地獄の7丁目 メリークルシミマス①

 俺は今日もスマホ(魔)を片手にヘルワームの飼育に勤しんでいる。エサをやったり、たまに箱庭に入って掃除をしたり。今は2匹で済んでいるので飼育が大変という事はないが、もし今後魔王がヘルワームの繁殖相手を見つけてきたらどのくらい増えるのか。ベルと二人で回せるのかどうか心配だ。


 ベルはベルで会社の方の仕事を完璧にこなし、5時の定時で退勤している。最初の頃こそ、「私が、デボラ様以外の命で動くとは……」とかなんとかブツブツ言っていたが、今では最上段にあるのが魔王の命令であると開き直って割と真面目に仕事をやっている。


 最近追加された口のアイコン(牙が生えていて口を見ただけでいやらしく笑っているのが分かる)の機能により、チャット形式でグループ会話ができるようになったのだが、魔王様との他愛ない会話で平静を保っているというのも大きい。


********************

グループ名【ヘルガーディアンズ】


デ:ヘルワームは元気か?


ベ:はい! 今日もデボラ様のお与えくださった恵み(アルミラージのご遺体)によりすくすくと成長しております!


デ:それは重畳。引き続き宜しく頼む。


喜:カブ吉の方が少し食べる量が少なかったですね。様子を見ます。


デ:ふむ。大事ないといいが……。

********************

【ベル】


ベ:デボラ様に報告した後、逆の報告を被せないでください!


喜:すいません。少し気になったもので……。


ベ:デボラ様の信用を失ったら……私……。


喜:以後、気を付けます。ていうか先にベルさんに気になったことを伝えますね。


ベ:グッドアイディアです! あなたは私のですからね! 報連相をしっかりお願いします。

********************


 完全に人間界に染まっている。なんだこの会話は。報連相て。というかいつの間にグループ名が【ヘルガーディアンズ】になっているのか。


 地獄の守護者の役目はエサやりと囲いの中の掃除、及びヘルワームの観察だ。年の瀬も近いというのに日々大きくなるカブタン、カブ吉以外はこれといってイベントもない。


 そうだよ、年の瀬だよ。もうすぐ年の瀬という事はそう。明日はクリスマス・イブですよ! 魔王様やベルがキリスト誕生祭を祝うはずもなく、それどころか厄日だとかなんとか不敬な事を言って盛り上がっていた。


 その日はベルも地獄に帰るとかで、有給申請する様子を見て滝沢パイセンは何を勘違いしたか、「ベルさんてやっぱり彼氏いるよなー」と凹んでいた。お幸せな事だ。


 俺もお幸せな人になるべく、広瀬さんに軽く視線を送ってみるが、それ以上に多くの殺意に満ちた視線を感じたので、手どころか口さえ出せずにいた。


 ところが、その日の夕刻5時、事件は起こった。相変わらず定時でさっさと帰ってしまうベルを見送ると、なんと広瀬さんの方から俺に声をかけてきたのだ。


「ねえ、安楽君てさ、ベルさんと仲いいの?」

「仲が良いというかなんといいますか……ただの知り合いで……」

「ふーん……。あ、ちなみに明日ってなんか予定あるの?」

「自宅でペットの世話ぐらいですね。ははは」

「え、安楽君てペット飼ってるの!? どんなの?」

「あ、ああ、すいません。引かれるかもしれないんですけどカブトムシの幼虫みたいなもんです」

「え! 幼虫? 変わったもの飼ってるね」

「うち、ホントはペット禁止で……。仕方なくおとなしいものを探したんです」

「へぇー……。見に……行ってもいいかな?」

「えっ」


 俺は即座に辺りを見回した。邪魔者は……誰もいないようだ。さすがにペットの話題からその展開は想定外だ。本来ならぜひともお願いしたいところだが、箱庭やヘルワームを見せるわけには行かない。絶対に。しかも隣の部屋にはベルが住んでいる。人事部はどうにかごまかしているようだが、万が一鉢合わせにでもなったら絶体絶命だ。展開次第では絶命もあり得る。


「すいません。お見せしたいところなんですが自宅が大変汚のうございまして」

「デート……誘ってるつもりだったんだけどな」


 デート入りましたぁぁぁぁぁっ! はぁぁぁぁい! 喜んでぇぇぇぇええっ!!!小声だったが間違いなく今そう言った! そう言ったよな!!? 何!? どういう事!? 見るに見かねた天国側の使者でもいるの!?


「で、で? でいとですか?」

「そ。デート」

「でしたら、ホントに汚い自宅なんかよしてイルミネーションなんぞ……」

「私、世間のクリスマスの雰囲気苦手なんだよね」

「いきなり自宅は……ちょっとまずいんじゃ……」

「女の子の部屋で過ごそうって魂胆?」


 はぁぁぁぁっ!? この人さすがに怖いよ! フラグどこで立てたん!? ベルが着任して盗られちゃわないか心配してた感じ!? ほぼ半年間横の席にいたのに!?


 ああ、神様! 僕は魔王との取引を止めたい!


「私の家……来てみる?」

「あ、あの……。どうしました? 急に」

「……鈍感」


 敏感でしたけど!? あ、髪切ったなぐらいは気付く敏感さんでしたけど!?


「じゃあ、約束ね」


 ラブコメだ。時代はラブコメだ。ファンタジーなんぞやっとる場合ではない。早速明日の飼育をベルにお願いしないと。


********************

【ベル】


喜:すいません。明日エサやりと掃除代わっていただけませんか。大事な大事なとっても大事な用事があります。


べ:まぁ、一日くらい良いでしょう。どうせ明日は地獄に籠るつもりでしたから。

********************


 完璧だ。なんの憂いもない。さらばファンタジー、こんにちは胸キュン。明日来ていく服を選ばなくては。そうと決まれば早速家に帰って支度だ。退勤と。広瀬さんはまだ残るらしい。


 一応、今のヘルワームの様子でも見ておくか。ぽちっとな。……うーん。やっぱりカブ吉の様子がおかしい気がするなぁ。カブタンに比べて少し動きが鈍いような気がしないでもない。後でベルに相談しておこう。図鑑に何かヒントがあるかもしれん。



 ……さて、スキップでもしながら帰るか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る