地獄の64丁目 ヴォル、奪還作戦

「ちょっとその前に、確認したいことがあるんだけど」

「そういえば我もだ」

「私もです」

「私も」


 みんなの視線がカブタンらしき生物に集まる。


「なんや。改めて見つめられると恥ずかしいやんか」


 いやいやいや、なんやじゃないでしょ。その姿。芋虫のような見た目はどこに行ったのか。まずそこを説明してほしい。


「あ、もしかしてこの姿? かっこええやろ」


 全員が一斉に違うそうじゃないと口を揃える。


「いや、そろそろ最後の脱皮かなーって思ってたんやけどアルがキーチローがピンチて言うから心配してたんや。俺にはなんもできんからな。けど、キーチローは俺が助けたらなアカンって……。そしたらなぜかこんな姿になってました。はい」

「いや、おかげで助かった訳だから、とにもかくにもお礼はしたいんだが。ほんと見違えちゃって俺は困惑している」


 カブタンは昆虫のため、表情から感情を読み取ることは難しいが、楽しそうに飛んでいるので良しとしよう。にしても芋虫から蜂のような姿って色々逸脱しちゃってるような気もするが……。


「問題はこれが個体特性なのかどうかです」


 キャラウェイさんがいつものように眼鏡をクイッと上げながらカブタンに近づく。


「このアルカディア・ボックスの影響でこのような姿になったのなら、他の三匹にも同じような変化があると考える事が出来ます。しかし、今回カブタンはキーチロー君を助けたいと念じていたと言っています」

「ふむ。状況や思考が影響を与えるのなら他の三匹は別の姿になる可能性もあるし、姿が変化しない可能性もあるということですな」


 その通り、と言う代わりにキャラウェイさんはコクリと頷いた。非常に真面目な顔だが本心は破顔一笑しそうなところを必死に堪えているらしい。口角が少し上向きに引きつっている。


「カブ吉、カブ子、カブ美が脱皮したらどうなるのか。その子供はどんな姿で生まれてくるのか。研究材料があり過ぎて少々、興奮してきました。ラビィ君との関係も気になります」


 そういえば、蜂はすでにキラービーがいたんだ。キラービーも進化したりするのか……?


「ともかく。戦闘力と言う点では心強いが、あまり危険な目に合わせたくない。ヴォルの例もあるしな。そもそも戦闘形態への進化は本来のボックスの趣旨ではない」


 元々、進化する先の姿が決まっていて何かのきっかけで形態変化したならいいけど、魔力の暴走で戦闘形態へ変化したとしたら確かに危険な兆候ではある。


「ダママやカブタンの力が必要になったら我が呼ぶ。それ以外の時はこのアルカディア・ボックスの中で平穏に暮らしていて欲しい。宜しく頼む」

「デボラ様、難しい事はよーわからんけど俺らはみんなの役に立ちたいんや。ヴォルかてこの箱庭の中には普段エサにしてる奴もいるやろうに妙な仲間意識はあるんですわ。地獄で出おうてたら俺なんか踏み潰されてたかもしれん。けど、俺は助けに行きたい! せやから困った時はいつでも呼んで下さい!」


 茶々をいれる気は毛頭ないが……熱いぜ、カブタン。お前あちぃよ! 立派に育って……。きっと俺は今ヘルワームマスターになれたんだな。まさかカブトムシの幼虫(違う)からこんな生物が育つとは。俺は感動して涙が溢れた。いや、実際には溢れてないがそれぐらいの感動はした。


「お前の気持ちはよくわかった。また世話になることもあるかもしれん。宜しく頼むぞ! カブタン!」


 デボラはカブタンの角を撫でると一呼吸置いて俺達の前に向き直った。


「我は魔王、デボラ=ディアボロス。これよりヴォルことフェンリルを奪還に向かう。危険が付きまとう故に無理強いはせぬ。だが、どんな形であれ、我に協力してほしい。この力至らぬ魔王をどうか救ってくれ!」


 ベルは真っ先にデボラの前に跪き、手を胸に頭を垂れて忠誠のポーズをとった。


「私はデボラ様の忠実なる僕。剣を取れば怨敵皆殺し。盾を取れば返り血の一滴からも御身お守り致します」


 ベルのせいで口上のハードルが上がりすぎて一瞬、全員が一歩を踏み出せない状態に陥った。こんな時頼りになるのはやはりキャラウェイさんだ。


「私も大事な研究対象を奪われて怒り心頭です。相手は既にボロボロでしたけどまだ歯向かう気なら私も容赦しません」


 キャラウェイさんは肩をグルグル回すと首をポキポキ鳴らした。俺はというと口上のハードルが下がった分、キャラ描写のハードルが上がった気がしてローズと顔を見合わせた。ローズも同じ気持ちらしい。よく見ると変な汗をかいている。


「ろ、ローズウッド、昼寝の時、ヴォルの背中じゃないと寝られない体になりました。安眠を取り戻してみせますわ!」


 ローズが下げた頭のままでこちらを見てくる。今ので大丈夫だったか聞きたげだ。俺は“多分、大丈夫だ”の意味を込めて短く頷いた。次は……俺か?


「俺は、自慢じゃないがこの中で一番非力で魔法も使えやしない。足手まといになるのは分かり切ってるけど、仲間の為に何か俺に出来ることはある?」

「キーチローは我のそばにおってくれればよい。それ以上は望まない」


 正直に思ったままを伝えた。俺に出来ることはほとんどないだろう。それどころか今回のように人質になってしまう危険性すらある。それでも、そばにいて欲しいと言われるなら、横に居よう。怖いけど。


「私達は残念ながらお役に立てなそうです。でも、ここの管理は任せてください」


 セージとステビアは魔法は使えるが、あの連中と事を構えるようなタイプではない。むしろ、エサやりなどをしっかり継続してもらえる方が助かる。


「ああ、カブタンに助けに来てもらった時に腹ペコで動けんのでは困るしな。十分役に立ってもらっている」


「さあ、今回はダママの鼻が頼りだぞ! あの広い地獄でヴォルを探すには匂いだけじゃダメだ。前も言ったが魂の臭いを嗅げ! 今のダママにはきっとそれが出来る!」


「うん!」

「はい!」

「おっしゃああ!」


 ダママは気合たっぷりに吠えた。以前は何を無茶な……と思っていたが、不思議と今は魂の臭いの追跡ぐらいこなせそうな気がする。みんな気が付かないうちにどんどん大きくなって成長したんだなぁ……。


「さあ、目指すはドラメレク一派! 奴らに地獄を見せてやれ!」


 今から行くとこ地獄なんスけどね。

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