放課後デイドリーム

師走璃斗

放課後デイドリーム

「ところで後輩くん、夕焼け小焼けのって何だと思う?」

 

 突拍子のない質問だった。

 僕がこれまで生きてきた中でこんなことに疑問を持ったことはないし、たとえ疑問に思ったとしても深く考えずにスルーしていただろう。

 だが、先輩はそういった人だ。

 とにもかくにもそういう人だ。

 急な意味の分からない質問にぽかんとしている僕だったが、いつまでも沈黙で答え続けるわけにもいかず、やっとのことで口を開いた。


「調べましょうか?」


 そう言ってポケットからスマホを取り出す。

 しかし、先輩はその行為を許してはくれなかった。


「その行動はナンセンス極まりないね、全く最近の若者というのは……」


 溜息。


「私だって過程よりも結果が大事なことくらい理解しているさ、でもね後輩くん。いつも結果を出したものだけが勝者になれるこの世界に生きているんだから、この時間、この落ち着いた放課後の時間くらいゆっくりと過程を楽しみたいとは思わないかい?」


 そういうものですか、僕はそう言ってスマホをしまう。

 こんなことを言えばまた「最近の若者は……」などと言われるかもしれないが、別に辞書や参考書で調べるのとネットで調べることの違いがあまり理解できないのだ。

 結果は一緒じゃん。

 と思ってしまう。

 遅かれ早かれ答えに到達するのだから、早い方がよくないですか?

 と思ってしまう。

 まあこんなことを言っても仕方がないのでそっと胸にしまい込む。


「納得いっていないって顔だね、後輩くん」

「そんなことは無いですよ、理解していますとも」


 白々しいとはこのことを言うのだろう。


「考えてもみたまえ、後輩くん」


 そう言って先輩は話を続ける。


「例えば、そうだね。もしも、もしもだよ、限りなく可能性は薄いのだけれども、万一にだ、後輩くんが今から性行為をするという場面に遭遇したとしよう」

「唐突な方向転換に驚きを隠せない上に、凄まじく前置きで僕をけなしてますよね」

「だって後輩くんだよ、友達も少ないのに恋人なんて……ぷぷっ」


 いきいきとした笑いだった。


「先輩だって、友達少ないじゃないですか」


 右ストレートをもろに喰らった僕は反撃にボディーブローをかます。


「なんだ、そんなことか。私は友達がいないんじゃなくて、要らないんだよ」


 先輩はドヤ顔でそう言った。

 典型的なぼっちの言い訳だった。


「すみません、先輩の気持ちへの配慮が欠けていましたね……」

「ど、どうしてそうなる。哀れみの目を向けるな、そんなことないぞ、友達がいなくてもち、ちっとも寂しくないんだからねっ」


 動揺し過ぎて語尾がツンデレ活用になっていた。


「おほん、では話を戻すとしよう」


 わざとらしく咳きこみ、会話のレールを元に戻す。


「えーと、何を言おうとしていたのだったか。そうだそうだ、もし後輩くんが性行為もといセッ……」

「──言わせねえよ‼‼」


 せっかくオブラートに包んでいたのに何故言い直そうとしたのか。


「もし後輩くんが、大人の階段を登ろうとしている場面に遭遇したとしよう」


『もし』という表現に限りなく嫌味が含められているがこの際気にしないで置くとしよう。


「君はお風呂から上がりました。はい、想像してごらん」


後輩に何を想像させているんだと思うかもしれないが、この人は至って真面目なのだ。


「そして部屋に行ったら全裸でどーんと待ち構えられていたら、ちょっと萎えるだろう」

「そんなものですかね……」


終始何を言っているか分からない。

というかなんの話をしていたのだろうか。


「つまり何が言いたいかと言うとね、後輩くん。『脱がす』という楽しみが有るか無いかの話をしているのだよ」


漫画であれば背後にドーンとオノマトペが入る様な、清々しいほどの得意げな顔だった。

そして地味に腹が立つのが、先輩の暴論にちょっと納得しつつある自分がいた事である。


「ところでへんぱい」

「あたかも噛んでしまったかのように見せて、悪口を混ぜてくるのやめてくれないかな、後輩くん」

「すみません変輩、わざとじゃないんです」

「明らかに表記がおかしいけれども」

「僕達なんの話をしてたんでしたっけ」


いつもの事なのだが、先輩があまりにもふざけるので、話題の道筋があらぬ方向に向いてしまう。


「ああそうだった、後輩くんは一生童貞になるだろう、という話だったね」

「とぼけ方が下手すぎるんですがそれは」

「ごめんごめん、わざとだよ」

「でしょうねぇ!!」


関西人顔負け、渾身のツッコミであった。


「そうやってすぐふざけるから、何を話してたかわからなくなるんですよ」

「悪かったよ、だが後悔も反省もしていない」

「たまには自分を省みて、改心して下さい」


我慢のならなかった僕は携帯を取り出し、ネットで検索をかける。


「先輩、僕らのこの時間は全く無意味だったようです」

「と、言うと?」


携帯の画面を見せる。


「へぇー、ほほう。なるほどね」

「夕焼け小焼けの小焼けには意味が無いらしいですけど」

「だそうだね」

「何だったんですかこの時間」

「そういう日もあるよ、後輩くん」


僕の肩を軽く叩き、部屋を去ろうとする先輩。


「僕が悪口言われただけじゃないですか!!」

「いやはや、私は満足だよ」


振り返り、満面の笑みで先輩は言った。


「なにせ後輩くんが脱がしたい派だということがわかったからね」


このドヤ顔しばきたい。


✕✕✕


下校を促すチャイムが校内に響き渡る。

部活終わりの生徒で靴箱が溢れかえる前にと、素早く下校する。


「今日もあっという間だったね、後輩くん」

「ですね」

「なんだい、不貞腐れているのかい?」

「慣れてるんで」


いつしか、先輩と過ごす放課後は僕の日常の一部となっていた。

先輩の馬鹿らしい話も、結構刺さる暴言も、すっかり当たり前になっていた。


「ねぇねぇ、見たまえよ後輩くん」

「なんですか、ダラダラしてるとバス乗り遅れますよ」


先輩の指さす方に目を向ける。


「この虫を見てくれよ」


またくだらぬ事だと思いつつ目をやる。


「じゃーん、虫の交尾でした」

「思春期か‼」


全く、せっかくちょっとセンチメンタル感を出していたというのに。


「いいから行きますよ、先輩」

「はぁーい」


これじゃあどちらが先輩か分からない。

だが別に、こういう変な放課後も、何ヶ月も繰り返していたら愛着が湧いてくるものだ。


「意外と好きなんだよなぁ、先輩との時間」


そう言ってハッとする。

思わず心の声が漏れてしまった。


「あの、いや、後輩くん。」

「どうかしましたか?」

「こっちを見ないでくれ。私は先に帰らせてもらう」


そう言って、顔を真っ赤にした先輩はバス停へと走り去っていった。

頬を真っ赤に染めた先輩はまるで夕焼け、いや、そんな大層なものでは無い。

あえて表現するならば、小さい夕焼け、小焼けだろうか……

なんちゃって。






 

 

 

  

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