリル」
ベラドンナが指差した先には球形の檻に入れられたヴォルと片腕を失ったはずのコンフリーが立っていた。はず、と言うのはすでに新しい腕が生えていたからだ。こんな短時間で腕を生やしたのだろうか。魔法とは恐ろしいものだ。
「そして、私の要求はコキュートスの最下層へ至る扉の鍵!」
「我の鍵を手に入れても天界に保管されている鍵はどうする! それに氷は!?」
「それはおたくらの知ったこっちゃないねぇ」
ベラドンナは不敵な笑みを浮かべているが、それもそのはず。こちらの手の内は一方的に筒抜けになっていると考えていい。片や向こうの策はベールの裏側。こうしていても埒があかない。戦闘も折り込み済みだ。
「ヴォルは返してもらうぞ」
デボラは言い終わるや否や、ベラドンナの元へ駆けた。想定外のスピードにベラドンナは顔を歪めて迎え撃つ。
「コンフリー! こいつ以外の雑魚を5分止めてみな!」
「やれやれ……先代魔王を雑魚呼ばわりとは……」
「全く無礼な話だな。コンフリー」
俺がデボラの戦いに目をとられている内に、キャラウェイさんはあっという間にコンフリーに間合いを詰めていた。
「はぁ、全くやれやれ、見た目もそうですがスピードも衰えていないとは」
タメ息混じりに首を振ったコンフリーの腹にキャラウェイさんの蹴りが鋭く突き刺さり、後方へ体をくの字にして吹き飛ばされた。キャラウェイさんのキャラ崩壊の上振れである。
「ゴフッ……、ああ、嫌だ嫌だ。力もこれですから」
コンフリーは口から紫色の血を吐きながら天を仰いだ。その顔面にキャラウェイさんの蹴りが入ったかと思いきや、すんでのところで躱し、その足の下に潜り込む。そして、両手をバネにキャラウェイさんの顎を蹴り飛ばす。この間約2秒。恐ろしく早い攻防。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「君らは僕達が相手してやるよ!」
「よくも僕に毒を盛ってくれましたね! この犬にはしつけが必要なようです!」
突如現れた禁忌キッズにベルとローズ、ダママは戦闘態勢に入る。空気がピリリと張り詰めて行く。
「流石にちと荷が重いか」
デボラが空中に手を翳すと、魔方陣が現れた。
「力を貸してくれ! カブタン!」
「あいよー!!」
魔方陣からカブタンが現れ、ブンブンと飛び回る。
「キーチロー達に加勢してやってくれ!」
「任しとき!」
☆☆☆
「コンフリー君、腕を上げたんじゃないですか?」
「400肩で最近上げるのが辛くなってき魔した」
お互いの拳が弾け飛ぶような肉弾戦。その最中、二人は世間話でもするかのように軽口を叩き合っていた。
「ドラメレク君は残念ですが、彼はやり過ぎました」
「これはこれは。地獄の魔王の辞書に“やり過ぎ”などと記載があったとは」
「私に必要なのは辞書ではなく辞典でしてね」
刹那、コンフリーの顔面をキャラウェイのフックが捉える。
「グッ……。ふぅ、私も老後の趣味を見つけんといかん様ですな」
コンフリーは半ば諦観していたが、主人の復活の為、今一度老骨に鞭を打った。明らかな戦力差にも関わらず。
☆☆☆
「はぁ、また犬っころか」
「それに加えてあの素早い蜂。厄介ですね……」
おかしい。アルカディア・ボックスに侵入された時、それなりに傷を負っていたはずだ。魔族ってのはこんなに回復が早いのか……?
「ベル、攻撃は一旦ダママとカブタンに任せて私たちは彼らのサポートと結界に集中しましょう」
「キーチローさん、ローズがまともな事を言っているようですが」
「ローズにもまともな日だってあるさ!」
「きぃぃぃぃぃっ」
「ほれほれ、いくでぇ!」
カブタンの目にも止まらぬ角による波状攻撃。リヒトは完全に抑えられている。シュテルケはと言うとダママの毒にやられた苦い記憶が蘇るのか、膠着状態に陥っていた。敵だけど分かるよ。かすっただけで死ぬとか言われたもんな。ガッツリ噛まれて生きてるのが不思議なくらいだ。
☆☆☆
変だ。なぜこいつはここまで殴られて平然としている。いや、平然としてはいるが当たっていないわけではない。確かに手ごたえはあり、骨の砕ける感触もある。だが、次の瞬間には何事も無かったかのようにこちらに爪を伸ばしてくるのだ。
「貴様、何を企んでいる!」
「細工は流々仕上げを御覧じろってねぇ」
「何っ!?」
突然、ベラドンナから信じられない量の魔力が溢れ出した。馬鹿な! この魔力、我やドラメレクすら上回っておる!?
……まずい!! 狙いは
☆☆☆
俺は、見ていた。ベラドンナの体から真っ黒なオーラが立ち上るのを。
俺は、見ていた。ベラドンナの瞳が怪しく光るのを。
俺は、見ていた。デボラの両手がだらりと落ちるのを。
「ヒヒヒヒッ! アハ、アハハハハハハッ! さぁ、鍵を寄越しな! デボラ!!」
デボラは命令されるがままに、懐にしまい込んでいた鍵を手渡す。
「仕上げだねぇ!」
ベラドンナが両手を上げると、空間がぐにゃりと歪んだように感じた。そして、ベラドンナは姿を消した。デボラはベラドンナが消えると、すぐに正気に返り、辺りを見回した。
「奴の指輪……、アレは魔吸魂の指輪だったか!!」
いつの間にか、コンフリーも禁忌キッズの二人にヴォルも姿を消していた。
「魔吸魂の指輪って?」
「殺した相手の肉体も魂も全て魔力に変えて吸い込む指輪だ! それによって我の魔力を一瞬だけ上回り、【
「これは……してやられましたね」
「しかしあの魔力量、まだ底を見せていなかった……。いったい何人の肉体と魂を喰らったのか……」
「ともかくこうしてはいられません! デボラさんの持っていた鍵は奪われてしまいましたからね!」
「コキュートスへ向かうぞ!!」
☆☆☆
「さあ、行くよ!」
ベラドンナは急いで天界、地獄の鍵でコキュートス最下層の扉を開け、氷漬けになっているドラメレクにキスをした。
「愛しいドラメレク様……。ベラドンナが参りました……」
ベラドンナは魔吸魂の指輪を発動させると、自身の全ての魔力さえ注ぎ込み、“転生の炎”を召還した。
「今、溶かしますからねぇ! ドラメレク様ぁ!」
“転生の炎”はコキュートスの氷をも溶かし、ドラメレクの肉体を解き放った。
「次は鎖! フェンリルを出して【
コンフリーは魔力を振り絞り、ヴォルに鎖を引きちぎらせた。
「最後はマンドラゴラをありったけ!!!!」
禁忌キッズの二人は小間使いのようにマンドラゴラをすり潰してドラメレクの口へと運んだ。
「う……」
「ああ……、ドラメレク様……」
「我が主……」
「お父様……」
「ベラ……ドンナ、コン……フリ……、リ……ヒト……シュ……テ……ルケ?」
その時、バタバタと一団が階段を駆け下りてきた。
「ドラメレク……! 遅かったか……!!」
「デボラ? バ……ランさん? どういうことだ……?」
どうやら、時すでに遅しという奴らしい。なんで天界の鍵まで開いてしまっているのか。俺達は今はただ事態の推移を見守るしかなかった。
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