地獄の55丁目 ケット・シーですにゃ
今日は地獄の魔王、デボラ=ディアボロスさんの居城よりお送りしてまいります。進行は安楽 喜一郎でお届けいたします。さあ、ミステリアスな雰囲気に包まれたこのお城を案内してくださるのは勿論、この城の主、デボラさんです! この広いお城でどのように暮らしているのか、早速伺っていきましょう。
「キーチロー! 何をブツブツ言っておる! この城で迷うと死ぬぞ!」
えー……、大変不穏なご発言がありましたが、恐らく冗談の類ではございません。先ほど私うっかり壁に寄りかかった際、謎のトラップが発動してしまい、私の頬を槍が掠めていきました。デボラ様に引っ張ってもらわなければ私のお口は奥に向かって広がっていたことでしょう。重要なのは発動契機がボタンなどの物理的な仕組みではなく魔法だという事です。そのため、見た目には何の変哲もない壁、柱、果てはインテリアまでが侵入者に向かって牙を剥くのです。
「全く、相変わらず油断しておるな。ここは地獄だぞ」
そう、ここは脆弱な人間の浅はかな常識など及ばぬ阿鼻叫喚の地獄そのものでございました。当方の不見識を改めてお詫び申し上げます。
「さ、帰ってきたな。我の私室に」
「私にその資質がありますでしょうか?」
「何をつまらんことを言っておる! 見せたいものがあると言っただろ、さあ早く入れ」
促されるまま部屋に入ると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。
「え? 俺の部屋……?」
間取り、部屋の家具。さすがに私物の数々は差異が見られるものの、ほぼ見覚えのある位置に見覚えのあるものが設置してあった。
「そうだ! 暗闇でも歩けるように訓練しておる!」
「暗闇って……」
「深い意味はない! あと、なんだか落ち着くのだ!」
ちょっとさすがに怖い……。まさか家の中にアパートを再現するとは。魔王、恐るべし。
とは言え、見慣れた部屋を歩いていくと奥の部屋の中央に見慣れないものがちょこんと座っていた。正確にはそのもの自体は見慣れた姿なのだが。
「猫……?」
「猫だ。いや、正しくはケット・シーと言う」
ああ、なーるほど。こういうのも出てくるのか。地獄の生物は奥が深いなぁ。てゆーか猫たまんねぇなあ。犬もいいけど猫もいいよなぁ。何種とか分からんけど黒毛に鼻の上から胸にかけての白毛の模様が可愛い。地獄の生物にしては大きさもマイルドで、人間界の少し大きめの種類と言われても信じられる。
「さっき、話した賊に襲われたようなのだ。本当はボックスに連れて行ってキーチローと話させたかったのだがケガをしていてな。しばらくこちらで動かさないように保護していた。もしかしたら賊に近づくヒントになるかもしれんしな」
なるほど、見せたいものってこれか!
「えーと、ケット・シー? でいいのかな?」
「おおっ!? 言葉が通じるにゃ!?」
「一応聞くけどその“にゃ”はキャラ付けの為じゃないよね?」
「何のことやらさっぱりわかりませんにゃ」
「俺の知ってる生き物たちはそういう喋り方しないからね。一応ね」
「何のことやらさっぱりわかりませんにゃ」
RPGのNPCかよ。
「キーチローといると我も会話に参加出来るな!」
「デボラ様! 話せるのにゃ!?」
「ここにいるキーチローの力を借りてな」
「すごいのにゃ! お礼が言えるのにゃ! デボラ様、治療してくれてありがとにゃ!」
ぺこりと頭を下げるケット・シー。
あざとい。でも、あざと可愛い。これは今年来るな……!
「ケガはもういいのか?」
「傷口に塗ってもらったマンドラゴラが効いたみたいですにゃ」
「なるほど。飲むのと塗るのでは効果が違うのか! 勉強になるなぁ」
「早速で悪いが賊に襲われた時のことは覚えておるか?」
ケット・シーはふるふると横に首を振った。
「何もかもが急な出来事で……。ただいろんな種類が居たと思いますにゃ。鬼人やら悪魔やら」
「そうか。それはそれで貴重な情報だ。助かる」
「ごめんにゃ、役に立てなくて」
「そんなことは無い。それはそうと」
デボラがアルカディア・ボックスの説明を始める。ケット・シーの方も襲われたところだからか真剣に聞き入っている。
「なるほど。僕もそこに連れてって欲しいにゃ」
「そうか、来てくれるか! そうと決まれば名前を決めんとな! キーチロー!」
「はいはい。お任せください」
黒毛に白毛……おにぎりっぽいが……。色の配置は逆だな。ケット・シー……、ケット・シー……。
「キミはオスなの?」
「オスですにゃ」
決めた!
「ノリオ! 海苔とお米!」
「相変わらず即興感がすごいな」
「ノリオですか……にゃ」
「今、にゃって言うの忘れそうにならなかった?」
「何のことやらさっぱりわかりませんにゃ」
怪しいけどまあいいか。
「じゃあ、これからよろしくな! ノリオ!」
「よろしくにゃ! キーチロー! デボラ様!」
早速、フレンドリーにも呼び捨てにされてしまった。デボラとの格差をひしひしと感じるが仕方あるまい。相手は地獄の魔王。唯一にして無二の存在なのだ。歴代がまだ生きちゃいるが。
「新しい仲間が増えた事、ヘルガーディアンズにも知らせておかなくてはな」
「そういえばノリオって何を食べて過ごしてるの?」
「小さな動物とか襲って食べてますかにゃ」
「キャットフードって食べられるかな?」
「何だかよく分からんけど出たものは残さず食べるにゃ。それが野良猫の掟にゃ」
「野良猫だったのか……」
よくよく聞いてみると城の近くや集落の残飯をあさって生きていたそうだ。まさに野良猫。これならキャットフードもいけそうだ。
「じゃあ、うちも紹介するよ。と言ってもこことほぼ変わらないけど」
改めて内装を見回し、小さなため息をつく。逆に乙女乙女しい部屋とかでもびっくりするがこの私室は予想の範疇外だ。
「そうか? 似せてはあるがところどころ我の趣味も入っておるぞ?」
確かにうちにド派手な絵やザワザワ動いている謎の観葉植物はありませんがね。あの自称悪魔のパンクバンドのタオルも無いな。なんであんなもん持ってるんだ。
「さあ、では行こう!」
「あ、じゃあお邪魔しましたー……」
瞬きをすると今度こそ紛れもなく自分の部屋だった。殺風景だが真に見慣れた部屋。骨や悪魔の意匠など無い、これこそ男の一人暮らしと言うべき部屋だ。
「ここからアルカディア・ボックスに行こう」
「これが噂の箱庭ですかにゃ」
「そう。これからキミが暮らすところ」
「愛の巣になるかもしれん場所だ!」
「……ま、それはどうなりますことやら」
紹介もそこそこにノリオを抱きかかえた俺は『中へ』と念じる。
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