地獄の56丁目 箱庭巡りと謎の盗賊団

 中に着くと俺はノリオを降ろし、少し伸びをした。いつの間にかここの、いや地獄の雰囲気にも空気にも慣れてしまった自分がいる。


「広いですにゃー」

「どこでも好きに使っていい。小屋が必要なら言ってくれ」

「にゃんと……助けていただいたばかりか住むところまで……」


『新入りさんですねー! 私、アルカディア・ボックスのアルでございますー』

「にゃにゃ!?」


 驚いたノリオが全身の毛と尻尾を逆立てて辺りを見回す。


『心配ご無用! 私、箱庭のアルが話しかけておりまーす!』

「アルって……この箱庭が喋ってるのにゃ!!??」


 驚愕の表情でデボラを見つめるノリオだったが、心配するなと言った顔でノリオに微笑みかけていた。


「おかしなことだがこの箱庭はついに意思を持ってしまったのだ。だが、この箱庭に住む生き物の体調管理やサポートをしてくれるゆえ安心してくれ」

「そうなのですかにゃ! 急に話しかけられたらびっくりしますにゃ」


 さて、後は職員の紹介だな。いつもとは逆のパターンだ。とりあえず……ベルはヒクイドリのとこかな。最近、会社では相変わらずの活躍っぷりだがアルカディアボックスに来ると一人が寂しいのかボーっとアグニとベスタを眺めていることが多い。


 そうだ! 謎の集団の事を教えてあげたら少しは元気になるかもしれん。いや、しかし情報が出そろっていない時点で希望を持たせるのは早計か……? でも、捜索にはベルが加わることになるかもしれないから少し離れたところで話しておこう。


「とりあえず、見つけた職員片っ端から紹介してくよ。俺達以外は5人だからすぐだな」


 という訳で、ヒクイドリのエリアに来たわけだが、やっぱりベルは三角座りで空を眺めている。一見するとちょっと疲れた人なので俺とデボラで挟み込むようにゆっくりと腰かけた。


「あっ、これは……! デボラ様にキーチローさん!」

「日がな一日こうして過ごしているのか……?」

「いえ、たまにこうしてヒクイドリ達を眺めていると落ち着くので……」

「いかん、いかんぞ! なんか暗い!」

「…………!!」


 デボラの言葉がベルに突き刺さる。まあ、十中八九、デボラの変化についていけてないせいなのだからこの発言はいささか気の毒な気がするが。


「社員旅行は気分転換にならなかったか?」

「いえ、そのようなことは」

「我はベルに元気でいて欲しい。これは命令ではなくただのお願いだ」

「デボラ様……! 私は、私は……!」


 涙ぐみながらデボラのお願いに対して何度も頷くベル。どうやら少し回復したようだ。


「という訳でこの人がベルです」

「どういう訳ですかにゃ!? なんか見てて気の毒になったにゃ!」

「これは……ケット・シーですか?」

「今日からお世話になりますにゃ。ノリオって名前を付けてもらいましたにゃ、宜しくにゃ!」


 ノリオは俺の腕の中からベルに挨拶をした。


「こちらこそ気づきませんで……。これから宜しくお願いしますわ」


 ベルもノリオに向かって丁寧に頭を下げる。


「よし、次行ってみよう! あ、あとベルに少し話があるから一緒に来てくれる?」

「ええ、構いません」


 フェンリルのところに居るであろうローズを探しながら、俺とデボラはヒクイドリの誘拐に関わっている賊の話をした。見る見るうちにベルの顔に覇気が蘇り、むしろ怒りと共に拳を震わせていた。


「私の大切なベスタさんの大切な家族……。賊の討伐の際には私もお連れ下さい!」

「ああ、頼りにしているぞ、ベル」

「という訳で、あそこでモフモフとか言いながらニヤニヤしているのがローズね。次!」

「ろ、ローズさんの扱い雑すぎですにゃ!」


 犬も好きだしきっと猫も好きになってくれるはずだ! ここにいるならどうせ毎日顔を合わせるわけだし。


「後は、キャラウェイさんとセージとステビアだけど……」


 この三人は真面目に不真面目に色んな所を世話して回っているから居場所がつかめない。ここはスマホ(魔)に頼るとしよう。


 集合をかけて間もなく、三人とローズがローズ邸前にやってきた。


「こちらの男性がキャラウェイさん、次にセージ。この女性はステビア。後、さっきも紹介したけどローズ」

「なんで近くに来たなら声かけてくれないのよ!」

「いやだってモフモフタイム邪魔したら悪いし……」

「モフモフも大事だけどにゃんこも同じぐらい大事な萌え要素よ!」


 謎の怒りをぶつけられてたじろいでいると、ノリオが助け舟を出すかのように自己紹介を始めてくれた。


「ケット・シーのノリオですにゃ。どうぞ宜しくですにゃ!」

「可愛いいいいいいい! 語尾ににゃが付いてる~!」

「あざとい……ですね」

「ほう、これまた希少生物……! じっくり生態を観察させてもらいますよ! ねっ! セージ君!」

「はいっ!」


 キャラウェイさんとセージは旅行以来、少し距離を縮めている様だ。これもひとえにデボラ企画の社員旅行のおかげと言えるだろう。


「よし! これで全員紹介終わったな! ノリオ、みんなと仲良くね! 後、言葉は通じるみたいだけど、なるべく他の生物を刺激しないように」

「分かりましたですにゃ」

「その“にゃ”って可愛いけど無意識なの~?」

「何のことやらさっぱり分かりませんにゃ」



 ☆☆☆


 ここは、地獄の何処か。暗く湿った洞穴を改造して作った一見みすぼらしいアジト。だが、入り口と集会所のみすぼらしさとは裏腹に内装は隠し階段を経てその様相を一変させる。地獄中から集めた宝具に魔具、高価な酒に食料。果ては亡者や地獄の魔物、力無き者と言った奴隷。ここは地獄の中でも随一の地獄と言って差し支えないかもしれない。あるものは天国とも呼ぶが。


 ここを根城に暗躍する盗賊集団、『堕悪ダーク』の首領、ジギタリス。彼は今、美しい客人を迎えて上機嫌だった。


「姉さん、俺達はみんなやりたいようにやってんだ。美人の頼みとあっちゃ断りゃしないが、それなりにかも知れんぜ」

りたいようにり、りたいようにったら、りたいようにって寝る。それでこそ地獄であり悪魔よねぇ」

「話がわかるじゃねぇか」


 ジギタリスはニヤニヤと品定めをするように客人を見つめる。


「あんたのそのバカでかい筋肉とおまけの脳みそ、私の探し物の為に使ってくれると助かるんだけどねぇ」

「ああ!?」


 ジギタリスは持っていたショットグラスを粉々に砕き、木製の机を叩き壊した。


「報酬は美しき世界。それと絶対的な存在。それでいかがかねぇ?」

「あんまりふざけってっと……!」


 その刹那、美しき客人の爪が伸び、背後で棍棒を振りかぶっていた手下らしき男に突き刺さった。5本の爪はそれぞれ急所を貫き、男は絶命していた。


「ふざけてるつもりはないさ。あんた達にとって地獄は天国に変わるんだからねぇ」

「お、お前……」


「ふふふふふ、さあ、話を聞いてもらおうかねぇ」

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