地獄の54丁目 お邪魔します

 最近では観光感覚で地獄に度々訪れている俺も、自身が意外に思うほど訪ねていなかった場所があった。


 魔王城、つまりデボラの居城である。


 アルカディア・ボックスを運営する上で必要かと言われれば疑問符を配置せざるを得ないが、このたび二度も告白を受けた身として正式にご招待いただく運びとなった。これじゃ、まるで既定路線の始発駅を出発したところではないかと危惧していたが、構えずに一度遊びに来てほしいと言われたので、来た次第である。


 魔王城は当然ながら(?)地獄の中心に近くにあり、それでいて数々の刑場や天変地異とは無縁の場所にある。彼らの移動手段は専ら魔法陣による転送なので、どこからどれだけ離れていようと関係ないのだ。それでも何某かの侵入に備えて、切り立った崖と跳ね橋はセットになっている。


 魔王城と言うからには雷雲で覆われていて稲光の一つも欲しいところではあるが、実際は人間界でいうところの欧州の古城のような佇まいである。ここには身の回りの世話をするスタッフや執事なども常駐していて、デボラの生活をサポートしているそうだ。


 と、一気に説明口調で片づけたが、実際に目にすると大層荘厳で、巨大で、主の案内が無ければ腰が引けて入門すら躊躇われるほどだ。


「生き死に含めて人間を招待したのは初めてだ。光栄に思え、キーチロー」

「お、お邪魔しまーす……」


 城壁に囲まれた門をくぐると細い通路になっており、人が二人通るのがやっと。だが必要以上に密着してくるデボラとなら十分に余裕を持って通ることが出来る。


「ここは、代々の魔王様が住んでいたところってこと?」

「何度か建て替えはしているようだがな。代々の趣味が混ざり合って地獄らしいカオスになっておる」


 なるほど。入口から続く回廊に飾られていた絵や銅像が東洋西洋入り混じった無秩序の極みだったのもそういう訳か。


「さあ、ここが我の私室だ」

「え、こういう時ってまず客間とか応接室に通さない?」

「そうか? 我はキーチローの部屋にずっと出入りしていたはずだが?」

「あれは客間でリビングでダイニングでキッチンなの。全部入りなの。しがないサラリーマンの一室と比べちゃだめなの」

「そういうものか」


 それに、魔王であるとはいえいきなり女性の部屋に入るというのも気が引ける。いらぬ心配だとは思うが。


「では、客間へ案内してしかる後に我の部屋へ連れ込もう」

「なんか漏れてますよ」

「べーつに、キーチローにその気がないのだからいいだろう?」


 その気ってどの気だよ。


「罪な男だとは思うが許せ」

「その罪、地獄で償わせてやる」


 地獄の魔王が言うとシャレにならん。落ちる先は血の池か針の山か。そして案内された客間は絢爛豪奢……というには何か惜しい、地獄のセンスで彩られていた。一見、貴族が座っていそうな偉そうな椅子の肘掛けにはどこのモンスターを狩ってきたのか、極太の骨があしらわれ、座ると真向かいには山羊の頭が飾られており、事あるごとに山羊さんと目が合う。


「なんか……別の意味で落ち着かない……」

「せっかくうちに来たんだ。『大吟醸グリフォンの涙』で一杯やっていくか?」

「お酒で酔わせてどうする気?」


 体をくねらせて不愉快にも程がある仕草をするがデボラには無視された。


「ちなみに人間界で言うところのアルコール度数は99だな」

「地獄の飲み物じゃなくても死ぬわ。ほんとにどうする気なんだ」

「死んだら自動的に我のしもべであろう?」


 どうする気かは理解したが、俺とてまだ死ぬ気はない。普通にお酒飲みたいし美味しいものも食べたい。女子とイチャイチャなんて欲求が無いわけでもない。いや、カッコつけてゴメン。めちゃくちゃある。


「ところで、ここには両親と住んでるのかい?」

「ここには居ないな。別のところに住んでおる」

「いやー、両親に紹介フェーズまで進んじゃったらどうしようかと思った」

「ははは、人間を紹介したらたちまち閻魔の列の順番待ちだな。母様はともかく父様が何をしでかすかわからん」


 両親が来たらそれこそしもべAを演じ切るしかないな。いや、演じるも何も今現在、ほぼそういう関係だ。まだ恋人同士になったわけではない!


「頼む。まず、人間として生きる道を残してくれ」

「ふふん。我はな、キーチローが人間と付き合い、結婚し、子供が生まれても祝福してやれるぞ? どうせ、長くてあと80年ほどの話だ。アルカディア・ボックスで遊んでいたらあっという間だ。その代わり天寿を全うした後は覚悟しろよ? 天界には渡さん。愛し尽くしてやる」


 情熱的に恐ろしいことを言われた気がするが……。まあ、何事も無ければ後数十年はあるだろうし、デボラがその気ならこっちも気兼ねなく人間の生を全うしよう。


「ところで、ヒクイドリのベスタの話、覚えているか?」


 忘れようもない。家族が攫われて今も旦那さんと朗報を待ち続けているはずだ。俺は少し身を乗り出して話を聞く体勢を作った。


「何か進展が?」

「進展というほどではないのだがな」


 デボラは嬉しそうとも苦しそうともつかない顔をして話を続けた。


「ドラメレク一派とは別に、地獄の生き物専門で捕らえたり殺したりして回っている集団がいるらしい」

「酷い話だ」

「悪魔の中には快楽が食事になっている輩もいるからな。胸糞悪い話だが、一概に否定も出来ん。地球の食物連鎖では地獄の生き方は測れないと考えておいてくれ」


 理解は出来るが納得は出来ないなんて昔誰かが言ってた気がするな。俺の気分はまさにそれだ。


「集団というところまでは分かったって事だな」

「ああ、地獄でも闇に包まれた集団だ。だが、分かったのはそっちのルートから色々取引を増やしている人物が最近になって現れたと。その中にヒクイドリも含まれていたとか」

「もしかしたら……」

「ああ。その中にベスタの家族やアグニの仲間がいるかもしれん」


 ベスタとアグニの為にも是非取り返したいところだが……。デボラもここに来てようやく少しでもヒクイドリの情報に巡り合えたのが嬉しかったのか、先ほどより顔が和らいでいた。


「また、忙しくなりそうだぞ、キーチロー」

「俺に何が出来るか分からんけどお安い御用だ!」

「ところで、我の部屋には来んのか? 色々見せたいものがあるんだが」


 忘れてたけど、今必要かね? それ。

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